scene:10 ドロップアイテム
太陽の光を感じて、デニスが目を覚ました。日本と呼ばれる国で雅也が発見した知識が、デニスの頭に浮かび上がる。
「魔源素に超音波か。それを活かすには、どうしても剣技が必要だな」
雅也が習い始めた宮坂流という流派の剣が気になった。この世界にもいくつか剣の流派が存在する。父親であるエグモントが習ったのは、クルツ細剣術という流派である。
クルツ細剣術は対人戦を中心に組み上げられた剣技で、首や太腿、手首などを狙う技が多い。一方、宮坂流は袈裟・逆袈裟の斬撃を中心に組み立てられた剣技で、全身全霊をかけた一撃は容易に外せない威力があった。
魔物を倒すデニスには、一撃の威力に魅力があった。魔源素を棒の先端に纏わせ、超音波の振動を与えて武器にする技法と組み合わせれば、強力な威力を発揮するだろう。
ちなみに『魔源素』と『超音波』を組み合わせる技法を『震粒ブレード』と雅也は呼んでいる。デニスは雅也が習っている拳法と剣術の練習を始めた。
もちろん、練習相手がいないので一人でできる練習だけだ。その点で言えば、立木打ちは最適だった。デニスは近くの砂浜に丸太を数本立て、棒で叩く練習を始めた。
立木打ちは、砂浜のような場所では大きな音を響かせる。近くに住む者たちはデニスの奇妙な練習にすぐに気付いた。エグモントはデニスの立木打ちを見て、
「そんな力任せに叩くだけの剣で、人は倒せんぞ」
「斬る相手は、魔物です。これくらいでちょうどいいんです」
エグモントは肩を竦め立ち去った。住人の中から見学する者も現れた。だが、参加しようと思う者はいない。
一ヶ月の練習で、棒を振る様もしっくりくるようになったと感じた。
「そろそろ、迷宮の三階層に行くか」
デニスが三階層に下りるのをためらっていたのは、そこで遭遇する魔物が強敵だからである。三階層の魔物は、毒コウモリと赤目狼。
赤目狼は大型犬ほどの狼だ。眼の周りに赤い毛で縁取りがあるので赤目狼と名付けられたらしい。鋭い牙で人間の喉笛を簡単に噛み切る危険な魔物だった。
本によれば、赤目狼から得られる真名は『嗅覚』である。犬並みの嗅覚の持ち主になれるという。
岩山迷宮に向かったデニスの装備は、狩り用の服にパンや水筒の入ったリュック、それに戦鎚と硬い木の棒である。
迷宮に到着し一階層に下りる。スライムは相手せず二階層に下りた。毒コウモリは避けようがないので、襲ってくる奴を棒で叩き落とす。
毒コウモリの頭を狙って、正確に棒を振り下ろすことは難しい。飛び回る奴らの頭には命中せず、羽に当たって落ちる。それに止めを刺すという作業が続いた。
ようやく三階層へ下りる入り口に辿り着いた。デニスは用心しながら下りる。この階層も石の壁で作られた迷路のような場所だ。
下りてすぐが三方向に分かれる分岐路となっていた。デニスは左の通路を選んだ。
いつ赤目狼と遭遇しても大丈夫なように『震粒ブレード』を用意することにした。周りから魔源素を集め、棒の先端部分を覆う。次に超音波領域の振動を与えた。震粒ブレードの完成である。
高速で振動する魔源素の刃『震粒刃』を持つ武器なので、武器または技としての名称が震粒ブレードである。一部を英語にしただけなのだが、雅也の命名センスに期待してはいけないという実例だ。
震粒刃を維持するためには、魔源素の制御を維持しなければならない。精神力を消耗することになるが、仕方なかった。一瞬で震粒ブレードを完成させられるようになればいいんだけど──と思うデニスだった。
現在、震粒ブレードの完成に三〇秒ほどを必要としている。瞬時に完成させられるようになるのは、ずいぶん先になるだろう。
頭の中でいろいろ考えているうちに、通路の先から気配が近付くのに気付いた。デニスは震粒ブレードを構える。
黒い弾丸のように走ってきた赤目狼が、デニスに飛びかかった。スライムや毒コウモリとは段違いの恐怖心が湧き起こる。
「……」
恐怖を堪え、上段に構えた震粒ブレードを振り下ろす。
震粒刃が赤目狼の頭に命中し、皮を切り裂き頭蓋骨を割る。致命傷だった。デニスの手には、痺れるような手応えが残った。倒れた狼は溶けるように消える。
「ふうっ、何とか仕留められた……あれっ」
気を抜いた瞬間、魔源素への制御が解かれ震粒ブレードが消えていた。
