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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第3章 手伝普請編
102/313

scene:101 新たな人材

 デニスたちが王都へ向かっている頃。

 ヴィクトール親子が死んだ事件が、ベネショフ領でも騒ぎになっていた。デニスたちと戦いになり死んだという事実とバラス領の兵士が仕返しに来るかもしれないという噂が広まり、ベネショフ橋の警備やユサラ川の見回りをエグモントが命じた。


 デニスはミンメイ領で手紙を書き、エグモントに報告しているのだが、バラス領内の状況が分からず混乱したようだ。その後、バラス領へ偵察の兵士を送り状況を把握して落ち着いた。


 王都での用を済ませたデニスたちは急いでベネショフ領に戻り、ヴィクトール親子とヘルムス橋の件をエグモントに詳しく報告。それを聞いて、エグモントは安堵したようだ。

「そういうことだったか」


 長年敵対していたヴィクトールが死んだということを実感したエグモントは、ちょっと気が抜けた顔をする。

「バラス領は、どうなるのだ?」


 デニスもそのことは考えたのだが、国王からは何の情報も得られなかったので分からないと答えるしかなかった。

「陛下が貴族の誰かを指名して、バラス領の新しい領主にするでしょう」

「その人物が、ヴィクトールのような者でないことを祈るしかないな」


 報告を終えたデニスは、翌日から発光迷石の製作を始めた。合計六〇〇個の発光迷石を用意するのに、二〇日ほどが必要だった。


 デニスはその発光迷石を持って、また王都へ向かった。今度は父親の代わりに新しく従士となったフォルカとゲレオン、それに兵士一〇人が一緒である。


 バラス領はまだ新しい領主が決まっていないようだった。その領民は不安そうな顔をしている者が多い。そんな様子を見たフォルカがデニスに質問した。

「デニス様、新しい領主が決まるのは、いつ頃になるのでしょう?」


「そうだなぁー。昔、うちの先祖がベネショフ領の領主に決まった時は、二ヶ月ほどかかったそうだから、後一ヶ月以内には決まると思う」

「バラス領から、クリュフ領やダリウス領へ逃げた領民もいるそうですよ」


 デニスはベネショフ領にも逃げてくる者がいてもおかしくないと思っていたのだが、ベネショフ領に来た者はいなかった。バラス領の領民はベネショフ領を快く思っていないようだ。


