scene:102 防衛装備庁の試作機
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この度、当作品がBKブックス様より書籍化されることになりました。
編集者の方より、公表してもいいという許可がおりましたのでお知らせします。
発売は12月末、二七日前後になる予定です。
書籍化できるのも、お読み頂いている皆様のお陰だと思っております。
ありがとうございます。今後もよろしくお願いします。
雅也がヘルムス橋の設計を終わらせた頃、防衛装備庁にヨーロッパから重大な知らせが届いた。装備官の永野は、早急に防衛装備庁長官の木崎と相談しなければと考え、長官の部屋に向かう。
「購入契約したEUの攻撃ヘリが、納入できなくなったというのかね?」
陸上自衛隊は初めてヨーロッパで開発された攻撃ヘリコプターを導入することになっていた。約二〇〇億円の予算も付き、受け入れの準備も整った状態だったのだ。
「致命的な欠陥が判明し、EUでも改修を開始しているようです」
「何ということだ。二〇〇億の予算はどうする?」
「戦闘機の開発に回しては?」
木崎長官が怒りの表情を浮かべた。
「馬鹿を言うな。老朽化した装備しか持たない攻撃ヘリ部隊に、テコ入れするために予算を組んだのだぞ。それを戦闘機開発に回せるか」
永野は、マナテクノが行っている救難翔空艇の開発に資金を出していることを思い出した。
「でしたら、攻撃ヘリに変わる新しい兵器の開発に予算を使うというのは、どうでしょう?」
木崎長官が首を傾げた。日本でも攻撃ヘリの研究は行っているが、それほど進んではおらず、二〇〇億円という大きな資金は必要なかったはずだ。
「新型攻撃ヘリの研究のことを言っているのか?」
「いえ、陸自が行っている次期攻撃ヘリの研究ではなく、マナテクノの開発されている救難翔空艇の開発です」
「救難翔空艇……ああ、動真力機関を組み込んだ次世代救難機の開発ということで協力していたのだったな」
「はい。その救難翔空艇の開発がかなり進んだようですので、その機体にミサイルや航空機関砲を搭載した試作機を製造させれば、予算を消化できます」
予算を消化するために兵器の開発を行なうという順序が逆の現象が起きるのだが、永野は躊躇しなかった。彼は沖縄県の出身であり『なんくるないさー』の精神を発揮したのである。
ちなみに『なんくるないさー』は『まくとぅそーけーなんくるないさー』という『正しいことをしていれば、いつか何とかなる』という言葉が、後半だけ抜き出されて広まった言葉のようだ。
木崎長官はジッと永野を見てから溜息を吐いた。
「いいだろう。但し、制服組に手を出させるなよ」
制服組というのは、一般的な自衛官、昔風に言えば武官のことである。
「分かっています。制服組に参加させると、要求仕様が出てくる頃には年を越してしまいますから」
その日、雅也はマナテクノの第一工場に出社した。防衛装備庁の装備官が、救難翔空艇の視察に来るというので応対を頼まれたのだ。
本来なら開発担当者である中村主任が応対しなければならないのだが、中村主任は技術的なことは答えられても予算などを含んだ交渉はできない、と雅也に応援をお願いしたのである。
雅也が工場に入ると、ヘルメットを被った可愛らしい小雪の姿が目に入った。工場の生産をチェックしているようだ。
「あれっ、小雪さんも来ていたのか」
「ええ、冬彦所長も来てるんですよ」
「何の用があって?」
「雅也さんに用があるそうよ。でも、防衛装備庁の後でいいと言ってました」
「そうか。じゃあ待っていてもらおう」
装備官の永野がマナテクノの第一工場へ来訪した。背広が似合うビジネスマンのような男だった。
「永野です。今日はよろしくお願いします」
「取締役の聖谷です。歓迎します。こちら開発主任の中村です」
中村主任が挨拶をした。雅也は先頭に立って、第一工場の救難翔空艇が開発されている現場に案内する。そこでは、救難翔空艇の改修を行っていた。
「これは何をしているのです?」
「救難翔空艇の動力源を、ハイブリッドに変える改修を行っています」
以前はバッテリーの電源だけで飛ばしていたのだが、航続距離が短いという指摘があったので、燃費の良いハイブリッドシステムに変更したのだ。
救難翔空艇をバッテリーだけで飛ばしていたのには理由がある。神原教授の最終目的は、月まで飛べる宇宙船なのだ。宇宙船ならガソリンエンジンやディーゼルエンジンは使えないと考え、バッテリーだけでどれほど飛べるか確かめたらしい。
「それで航続距離は、どれほどに?」
「計算では、四五〇〇キロになるはずです」
「最高速度は?」
「時速六〇〇キロほどです。巡航速度は当初の目標である時速五〇〇キロになるはずです」
