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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第3章 手伝普請編
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scene:99 ヴィクトールの誤算

 リヒャルトを攫った男たちは、雑木林の奥へと逃げ込んだ。その先に潜んでいたのは、バラス領の領主親子だった。ヴィクトールは、気を失い男たちに担がれているリヒャルトの顔を見て驚いた。


「お前たち、なぜリヒャルト殿を攫ってきた!」

 今度は逃げてきた男たちが驚く。

「そ、そんな。こいつはデニスじゃないのか」


 どうやら攫う者の顔も知らずに、誘拐を引き受けたらしい。ヴィクトールはダリウス領のならず者たちを雇ったことを後悔した。


「これはどういうことですか!」

 リヒャルトの護衛が追い付き大きな声を上げる。


 ヴィクトールは舌打ちをして、追い付いた護衛とデニスたちを睨んだ。次期領主のカミルが、リヒャルトの首に短剣を押し付け脅迫した。

「デニス、こいつの命が惜しかったら、ヘルムス橋の図面を寄越せ」


 デニスが前に出て答えた。

「馬鹿な真似を……これが王都に知られたら、領地がなくなるぞ。分かっているのか?」


 ダリウス領のならず者がデニスの姿を見てざわついた。

「おい、あいつがベネショフ領の次期領主だったのか。クソッ、兵士に変装して誤魔化していたんだな」


 デニスの耳にも聞こえた。別に変装していたわけではない。兵士たちと同レベルの服が彼の普段着なのだ。ヴィクトールがならず者たちを睨んで黙らせた。


「は、早くしろ。図面だ、図面を出せ」

 カミルが強張った顔をして喚く。この中で一番自制心を失っているのは、この男のようだ。


 その時、気を失っていたリヒャルトが目覚めた。ぼんやりとした目に光が戻り、カミルの顔を見る。

「……な、何事だ?」

 自分の首に短剣を押し当てられている状況が、理解できないらしい。


「動くな。さもないと貴様の首を掻き切るぞ」

「冗談はやめろ。準男爵の息子が男爵の後継者である私に、そんな真似をしていいと思っているのか?」

「五月蝿い、黙れ!」


 カミルが短剣を少し動かした。リヒャルトがピクッと震え、その首から血が滴り落ちる。

「図面を渡すから、やめろ」

 デニスは背負っていたリュックを手に持ち、中から紙の束を取り出した。


「ほらっ」

 デニスが紙の束をカミルに向かって投げる。受け取ろうとするカミルは、リヒャルトの首から短剣を離した。その瞬間、デニスが一歩で傍まで跳び込み、リヒャルトの腕を取って引き寄せた。


 カミルが紙の束を確認する。その間に、デニスはリヒャルトと一緒に後退した。

「騙したな」

 デニスが投げた紙の束は、白紙の紙だった。


 カミルが短剣をデニスに向けて投げた。その短剣がデニスに当たる直前、イザークの長巻が叩き落とした。

「デニス様に、何をしやがる!」


 イザークの口から、ドスの利いた怒声が飛び出した。ながらく苦しい生活を強いられたベネショフ領の民に、希望を与えてくれたのがデニスだ。そのデニスに刃を向けたカミルを許してはおけなかったのだ。その相手が貴族だとしても。


「貴族に向かって、無礼な」

 ヴィクトールが叱責するように声を上げた。その言葉を聞いたデニスは、怒りがこみ上げる。

「このことは国王陛下に報告する。そうなったら、あなたたちは貴族ではいられない。それを分かっているんだろうな?」


 ヴィクトールが顔色を変えた。

「承知の上だ。しかし、それは貴様らがここから生きて帰れたらの話だ」

 デニスは鋭い目でヴィクトールを睨みつける。

「僕たちに勝てると思っているのか?」


 ヴィクトールがみにくい笑いを見せた。

「貴様が武闘祭の優勝者といい勝負をしたのは、知っている。だが、これならどうだ?」

 準男爵が片手を挙げた。その瞬間、雑木林の奥から弓矢を手にした兵士三〇人ほどが姿を現した。


「卑怯な。初めからここに誘い込んで殺すつもりだったのだな」

 ヴィクトールが立てた作戦を、デニスは見抜いた。ならず者にデニスを狙わせたのは、本気で攫わせるつもりではなかったのだ。


 デニスに撃退されたならず者が、ここに逃げ戻ることを想定し、追ってきたデニスたちを弓兵で仕留める作戦だったらしい。


 リヒャルトと護衛たちが青い顔をしている。これだけの弓矢から狙われているのだ。絶体絶命だと考えるのも当然だった。弓矢など眼中にない様子で、ヴィクトールを睨んでいるデニスが規格外なのである。


「リヒャルト殿たちを守れ」

 デニスがイザークたちに命令した。イザークと兵士はリヒャルトたちの前に出て長巻を構える。彼らの顔にも絶望感はなかった。


 その顔がヴィクトールの気に障った。

「気に入らんな。怯えた顔で命乞いをしてみろ。もしかしたら、気が変わって命だけは助けてやるかもしれんぞ」


 デニスがニヤリと笑う。そんなことがあるわけがない、と知っていたからだ。そして、なぜヴィクトールが、そんなことを言ったのか考える。デニスたちの顔を見て不安が芽生えたのだと悟った。


