scene:108 武闘祭と男爵
秋の雨季が終わり、武闘祭の時期となった。開催日が近付き大勢の貴族、近隣の庶民、商人たちが王都を訪れる。もちろん、武闘祭を見物するのが目的なのだが、この時期には大きな市が開かれるので、買い物をする者たちも多い。
今年の武闘祭にはゲラルトが出場しないので、デニスはそれほど関心があるわけではない。ただ少年の部にベネショフ領で修業したヨアヒム将軍の息子クルトが出場するので、応援しようと思っている。
今年、ベネショフ領から領主一家全員が王都へ向かった。末娘のマーゴは馬車に揺られながら、移りゆく風景を眺め、何かを見つけると姉のアメリアに尋ねた。
「お姉様、あれ何?」
「あれは水車よ。小麦を粉にしているんだと思う」
「小麦粉は、あそこで作ってるんだ」
マーゴは目をキラキラさせながら、馬車の中ではしゃいでいる。娘の様子を見ていたエリーゼは、微笑んでから視線をエグモントに向けた。
「屋敷が完成したと、デニスの手紙にありましたけど、どういう屋敷なのです?」
「ああ、デニスが設計した屋敷だ。素晴らしいものになったそうだ」
「あの子は、どこで建築について学んだのでしょう?」
エグモントが首を振った。
「儂にも分からん。ただデニスは天才だと思っておる。凡人の儂らには分からんが、勉強せずとも建築について理解したのかもしれん」
エリーゼは完全に納得したわけではないが、肯定するように頷いた。
「それにしても、我が家が男爵ですか」
「名誉なことではあるのだが、爵位が上がると、それに付随する義務も増える。これからも大変になるだろう」
馬車が王都に到着。エグモント一家は新しい屋敷に向かった。
新しい屋敷は一部がレンガ造りとなっている木造二階建てだった。正確に言えば、三階建てなのだが、三階部分は見張り小屋のようなもので、人が生活する建物ではなかった。
一階は兵士の部屋や厨房、トイレ、それにダイニングルームがある。二階の半分は、パーティルーム兼プレイルームになっており、残りはデニス一家の家族の部屋と客室になっている。
各部屋には専用の発光迷石照明があり、白鳥城を除けば唯一の全室照明完備の建物となっていた。それに加え、パーティルーム兼プレイルームが特徴的だった。
プレイルームは『遊びの部屋』という意味で、ビリヤード台とダーツの的、それにカードゲーム用のテーブルと椅子を入れることをデニスは考えていた。
この国には娯楽が少なく、花札のようなカードゲームは存在するが、トランプのようなものはなかった。だが、最近ヌオラ共和国でトランプと同じものが発明され、この国にも輸入されるようになった。
貴族の間では、ポーカーのような遊びが流行っていた。デニスは自分と同じような人物がヌオラ共和国で活躍しているのではないかと思っている。
「やったー、マーゴの部屋だ」
マーゴは自分の部屋をもらって喜んでいたが、夜になって寝る時は寂しくなってアメリアの部屋で一緒に寝たようだ。
武闘祭は盛り上がり、少年の部は去年と同じバルツァー公爵の四男メルヒオールが優勝した。クルトも頑張ったのだが、一歩届かなかったようだ。
悔しい思いをしたクルトは、来年もう一度ベネショフ領に行き修行すると心の中で誓った。
一方、一般の部は荒れていた。優勝候補のレオポルトが欠場したので、三人の若者が覇を争うことになったのだ。
一人は近衛騎士団のバルドゥル、ハルトマン剛剣術の使い手である。もう一人はエリアス、クリュフ領の侯爵騎士団に所属する若武者だ。この若武者は短槍術の使い手でハイ・オークを倒したこともある強者だった。
そして、最後の一人はクム領のエッカルトである。『後継者の誓いの儀』で、デニスに敗北してから厳しい修業を行い、大幅に実力を上げたようである。
