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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第3章 手伝普請編
101/313

scene:100 ヘルムス橋の建設資金

 デニスたちが国王に報告した翌日、白鳥城ではヘルムス橋の図面が検討されていた。図面を提出したのは、公爵や侯爵を含め八家の貴族である。


 バルツァー公爵は総石造りのアーチ橋を提案し、クリュフバルド侯爵は木製ではあるものの頑丈な橋を提案していた。それらが共通しているのは、水面から橋桁までの高さが現在の橋とさほど変わらないということだ。


 頑丈にすることで洪水時に耐える橋を考えたようだ。本気で提案しているとは思えないものだった。莫大な費用も必要となるし、本当に洪水に耐えられるのか疑問が残るからだ。


「マリウス、これらの案をどう思う?」

 国王が技術官僚の一人であるマリウス高等技官に尋ねた。マリウスは工部局に所属する土木建築に強い技官である。


「一、二回の洪水には耐えられるかもしれませんが、年単位の期間を考えますと、被害はまぬがれないかと思われます」

 それを聞いた国王は溜息を吐いた。


「そうか、それで他の案はどうだ?」

「ベネショフ領から提案があったもの以外は、問題外でございます」

「ふむ。それでベネショフ領の案がどう違うのか説明してくれ」


かしこまりました。この案は今まで洪水時にどこまで増水したかを調べたうえで、設計されているようでございます」

 マリウス高等技官は、ベネショフ領が過去数十年内に起きた洪水で水面がどこまで増水したかを調べ、それ以上の高さを持つ橋を提案したと説明した。


 国王が首を傾げた。

「余には、ベネショフ領の提案が至極もっともで、当然なように聞こえるが、なぜ他の貴族はそうしなかったのだ?」


「橋を高くすることは、橋が長くなることになります」

 国王が納得していない顔をしたので、マリウス高等技官は図を描いて説明する。橋が高くなれば、その高さまで上る部分の坂道も建設しなければならない。しかも、洪水時にも耐えられるようなものが必要である。


「なるほど、その坂道も含めて橋なのだな」

「そうでございます、陛下」

 ベネショフ領の案が優れている点は、この坂道部分が水の強い流れでも崩れないようになっていることだと説明した。


「実際に人々が歩く橋桁の部分は、木製になっているが大丈夫なのか?」

「防水・防腐の処理を施した木材が使われるようです。定期的に手入れをすれば三〇年ほど使えると思われます」


 マンフレート王はベネショフ領の案を選択することにした。ただ発表するのは、ゲープハルト将軍に頼んだバラス領の内情が判明してからにした。


 なぜヴィクトールがデニスたちを襲ったのか、それが判明しないままベネショフ領に任せることはできないと思ったのだ。


 ゲープハルト将軍がバラス領の調査を完了させ、報告に参上した。

「バラス領の様子は、どうであった?」

「領主親子が亡くなり、混乱しているようです。一時はベネショフ領に敵討ちに行くという者もいたのですが、三〇人の弓兵をベネショフ領の兵士五人が倒したという話が広まり、騒ぎはしずまったようです」


「それでバラス領の内情はどうだった?」

「製糸工場を建て、紡績の事業を始めたようですが、大きな損失を出していました。領地経営の資金繰りも悪化して、内情は苦しかったそうです」


 国王は苦い顔になり、将軍に話の続きを促した。

「準男爵は一発逆転する方法がある、と部下に言っていたようでございます」

「ふん、その方法がデニスを襲って、ヘルムス橋の建設を提案することなのか。だが、バラス領には橋を建設する資金などなかったのではないか?」


 ゲープハルト将軍は、別の貴族に図面を売るつもりだったのではないか、と推測を述べた。

「どちらにしても、貴族にあるまじき行いである。ブラバラス準男爵家は廃絶する」


「バラス領はどうされますか?」

「ヘルムス橋を完成させた時の褒美とするのがいいかな」


 将軍は僅かに顔をしかめた。

「反対なのか、将軍」

「今回のことで、バラス領の領民は、ベネショフ領を憎んでおります。バラス領で騒ぎが起こる恐れがございます。それにベネショフ領は急激に力を付けており、西部地域の秩序を乱すようなことになれば、クリュフバルド侯爵が不満に思うでしょう」


