scene:9 クールドリーマーと真名能力者
異世界の明晰夢に関して、雅也は騒ぎになっていないと思っていたが、実際は気付いて調査に乗り出した国があった。アメリカ合衆国である。
事の発端は、ロサンゼルスで起きた交通事故。盗難車を発見したパトカーが、その車に止まるように命じたところ、急加速して逃げ始めた。
当然カーチェイスが発生。逃げる盗難車は、街中を激走し何度も事故を起こしそうになる。盗難車が大通りの十字路を突っ切ろうとした時、信号は赤。
子どもたちの悲鳴が上がった。盗難車の進行方向には、学校帰りの生徒たちの姿。惨劇を予感させる光景である。だが、その十字路の横断歩道を渡っていたのは、子どもたちだけではなかった。
三十歳くらいの男の姿もあった。その男の顔に決意が浮かぶ。恐怖で逃げられない子どもたちの前に飛び出した男は、盗難車と正面衝突した。
凄まじい衝突音が響き、盗難車のフロントが潰れた。男の身体が空高く跳ね飛ばされると誰もが思った。だが、車の突進を受け止めた男は、その車にしがみ付くような格好で後ろにズズズッと移動している。
男の足元は、アスファルトが掘り起こされ溝が生まれていた。あり得ない光景だ。盗難車が子どもたちの五〇センチ手前で完全に停まった時、全員が唖然とした表情で男を見た。
男は車から離れると、バタリと倒れた。それを見た周囲の人々が慌てたように動き出す。
「救急車だ。救急車を呼べ」
追いかけてきたパトカーの警官は、気絶している運転手と道に倒れている男を見て、救急車を呼んだ。その後、男は病院に運ばれ治療を受けることになる。
治療した医師は、自分の目を疑った。男の腹部にある裂傷が、見ている間に再生していくからだ。
「馬鹿な、ありえん」
医師は仲間の医師たちを呼ぶ。自分一人では重大な発見を抱えきれなかったからだ。
数日後、ロサンゼルス市のクレイグ市長の下に、件の男に関する情報が届いた。ロサンゼルス市はビバリーヒルズ、サンタモニカ、ロングビーチなどを含む人口九〇〇万人以上の大都市である。その市長ともなると大物だ。
「この報告書を書いた者は、酒でも飲んでいたのかね?」
市長は秘書に尋ねた。
「いえ。内容は異常ですが、書いた者は正気です」
「この男、バートランド・ウェインライトという名前だそうですが、人間を越えた筋力と回復力を持っています」
「生まれつきなのか?」
「それが……報告書の後半に書いてあるのですが、ある夢を見始めた頃に身に付いた能力だそうです」
「能力だと……それは後天的に取得できるものだと言うのかね」
「そうです。ただ……夢の中で能力を手に入れたらしいのです」
「夢の中だと?」
秘書はバートランドの明晰夢の内容を話した。
「夢の話をされてもな」
「もしかすると、実在する異世界の話かもしれません」
「パラレルワールドかね。冗談じゃない。証拠は?」
秘書は資料を取り出して市長に見せた。その資料にはバートランドが証言する異世界と同じ世界の明晰夢を見ている人々の証言が記述されていた。
「それらの証言から、真名術と呼ばれる魔法のようなものがある世界が実在する、と研究を始める者がいます。そして、その証拠がバートランドが持つ能力なのです」
「彼が持つ能力とは、どんなものなのかね?」
「彼は『魔勁素』『剛力』『硬化』『自然治癒』という真名を持ち。それを元に真名術を駆使すれば、パワードスーツを着た戦士のような働きができるそうです」
「それは凄い。私も彼に会いたいな。時間を調整してくれないか」
「承知しました」
市長はバートランドに会い、その能力を見た。そして、彼の話が真実だと確信する。ロサンゼルスの市長であるクレイグは、交友関係も多彩であり、大統領の上級顧問であるブランドンとも親しかった。
クレイグ市長はバートランドの能力についてブランドン上級顧問に知らせ、国で対応するべき事案ではないかと意見した。
ブランドン上級顧問は大統領に報告を上げず、彼が所属する宗教団体に知らせた。この宗教団体はサプーレムという教祖を中心に大きくなった集まりで、『超越者』と呼ばれる神聖な存在を崇拝していた。
「ブランドン卿、真名を持つ者を集める必要がある。国より先に探し出せ」
「教祖のお言葉に従います」
ブランドン上級顧問は大統領に報告しなかったが、情報機関の一つが共通する明晰夢を見る人々の存在と人間を超越した力を持つ者たちについて報告した。