「ベネショフの兵士に、弓矢を怖がる者などいない」

 デニスが答えた瞬間、ヴィクトールの挙げていた手が振り下ろされた。「放て」の合図である。三〇ほどの矢がデニスたちに向かって一斉に放たれた。


 何本かの矢は、剣や長巻により斬り落とされた。だが、ほとんどはデニスや兵士たちの身体に命中する。

 ヴィクトールはデニスが死んだと思った。だが、突き刺さるはずの矢が、ポトリ、ポトリと地面に落ちる。デニスたちの身体は装甲膜で守られており、矢が突き刺さらなかったのだ。


「クッ、矢が刺さらないほど強力な防御用の真名を持っていたのか」

 ヴィクトールが顔面蒼白になって呟いた。


 デニスはイザークたちに弓兵を始末するように命じた。長巻を持つイザークたちは、素早い動きで弓兵に襲いかかる。そして、長巻を振り回し蹂躙した。


 アッと言う間に弓兵のほとんどが地面に倒れた。数人は雑木林の奥に逃げたようだ。その様子を見たならず者たちが逃げ出そうとする。

「逃がすか!」

 それを目にしたリヒャルトの護衛が、ならず者たちに襲いかかった。ならず者たちも短時間で血反吐を撒き散らして地面に倒れた。


 敵で生き残ったのは、ヴィクトール親子だけとなった。デニスは前に進み出て、二人に告げる。

くわだては失敗したようだな。おとなしく武器を捨て降参しろ」


 突然、カミルがキレた。血の気が失せた顔で剣を抜き、デニスに斬りかかる。その剣は緋爪により払い除けられ、反射的に反撃するデニスの剣がカミルの胸を斬り裂く。


「カミル!」

 ヴィクトールが倒れた息子を抱きかかえた。そして、凄まじい憤怒の表情を浮かべ、デニスを睨む。

「貴様、よくも息子を」


 デニスはヴィクトールを睨み返す。ここでヴィクトール親子を逃がすことはできない。逃せば、将来に禍根かこんを残すことになる。

「自業自得だ。陛下の命令で縛り首になるより、戦って死んだ方がマシだろう」


 デニスが挑発とも受け取れる言葉を発した。ヴィクトールの顔が、怒りで真っ赤に染まる。ゆっくりとした動作で剣を抜くヴィクトール。


「デニス、貴様だけは許さん!」

 喚きながら斬りかかってきた。デニスは襲いくる剣を受け流し、体勢が崩れたヴィクトールの胴に緋爪の刃を滑り込ませた。


 宝剣の刃は異常なほど鋭い。胴体の半分を斬り裂き、大量の血が地面に流れ落ち、その血の海にヴィクトールが倒れた。永らくバラス領を支配していたブラバラス家の最後である。


 イザークがデニスに近寄り小声で問う。

「殺して良かったのですか?」

「陛下の前で、変な言い訳をされるより、いいだろう。今回はリヒャルト殿という証人もいるのだから」


 あまりにも呆気なく、敵対していたバラス領の領主一族が消えることになり、デニスは何とも言えない気分になった。貴族と言えども、行動を誤れば消えることになるのだ、と気を引き締める。


 この場所は、ミンメイ領の領地である。デニスは近くの村に立ち寄り、遺体をバラス領に運ぶように頼んだ。初めは嫌がったが、手間賃を多めに出すと承知した。


「あなたに迷惑を掛けることになってしまいました。申し訳ありません」

 デニスはリヒャルトに謝った。ベネショフ領の兵士たちの強さを目にしたリヒャルトは、デニスを敵に回したくないと思ったので、その謝罪を受け入れ水に流すことにした。


 デニスたちは旅を続け、王都に到着。

 国王に報告があると申し出て許された。白鳥城に入り、国王の前に進み出たデニスとリヒャルトは、旅の途中でヴィクトール親子と争った状況を説明した。


「何、ヴィクトール準男爵が、そんなことを……」

 その知らせは国王にも衝撃的だったようだ。しばらく無言で考えていた国王が、王都予備軍のゲープハルト将軍を呼んだ。


 そのゲープハルト将軍が現れ、国王の前で片膝を突く。

「将軍、バラス領の準男爵が問題を起こして死んだ。ブラバラス家の内情を詳しく調べよ」

 ゲープハルト将軍は、詳細を聞いてから去っていった。


 国王はデニスとリヒャルトに目を向けた。

「そちたちも、ヘルムス橋の図面を持ってきたのではないか?」


 デニスとリヒャルトが肯定し、持ってきた図面を国王に渡す。

「これで、八件の提案が持ち込まれたことになる。余が検討した後、どれを採用するか決める」

 デニスたちは国王の決定が下されるまで、王都に留まることになった。



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【書籍化報告】

カクヨム連載中の『生活魔法使いの下剋上』が書籍販売中です

イラストはhimesuz様で、描き下ろし短編も付いています
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― 新着の感想 ―
[一言] ヴィクトールとカミルが死んだのはスッキリしましたが、突然2話のイベントでしたので、呆気ない感が強いですね。 それと、幸いにして主人公とリヒャルト側には怪我人は出ませんでしたが、王家がブラバ…
[一言] バラス領主がここで退場か、妙に金持ってるな と思ってたけど、無理してたということか。 密偵放ってるのに情報不足とかないね。
[一言] 事情あるとはいえ私闘で相手殺して大丈夫なんかw 前回の公爵の発言見るに宮廷内でもデニス若干警戒されてるし強力な後ろ盾もいなそうだし。
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