改修前の巡航速度は時速四〇〇キロだった。動真力機関の改良とハイブリッド化により巡航速度が一〇〇キロほど上がる。
「なるほど、素晴らしい。ところで基本構造は軍用にも使えるようになっていると聞いてますが、本当なのですか?」
「ええ、防衛装備庁から派遣された技官の方から要望があったので、軍用としても使えるように配慮しています」
もちろん、機体重量が増えることを承知で要望に応えたのは、自衛隊にも購入して欲しいからだ。自衛隊の重要な活動の一つに、災害派遣がある。その任務に使える機体をマナテクノは提供したいと考えているのだ。
中村主任から詳しい説明があり、永野が満足な顔をしている。
工場から応接室に移った雅也たちに、永野が用件を切り出した。
「我々がマナテクノに資金を出し、技官を派遣していたのは、将来的に攻撃ヘリを代替するものを開発したいと考えたからです」
「なるほど、それで攻撃ヘリ代替兵器の開発が始まるのですか?」
「いえ、制服組は保守的な人たちなのです。相変わらず新しい攻撃ヘリを求めています。ただ最新の攻撃ヘリは戦闘機ほどではないが、高価です」
「高価な兵器は、数を揃えられないでしょう。そこはどうなのです?」
「制服組は、高価で高性能な兵器が好きなんですよ」
「なぜ数が揃えられないと分かっているのに高性能な兵器を?」
「部下を死なせたくないのです。高性能な兵器なら、部下は死なないとでも考えているのかも……冗談ですよ」
永野の顔は笑っていた。だが、その目には鋭いものがある。冗談と言ったが、彼自身は制服組の幹部たちをそう思っているのかもしれない。
「本題に入ります。マナテクノには、攻撃ヘリと同等の性能を持つ新しい兵器の試作機を製造して欲しい」
「しかし、先ほど攻撃ヘリ代替兵器を否定されたではないですか」
「そうですね。正確に言うと兵器の開発ではなく、試作機を製造して欲しいだけなのです」
雅也が首を傾げた。中村主任も同様である。永野に説明を促す。
「今回の試作機は、こういう兵器も作れるのだぞ、ということを制服組に提示することが目的です。なので、制服組を入れずに試作機を製造します」
永野の説明では、マナテクノが救難翔空艇と同等の機体を製造し、防衛装備庁が各種兵器を載せるという。雅也は中村主任に相談すると、そのくらいなら大丈夫だろうということだった。
「いいでしょう。返事は本社に持ち帰ってから、ということでよろしいですか?」
「ええ、もちろんです」
永野装備官との話が終わり、雅也は冬彦のところへ行った。
「久しぶりだな」
「先輩が取締役なんか務まるのかと思ってましたけど、ちゃんと働いているんですね」
「いきなり失礼な奴だな。ちゃんと働いているに決まっているだろ。それで今日はどうしたんだ?」
「黒部さんの依頼で、ある真名能力者について調査していたんですが、そいつが変な真名術を使うようなんですよ。それで相談に来たんです」
「変な真名術? 黒部さんでも分からなかったのか?」
「そうなんです。真名術に詳しいはずの黒部さんもお手上げらしいんです」
真名能力者の情報を管理している特殊人材部の部長である黒部にも分からないというと、相当希少な真名術なのかもしれない。
「その真名能力者というのは、どんな人物なんだ?」
「名前は三上慎吾、無職の二八歳です。彼は六雲市で起きた窃盗事件の容疑者なんです」
六雲市の窃盗事件はニュースになっていた。不動産会社の金庫から現金五〇〇万円が盗み出された事件である。六雲市では不動産会社だけでなく他にも盗難事件が起きており、犯人は捕まっていない。
「何で、三上が容疑者になったんだ?」
「不動産会社の金庫が置いてあった部屋には、隠しカメラがあったんです。そこに三上の姿が写っていたんですよ」
雅也はガックリと肩を落とした。
「何だそれ。事件解決じゃないか」
「いやいや、それが解決じゃないんですよ。その時間、近くにあるパブで飲んでいる姿が、店のカメラに写っているんです」
雅也が理解できないという顔をした。
「他人の空似ということ?」
「警察が不動産会社とパブの画像を分析したら、ホクロの位置まで同じだったんです」
両方が同じ人物と言うことになる。
「ありえない。なるほど、それで何かの真名術じゃないかと疑っているんだな」
「そうなんです。思い当たる真名術はありませんか?」
雅也にも、これじゃないかという真名術に覚えがなかった。
「そうですか。先輩にも分からないとなると、奴を尾行して現行犯で捕まえるしかないですね」
「それは警察の仕事だろ」
冬彦が頷いた。
「でも、『確保したぞ』って一度やってみたいんですよ」
危険な気がしたが、冬彦の探偵事務所には仁木もいるので大丈夫だろうと雅也は考えた。だが、その数日後、仁木が犯人と戦い怪我をしたという知らせが届いた。