「そうだな。ブリオネス準男爵家には、貴族街に屋敷を与えたばかり、他の貴族に不公平だと思われることになるかもしれん」

 バルツァー公爵から、不公平だと言われたことを国王は覚えていた。


 数日後、デニスは白鳥城に呼ばれ、国王からヘルムス橋の建設を任せるという言葉を頂いた。

「ところで、今回のヘルムス橋の建設も手伝い普請になるが、ベネショフ領の財政は大丈夫なのか?」

 国王はベネショフ領の経営状態を報告書で知っているので確認した。


「あまり大丈夫ではございません。そこで国王陛下にお願いがあるのですが」

 これには国王も驚いた。

「手伝い普請に援助はできんぞ」


 手伝い普請は、強くなりすぎた貴族の経済力を削ぎ落とすことを目的とする役目もあり、手伝い普請を申し付けられた貴族は、国から援助をもらうことはできなかった。


 とはいえ、国王は洪水でも流されない橋が完成したら、男爵の爵位と領地を約束している。それは援助ではなく、難事業を成功させた者への褒美だった。失敗すれば、手に入れられないものであり、それだけの価値があると国王は考えたのだ。


「はい、それは承知しております。そこで提案なのでございますが、城に照明設備を導入するのは、どうでしょう。今なら格安で発光迷石をご提供いたします」


 その提案を聞いた国王が、突然笑い始めた。

「面白い、余に対して商いをするつもりでおるのか?」


 デニスは深々と頭を下げ、謝罪した。

「申し訳ございません。少しでも父の負担を軽くしたかったのでございます」


 国王は笑うのをやめ、優しい目でデニスを見下ろした。

「その気遣いは、立派なものだ。そちの取引に応じてやろう。城に照明設備を導入する件は、クラウス内務卿に命じておく。話し合うがいい」


 デニスはもう一度深々と頭を下げ、

「ありがとうございます。陛下のご温情に深く感謝いたします」

 そう言った後、国王に許可をもらい城を去った。


 デニスは貴族街の屋敷に戻り、自分の部屋にある寝台に身を投げだした。

「はあっ、疲れたあ~」

 やはり国王との交渉は、デニスの精神に大きな負担をかけたらしい。


 デニスたちは屋敷の使用人用の住居で寝泊まりしているのだが、その住居は六畳ほどの部屋が三つと一〇畳ほどの部屋が一つあり、デニスは一〇畳の部屋を自分用としていた。


 ドアの外からイザークの声が聞こえる。

「デニス様、夕食の支度ができました」

「ああ、すぐに行く」

 デニスは着替えて、仮設の厨房に向かった。


「デニス様、珍しく疲れた顔をしていますね」

 イザークがデニスに声をかけた。

「陛下が相手となると、もの凄く緊張するんだ」

「でも、良かったじゃないですか。希望通りヘルムス橋の建設を任されたのでしょう?」


「そうなんだが、苦労するのはこれからだからな」

 デニスは秋の雨季が来る前に完成させねばならない橋に思いをせ、溜息を吐いた。


 二日後、デニスはまた白鳥城へ向かった。クラウス内務卿から呼び出しを受けたのだ。内務卿は侯爵であり、準男爵家のデニスからすれば、数段格上の人物である。


 デニスが内務卿の部屋に入ると、そこの主は書類に目を通していた。

「そこに座って、少し待ってくれ」

 内務卿は書類から顔も上げずに、デニスへ言った。


 しばらくして書類を片付けた内務卿の視線がデニスに向けられた。

「照明の件は、陛下から聞いている。部下にどれほど必要なのか見積もらせたら、貴領が販売している発光迷石で六〇〇個ほどが必要だと分かった」


 デニスが作製する発光迷石は、一個金貨三枚で販売している。六〇〇個だと金貨一八〇〇枚だ。王家の財政からすれば、僅かな出費である。


「城一つに必要な照明となると、凄い数でございますね」

「敵の攻撃を考え、城の窓は小さく作られておる。そのおかげで昼でも薄暗い部屋が数多くあるのだ」


 この部屋も小さな窓が二つだけで、昼間でも薄暗い部屋になっている。こういう部屋が多いのなら、かなりの照明が必要なはずだ。


「陛下には格安で提供すると言ったそうだが、いくらで売ってくれるのだ?」

「金貨一五〇〇枚でどうでしょう。一個当り大銀貨五枚の値引きになります」


 内務卿がニヤリと笑った。予想していた値段より安かったようだ。

「いいだろう。二ヶ月以内に納入してくれ」


 デニスは起動文言をどうするかなどの細かい打ち合わせをしてから、クラウス内務卿と別れた。

 白鳥城の外に出たデニスは背筋を伸ばし、ホッとした表情を浮かべる。

「ふうっ、これでヘルムス橋の建設資金は何とかなる」


 発光迷石の売上金だけでは足りないが、紡績事業からの収益をいくらか回せば、建設資金を用意できるだろう。その目処が立ったので、デニスは安心した。


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