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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第3章 手伝普請編
108/313

scene:107 ヘルムス橋の完成

 ヘルムス橋の建設現場では、一五人の兵士が仮設兵舎に寝泊まりしていた。兵士が増えているのは、ベネショフ領から兵士の増員が到着したからである。


 その仮設兵舎の隣には、建設資材を保管している倉庫があった。その倉庫は簡単な構造をした安普請であり、火を点ければ簡単に燃え上がりそうな構造をしている。


 暗闇の中、複数の人影が倉庫に近づいた。

「チッ、不寝番がいるじゃねえか。誰かあいつを始末しろ」

「俺がやります」


 一人の男が不寝番をしている兵士の背後に回り込んだ。ナイフを抜き駆け出す。兵士は気づいていないようだ。男がナイフを振り下ろそうとした時、兵士がクルリと向きを変えた。


「あっ」

 男が思わず間抜けな声を上げる。兵士は男の腕に手刀を叩きつけ、ナイフを落とさせた。そして、男の首を刈り取るようにラリアットを放つ。


 男は首を中心に一回転半して、頭から地面に落下。それを見ていたベルノルトが、一斉に襲いかかるように命令した。兵士が警告の叫びを上げる。


 その瞬間、闇に潜んでいた兵士が完全武装で飛び出してきた。警戒していたデニスが、兵士を配置していたのだ。

「クソッ、だまし討ちだ」


 ベルノルトが馬鹿な叫びを上げた。自分たちが夜襲を仕掛け、警戒されて反撃を受けただけなのだ。それを『騙し討ち』というのは違うだろう、と待ち構えていたゲレオンは思う。


 兵士たちは一斉にならず者たちに襲いかかり斬り捨てた。生きて捕らえられたのは、襲撃者たちのリーダーらしい男だけである。


「デニス様に知らせてくれ」

 兵士たちを纏めているゲレオンが、兵士の一人に命じる。その兵士がデニスを連れてきた時、日が昇っていた。


「こいつら、何をするつもりだったんだ?」

「油と火打ち石を持っていました。倉庫に火を点けるつもりだったようです」


 デニスはロープでぐるぐる巻きにされているベルノルトに問い質した。

「貴様に命令した者は誰だ?」

「死んでも言うか!」


「威勢がいいな。お前以外は死んだというのに」

「俺を殺すつもりか?」

「どちらにしても、お前は死ぬことになる。今なら苦しまずに殺してやれるぞ。正直に話せばな」

 ベルノルトが血の気の引いた顔で、デニスを睨んだ。


「こいつに命令した奴を、尋問で聞き出してくれ」

「分かりました。黒幕が分かったら、どうしますか?」

「後は国王に任せるしかない。黒幕は王都にいるだろうから、捕まえて処断することは、我々にはできない」


 王都での警備や取締りなどの治安維持は、警邏隊が担っている。デニスたちはベルノルトを尋問して、誰の命令で妨害に来たのか明らかにした。


 予想通り顔役のヴェンデルだった。デニスは警邏隊にベルノルトを引き渡し、ヴェンデルを逮捕するように訴えた。すぐさま警邏隊は動き出し、ヴェンデルが捕縛された。


 デニスは白鳥城に呼ばれた。そこで待っていたのは、国王とクラウス内務卿である。

「ヘルムス橋で騒ぎがあったようだな」

「はい。いきなり襲ってきたので驚きました」


 国王が笑ってデニスに目を向けた。

「不意打ちをされたにしては、鮮やかな反撃だったそうではないか?」

「兵士たちが頑張ってくれたおかげです」


 国王は頷き、デニスに謝った。

「王都の住人が犯人だったようだ。迷惑をかけたな」

「いいえ、陛下の責任ではございません。どこにでも、どうしようもない者はいるものです。お気にしないでください」


 国王は感心したように頷いた。

「そちのような貴族ばかりだと、この国も平和なのだが」

 これがバルツァー公爵だったなら、鬼の首を取ったかのように勝ち誇り、何らかの代償を国王から引き出そうとしただろう。そう思うと、デニスという若者を応援したくなった。


「詫びとして、そなたの願いを一つ聞き入れようと思っておる。申すがいい」

 それを聞いたクラウス内務卿が慌てた。

「陛下、前例がありません」


「良いではないか。デニスも望外な願いなど申すまい」

 そう言われて、デニスも困った。そんな適度な願いをすぐには思いつかず、必死で考えた。


「……それでございましたら、ヘルムス橋を完成した時の褒美として、領地を頂けるという話でしたので、その領地として、ベネショフ領の北にあるカルナ山脈の南側から、ベネショフ領までの土地をお願いします」