「まずい」
デニスは急いで震粒ブレードを形成する。この瞬間に赤目狼に襲われれば死ぬ。
デニスは震粒ブレードを形成し、三階層の奥へ進んだ。二匹の赤目狼と遭遇し、何とか倒す。二〇分ほど進んだ時、小ドーム空間を発見した。
中を覗くと赤目狼と目が合う。敵の数は三匹。入り口で戦うことを選んだ。ここなら横や後ろから襲われる心配がないからである。
先頭の赤目狼がデニスの喉笛を狙って飛びかかる。夢中で震粒ブレードを振り回す。偶然にも首に命中し致命傷を与えた。
一匹を仕留めたことで、デニスは冷静になれた。震粒ブレードの制御を手放さないように気を付けながら二匹目に相対する。
二匹目は警戒するような目で、デニスを睨みながら唸り声を上げた。それに答えるように、デニスが叫び返す。
「来い!」
その気合に反応して、赤目狼が右にポンと飛んでから襲ってきた。デニスは練習通りに気合と同時に上段から震粒ブレードを振り下ろす。
「シャーッ!」
気合の声が響き、震粒ブレードが赤目狼の顔面を抉る。仕留めたと思った瞬間、最後の一匹が迫っていた。デニスは間合いを取ろうと下がる。
それがまずかった。素早い赤目狼は、デニスの懐に入っていた。ガムシャラに袈裟斬りを繰り出す。狼の胴体に棒の中心部分が当たった。
棒が吹き飛びそうになるが、指に力を込め赤目狼の突進を弾く。気付いた時には、震粒ブレードが消えていた。デニスの頭の中で、血の気がザッと引く音が響く。
こうなったら棒だけで何とかするしかない。デニスが使っている棒は、樵哭樹の枝から作ったものだ。樵が大声で泣いて愚痴るほどの硬い木である。
「震玉弾が使えれば……」
震粒ブレードが成功した時、震玉弾というアイデアも出ていた。魔源素ボールに震粒ブレードのように振動を与えて敵に飛ばす攻撃法である。
しかし、震玉弾は成功しなかった。魔源素をボールの形に維持したまま、超音波領域の振動を与えるところまでは成功するのだが、それを回転させようとするとできなかった。
どうやら同時に二つまでの魔源素操作は行えるが、三つはダメなようだ。デニスは棒を上段に構え赤目狼を睨む。
不安だらけの状況だった。宮坂流の練習を始めて一ヶ月。酷い筋肉痛の代償として、ほんの少しだけ増えた筋肉と技が頼りである。
狼の赤く縁取られた目には、仲間を殺された憎悪が込もっている。その目を見ると、上段の構えが不安になる。がら空きとなっている胴を攻撃されそうに思えるのだ。
だが、宮坂流の最強技は上段からの袈裟斬り。不安に負けて中段の構えにすれば、最速の剣が振るえなくなる。
赤目狼が走り込んで足を狙ってきた。脛に牙を食い込ませ引きずり倒そうと考えているのだろう。デニスは練習通りの袈裟斬りを繰り出す。
棒が空気を切り裂き、ヒュンという音を響かせながら狼の頭部に命中した。ガツッと音がして手応えを感じる。赤目狼は脳震盪を起こしたようにふらふらと向きを変え後ろ姿を見せた。
デニスはチャンスだと判断し追撃。走り寄って気合を発しながら棒を振り下ろした。それからは夢中だ。何度も何度も袈裟斬りと逆袈裟斬りを繰り返す。
気付いた時には、赤目狼の姿が消えていた。そして、床には珍しい物が落ちている。赤目狼の牙だ。
「へえぇ、ドロップアイテムだ」
ドロップアイテムは希少品である。迷宮の魔物を数十、数百も倒さなければドロップしないと言われている。但し、長生きした魔物からはドロップする確率が高くなるという。
「赤目狼の牙か」
落ちていた牙は、金属で出来ているような光沢を放っていた。元々魔物は魔源素で作られているという説がある。ドロップアイテムも魔源素が結晶化したものらしい。
その小ドーム空間には金属鉱床はなかった。デニスは疲れを感じ帰ることにした。帰りがけに二階層でスズを採掘して戻る。
雑貨屋のカスパルでスズを売った。ついでに赤目狼の牙をカスパルに見せると、目の色を変えた。
「これは魔物のドロップアイテムですな。金貨一枚でどうでしょう」
「えっ、そんなに」
思いがけず買取価格が高かったので、デニスは驚いた。
牙や角などのドロップアイテムは、武器の強化のために使われるらしい。それらを熔鉄に入れ製作した武器は、通常のものより頑強であったり、切れ味が鋭かったりするようだ。