三人は激しい戦いを繰り広げ、最後にバルドゥルが優勝した。勝利者を称えるために、優勝した二人と貴族たちが国王が見物していた席の近くに集まった。
エグモント親子も国王の近くに行った。デニスは見えないというマーゴを抱きかかえて見えるようにする。国王の前には二人の優勝者が膝を突いて頭を垂れていた。
国王の呼びかけで、メルヒオールが国王の前に進み出た。国王はその技量を称え、所蔵する高価な短剣をメルヒオールに下賜した。
次に名前を呼ばれたバルドゥルは、国王から所蔵する高価な剣を下賜される。
「その剣は、名工ロウマンが鍛えた宝剣である。その宝剣に負けぬような武官を目指し精進するが良い」
「お言葉の通り、懸命に精進いたします」
深々と頭を下げたバルドゥルは、後ろに下がった。その時、貴族たちの間で前回優勝者であるレオポルトと比較する声が上がった。
その声が国王の耳にも届いた。
「その比較は面白いものであるが、戦いには相性というものがある。技量だけでは勝負は決まらんものだ。そうではないか?」
警護をしているヨアヒム将軍が肯定した。
「その通りでございます。ただ前回の優勝者であるレオポルト殿が、凄まじい技量の持ち主だっただけに、それと比べてしまうのでしょう」
「そう言えば、そのレオポルトと互角に戦ったデニスが来ておったな。どこにおる?」
デニスはマーゴをエリーゼに預け、国王の前に進み出た。
「おお、やはり来ておったか。そちはレオポルトとバルドゥルを比べどう思う?」
国王から嫌な質問をされた。国王は面白がっているように見える。デニスは困ったという顔をして答えた。
「バルドゥル殿の技量は、レオポルト殿に劣っているとは思えませんが、レオポルト殿には強力な真名があります。それを考慮すると、バルドゥル殿の方が少し不利かと思われます」
デニスはバルドゥルに向かって、技量が劣っているわけではないと念を押した。
バルドゥルは顔を強張らせていた。やはり、自分が負けると言われて不機嫌となっている。
「それでは、そちとレオポルトがもう一度戦えばどうなる。レオポルトに勝つ自信があるか?」
「分かりません。この一年で自分も修業を積み、新たな真名も手に入れましたが、それはレオポルト殿も同様でしょう」
「ふむ、そちも成長したか。どれほど成長したか、見てみたいものだな」
国王がチラリとバルドゥルを見た。デニスはまた優勝者と試合とか言われると面倒なので先手を打つことにした。
「それでございましたら、この一年で取得した技がございます。それをご覧いただけたら、どれほど成長したか、御推察できると思います」
「ほう、技を披露すると……。衆人の前で見せても良いのか?」
「構いません。一度や二度、見られたからといって、対策を立てられるような技ではありません」
その言葉を聞いたダリウス領のバルツァー公爵は、隣りにいたクム領のテオバルト侯爵に話しかけた。
「あの小僧、陛下の前で大口を叩きおった。どういうつもりだ」
「それだけ自信があるのではありませんか?」
「ふん、陛下はバルドゥルと試合をさせたかったようだ。その試合をしたくなくて、技を披露すると言ったのだろう。大した技ではないのだろう。今回は黙って見物してやろうではないか」
テオバルト侯爵は息子のエッカルトを打ち負かしたデニスを評価していた。それに昨年レオポルトと戦った試合を見ているので、デニスを侮れないとも考えている。
「それで、その技は何というのだ?」
「……『迅雷斬撃』でございます。レオポルト殿と戦ったおりに、最後に使った技でありますが、あの時は未熟でした。完成させた技を披露いたします」
技を試す相手として、丸太が運ばれてきた。デニスはゲレオンに預けていた宝剣緋爪を手に持った。国王の許可は得ていた。