 クラウス内務卿が眉間にシワを寄せた。

「あの大斜面と呼ばれる土地でいいのか? 開墾するのなら、岩山迷宮の南西に広がるギルマン半島が良いのでは?」


 内務卿はデニスがギルマン半島を希望するものと思っていたようだ。ベネショフ領の西にあるフザ山から南に広がるギルマン半島は、針葉樹が広がる森になっている。


 あまり肥沃な土地だとは言えないが、平坦な地形なので開墾は大斜面より容易なはずだ。だが、デニスは大斜面のメリットに気づいていた。


「いえ、ベネショフ領は大斜面が欲しいのです」

 国王が面白いことを聞いたという顔をする。

「大斜面をどう活用するのだ?」

「いろいろ活用できると思っていますが、お茶を栽培しようかと思っております」


 お茶については、嘘ではなかった。この世界には茶の木としか思えない木が存在する。その形も味も同じであり、少し葉っぱが大きい点だけが違う。


「茶を栽培するために、大斜面が欲しいと言うのか?」

「それだけではありませんが、カルナ山脈の山裾辺りは、お茶を育てるのに最適な気候なのでございます」

「ほう、それは知らなんだ。なるほど、お茶か」


 国王はそれで納得したようだ。クラウス内務卿は何か考え込んでいる。

「承知した。ヘルムス橋が完成し洪水に耐えたならば、大斜面を約束通り与えよう」

「ありがとうございます」


 デニスが去った後、国王と内務卿は話を始めた。

「陛下、ベネショフ領の目的がお茶だけだと思われますか?」

「いや、デニスはいろいろ活用できると言うておった。茶の他にも何か考えがあるのであろう」


「しかし、茶の栽培とは面白いことを考えますな」

 最近、油を使った料理が流行りだし、お茶の消費量も増えている。脂っこい料理を食べた後に、お茶を飲むと口の中がさっぱりすると言われているからだ。


 貴族の中には、質の良いお茶を高値で買う者もいる。それを知っている内務卿は、デニスの目の付け所は確かなものだと感心した。


 国王は面白そうに笑い、内務卿に告げた。

「あの若者は、ヘルムス橋が必ず完成すると確信しているようだった。どれほどまで出来上がっておるのだ?」


「橋台と橋脚は出来上がったようでございます。後は橋桁を渡して板を敷き詰めれば完成でございましょう」

「なるほど、後は洪水に耐えられるか確かめるだけか。それを見届けたら、約束通り男爵位と大斜面を与えねばならぬ。ベネショフ領は、また飛躍する基礎を手に入れることになる」


 クラウス内務卿は、国王の顔を見た。その顔には、みが浮かんでいる。

「陛下、あの若者に期待しておられるのですか?」

「そうだ。西のヌオラ共和国や東のラング神聖国が近年大きく変化しようとしておる。それも数人の天才と呼ばれる若者が現れたからだ。この国にも現れないものかと期待していたのだが……あのデニスかもしれん」


 国王と内務卿は、しばらくベネショフ領について意見を交わし、デニスを育てようと決めた。


 季節が秋に変わり紅葉が目立つようになった頃、ヘルムス橋が完成した。横から見ると赤い塗料で塗られた三連アーチが美しい橋になっている。


 デニスは空模様を眺め、厳しい顔になった。

「雨季が始まるようだな」

 ゲレオンが肩をすくめて、仮設兵舎を見た。

「デニス様、仮設兵舎はどうしますか?」


 デニスは川と仮設兵舎の距離を目で測り、もう一度空を見上げた。

「解体して、屋敷に持ち帰ろう」

 ゲレオンが兵士たちに命令して解体させた。


 その日から五日間、曇りと雨が交互に続いた。ヘルムス川の水位は上がり仮設兵舎が建っていた場所にまで水が来ている。

 デニスは雨に濡れながら、ヘルムス橋の様子を確認した。水位は三メートルほど上がっている。

「橋は大丈夫そうだな」


 ゲレオンも不安そうな顔で川を見つめていた。

「こんな日が当分続きそうです」


 雨季は一ヶ月ほど続いた。デニスは不安な気持ちで橋を確認する日課を続け、とうとう雨季が終わった。橋は無事である。



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【書籍化報告】

カクヨム連載中の『生活魔法使いの下剋上』が書籍販売中です

イラストはhimesuz様で、描き下ろし短編も付いています
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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤>デニスは警邏隊にベルノルトに引き渡し 正>デニスは警邏隊にベルノルトを引き渡し [一言] 何度か第1話から読み返していますが、読み返すほど面白さが増していきます。
[一言] あ、やっぱり他にも上手くやったお仲間がいるわけですね
[良い点] なるほど、情報の拡散速度や範囲が全然違うから、地球チートを完全独占しなくても良いのですね 他国のクールドリーマーを利用して王の後ろ盾につなげたのはうまい作品展開だと思います
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