 王都に到着したデニスは、白鳥城へ行ってクラウス内務卿へ発光迷石を納入した。

「ほう、思った以上に早かったな。品質を確認した後に代金を支払う」


 内務卿は部下を呼んで、発光迷石を渡した。

「ところで少し話があるのだが、いいかな?」

「はい、何でしょう?」


「ヘルムス橋を建設する時に労働者を雇う必要がある。それはどうするつもりだね?」

「王都か、ヘルムス川近隣の町で雇うつもりです」

「それなら、ロウダル領の領民を使ってくれないか」


 デニスは内務卿がロウダル領の領主から賄賂わいろでももらったのかと疑ったが、違ったようだ。内務卿から事情を聞くと、ロウダル領は厳しい状況にあるのが分かった。


 ロウダル領は王都の南、海に面した港町でありヘルムス川からも近い。その領地が秋の初め頃に発生した大嵐で、農作物が全滅に近い状態になったらしい。


 ロウダル領がそんな状況なら領民も真面目に働くだろうと考え、デニスは承知した。

「承知してくれて、助かるよ。領主のホルスト男爵から支援要請を受けていたのだが、これで支援額を削減できる」


 内務卿は基本的に倹約家らしい。ロウダル領の領民を使うように頼んだのも、支援額を節約できるということだけが理由のようだ。


「私からホルスト男爵に連絡しておくから、後は男爵と相談して決めてくれ。君も労働者の問題が解決できたのだから良かっただろう」


「はい、内務卿には感謝いたします」

 発光迷石の確認が終わり、代金を受け取ったデニスは城を出た。城の外ではフォルカと数人の兵士が待っていた。


「屋敷に戻りますか?」

「いや、街に行く」

 デニスは商店街に向かった。手配屋と呼ばれる人材斡旋業のウルリヒに用があったのだ。


「いらっしゃいませ」

 店に入ると、店員から声をかけられた。

「主人はいるか?」


「店長、お客様です」

 店の奥からウルリヒが出てきた。彼は四〇歳ほどの逞しい男で、デニスとは顔見知りである。ウルリヒがデニスの顔を見てニコリと笑った。


「また御屋敷の手入れをする日雇いをお求めですか?」

「いや、我が領でヘルムス川に橋を架けることになったので、土木工事に強い人材を探している。誰かいないか?」


「えっ、橋ですか?」

 デニスは作業員に的確な指示を出せる、土木か建築が得意な人材を探していると説明した。


 ウルリヒが少し考えてから、一人の人物を推薦した。ルイーゼという女性建築家である。土木にも詳しいという。

「へえ、女性というのは珍しいな。会ってみたい。手配してくれないか」

「分かりました」


 翌日、ウルリヒがルイーゼを伴って屋敷に来た。ルイーゼは二〇代後半の背の高い女性だった。戦士のような風格を持つ女性で、建築家というより武官だと言われた方がしっくりくる人物だ。


「デニス様、連れてきました。こちらが女性建築家のルイーゼです」

「ベネショフ領のデニスです」


 ルイーゼが笑顔で挨拶をして、仕事の内容を尋ねた。

「部屋に行きましょう。説明します」

 デニスは二人を部屋に案内し、兵士の一人にお茶を頼んだ。


 テーブルの上にヘルムス橋の設計図を並べた。日本の雅也が用意した設計図を、デニスが書き写したものだ。その設計図を見たルイーゼが凄い顔で設計図を手に取った。


 設計図は一枚だけではない。細かな部品の設計図もあり、その一つ一つが日本の専門家により計算されていた。

「こ、こんな精密な設計図は、初めて見ました」


 デニス自身は雅也の知識があるので理解している。だが、この世界で理解できるものは少ないだろうと思っていた。

「理解できますか?」

「細かい点までは、理解が及びません。ですが、大体の理屈は分かります」


 ルイーゼは王都の高等技官だった父親から薫陶くんとうを受け、建築家になったようだ。しかし、父親が病気で死ぬと家を親族に乗っ取られたらしい。


 こういうことはよくあることで、子供がルイーゼ一人だったことが問題になった。この世界でも建築関係は男社会であり、女性であるルイーゼが父親の後を継ぐことが許されなかった。


 親族一同が集まり、ルイーゼの従兄弟いとこを養子として跡を継がせることが決まったのだ。ルイーゼは悔しかったが、王都の役人である高等技官は男しかなれなかった。親族は高等技官の一族であるというブランドを守るために、ルイーゼを排除したらしい。


 ちなみに、排除という最終手段を取る前に、ルイーゼに婿を取らせるという案も出たらしいが、ルイーゼが強硬に反対したので最終手段を選択した。


 家を出たルイーゼは建築関係の知識を武器にして生活していた。父親の知り合いだったウルリヒから依頼を受け、ちょっとした改築などの仕事で生活費を稼いでいるのだ。


 デニスとルイーゼはヘルムス橋について細かな打ち合わせをした。そこで分かったのが、ルイーゼの知識である。土木と建築に詳しいというのは本当だった。


 デニスはこういう人材を探していたので雇うことにした。そのことをルイーゼに伝えると、彼女は不安そうな顔をした。


「本当に、私でいいんですか?」

「もちろんだ。土木と建築に関する知識と見識は、確かめられた。実際に、大工や職人、労働者を監督するようになれば、女だと舐められる場合もあると思うけど、その時は兵士や従士が助けます」


「ありがとうございます」

 現場では、大工や職人がルイーゼの指示に従わず苦労することがあるようだ。その辺はサポートする必要があるだろう。この時から、ルイーゼはベネショフ領の戦力の一人として組み込まれた。


 デニスはルイーゼと知り合ったことを喜んだ。というのは、ベネショフ領の再開発を手伝ってもらおうと考えたからである。


 ヘルムス橋が無事に完成すれば、新しい領地をもらえる。その領地として、ベネショフ領の北側にある大斜面を領地としてもらいたいと申し出るつもりでいた。


 その大斜面に、紡績事業を中心とする産業地域と、クリュフやダリウスにも負けない先進的な町を建設する夢を抱いていたのだ。そのためにはルイーゼのような人材が大勢必要になる。



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