「その細い剣で、丸太を斬るのか?」
国王が腑に落ちない様子で、デニスに声をかけた。
「これは、我が家の宝剣でございます」
国王が見たいというので、鞘に入れたまま渡した。鞘から剣身を抜いた国王は、驚きの声を上げる。
「こ、これは国宝スカーレットソードと同じ緋鋼製の細剣か。素晴らしい剣だ」
国王ばかりではなく、貴族たちも驚きの声を上げた。間違っても準男爵程度の貴族が持つ剣ではなかったからだ。
「では、見せてもらおう」
国王から剣を返してもらったデニスは、直径二〇センチほどの丸太と向き合った。距離は一〇メートルほど、剣の間合いとしては遠いが、魔物と戦う場合は遠いというわけではない。
デニスは『加速』と『怪力』の真名を解放する。本来なら『雷撃』の真名も解放する技なのだが、雷撃球攻撃は省くことにした。
本来の技を見せたくないという気持ちもあるが、武闘祭では雷撃球攻撃が使えないルールだからでもあった。
その静かに立つ姿には力が溢れていた。その身体に手を触れれば、その手が斬り裂かれてしまうのではないかというほどの気迫が感じられ、見ている貴族たちは固唾を呑んだ。
国王はジッとデニスを見つめていた。次の瞬間、デニスの身体が弾けるように前進する。その足が地面を蹴るたびに信じられない勢いで加速。アッという間に丸太の近くまで来ている。
デニスが左に跳び左手に持った鞘から剣を引き抜きざま丸太を斬り上げる。剣がデニスの頭上まで上がった時、デニスの姿が二つに増えていた。
「シャーッ!」
鋭い叫び声が聞こえ、丸太の反対側で剣を振り下ろしているデニスの姿が目に入った。一拍遅れて、丸太が斜めに真っ二つになって倒れる。
「馬鹿な……」
国王は口を開けたままデニスの姿を食い入るように見た。いつの間にかもう一人のデニスの姿は、消えている。だが、丸太を斬り裂いた瞬間には確かに二人のデニスの姿があった。
貴族たちの間から大きな声が上がった。デニスが披露した技を称える歓声である。デニスは己の武威を示すと同時に、ベネショフ領に敵対する危険を貴族たちに示した。
国王は満足そうに笑い、デニスに声をかけた。
「見事である」
デニスは国王の前に戻り、片膝を突いた。
背後で貴族たちがガヤガヤとデニスのことで騒いでいる。これだけの剣術の腕前があり、ヘルムス橋の件でも優れた才能を見せたと話していた。
ヘルムス橋の話が出たのを耳にした国王は、約束を守らねばならないと決意した。立ち上がり、貴族たちに宣言する。
「この若者は、戦いに関する素晴らしい技量を示しただけではなく、誰にも成し得なかったことを成功させた。洪水でも流されない橋を完成させたのだ。約束通り、準男爵から男爵に陞爵させ、新たな領地を与えるものとする」
貴族の一人が拍手した。それが周りに広がり万雷の拍手となる。こういう陞爵の場合、何人かの貴族たちは反対の意志を示すものだが、反対する者はいなかった。
その後、ベネショフ領のブリオネス家は男爵となり、大斜面が新しい領地として加えられた。大斜面を手に入れたベネショフ領は、飛躍する手段を得たことになる。
デニスは大斜面を開発して、どのような街を造ろうかと夢想した。雅也が住んでいる国にあるような街は無理だろうが、衛生的で綺麗な街を造ろうと思う。
そのためには雅也の協力も必要だ。ベネショフ領に戻ったデニスの夢は広がり、まだ小さな町にしかすぎない故郷を見つめた。
大斜面の開発をする前に、ここを再開発する必要があるかもしれない。道幅を広げ、用水路を掘り街を整備する。港を整備して大きな船も出入りできるようにしたい。デニスの夢は広がり期待で胸が高鳴った。
今回の投稿で、『第3章 手伝普請編』は終了になります。
次回から『第4章 新領地開発編』が始まります。