政府は、明晰夢を見る者を『クールドリーマー』、真名を持つ者を『真名能力者』と呼び探し始めた。
これにより二つの集団が、『真名能力者』を探す競争を始めたことになる。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
一方、日本の雅也は修業を続けていた。立木打ちを続けたことで身体が絞られ、筋肉質の身体が出来上がりつつあった。
その日、迷子の三毛猫を探していた。
「先輩、見付けました?」
「似ている奴はいたんだが」
この一帯は野良猫が多いらしく、何匹かの三毛猫を見付けている。だが、どれも探している猫とは違った。
「あっ、あいつじゃないですか」
冬彦が三毛猫を見付けて走っていく。何だかペット探偵が馴染んできている。餌で誘い三毛猫を捕まえた。
「やりましたよ、先輩」
雅也は傍に寄って、三毛猫を確認した。探している猫より、黒い斑の数が多い。
「残念だが、この猫は違う。よく見ろ、黒い斑の数が写真の猫より多いだろ」
冬彦がガッカリした顔になった。だが、何か思い付いて元気になる。
「大丈夫ですよ。斑の数が違っても、お客さんにサービスしておきましたと言えばいいんです」
雅也が無言で冬彦の背中を叩いた。バンと痛そうな音がして、捕まえていた猫が逃げ出した。
「痛っ、痛いですよ、先輩。ツッコミの範囲を超えてます」
「あっ、悪い。最近、急に力が強くなったんだよ」
「宮坂師範にしごかれているからですか。筋肉痛はなくなったみたいですね」
「まだまだ、俺も若いってことかな」
「そういう時点で、年寄り臭いんですけど」
「ふん、言ってろ。そのうち武術の達人になって、見返してやるから」
「武術の達人より、猫探しの名人になって欲しいんですが」
「嫌だね。武術の達人ならモテそうだけど、猫探しの名人は全然モテそうにないだろ」
「なるほど」
雅也と冬彦は会話を続けながらも猫を探し、夕方近くになって迷子猫を発見した。仕事が終わり、雅也は道場に向かった。道場で道衣に着替え棒を持って外へ出る。
外で宮坂師範を見付け、挨拶をする。
「これから立木打ちか?」
「はい」
「山道は暗いから気を付けろよ」
「軍用懐中電灯を持ってますから、大丈夫です」
雅也はそう言って駆け出した。
山の頂上まで一気に駆け上がり、立木打ちの練習場所で呼吸を整える。懐中電灯を木の枝に置くと、ちょうど良い明かりとなる。
雅也は五〇〇回ほど立木打ちを行う。山の頂上付近は、少し窪んでおり音が下に響かないような地形となっているので、ご近所には迷惑にならないようだ。
立木打ちを終え、周囲の魔源素を集める。こうすると肉体の疲労が取れるようだ。集まった魔源素を吸い込むことで身体の細胞が活性化するのかもしれない。
普段は集まった魔源素を解き放ち戻るのだが、今日は試そうと思ったことがある。棒に魔源素を纏わせて丸太を叩いたらどうなるかと思い付いたのだ。
集めた魔源素を棒の先端二〇センチほどの部分に纏わせる。その状態で棒を構え、新しい丸太に振り下ろした。棒が丸太に命中した瞬間、奇妙な手応えを感じた。
叩き付けた力が何かに吸収されたような感じだった。まるで、棒にゴムを巻いているかのようだ。命中した丸太の部分をチェックしてみても無傷である。
「ダメだな」
戻ろうと思った時、試していないことがあるのに気付いた。『超音波』の真名である。この真名は超音波と呼ばれる領域の振動を与える、つまり超音波を発生させること。それに超音波を感知する能力を与えてくれる。
『超音波』の真名自体は試したことがある。棒に超音波領域の振動を与えてみたのだ。結果、失敗だった。棒を握る手にビリッと痛みが走り、反射的に手放したのである。
雅也は棒に纏わせた魔源素に超音波領域の振動を与えた。手に痛みは感じない。その状態で棒を振り上げ、丸太に叩き付けた。
丸太が真っ二つとなった。スパッと切れるのではなく電動ノコギリのように無数の刃が丸太を削り取ったような感じである。雅也の背中から冷たい汗が吹き出した。
「やばい……こんなものを日本で使ったら、人殺しになる」
その日、雅也は驚異的な武器を手に入れた。以前に、超音波カッターは武器として使えないと考えたが、魔源素と組み合わせることで、絶大な威力を発揮するようだ。




