ピアノ発表会
「なんでよ!パパも明日のピアノ発表会来てよぉ!!」
娘の彩香は泣きじゃくりながら言った。
「明日は仕事で大事な会議が入っちゃってなぁ…ごめんな。」
私は頭を撫でながら言う。頭を撫でられても、気にする様子は微塵もない。
「やだやだぁ!絶対来てもらうんだもん!!来てくれなきゃやだもん!!」
見るに見かねた妻が、駄々をこね続けている娘を優しく宥めた。
「ほらほら、泣かないの。本当はパパだって行きたくて仕方ないんだから。」
それでも、私が眠りにつくまで泣くのをやめなかった。明日の発表会に影響が出ないといいが…
翌日。私は早々に会社を後にし、会場へと向かっていた。会議が思いのほか早く終わったのだ。
(よし、なんとか間に合いそうだな…)
昨日までの不安がウソだったかのように、胸は期待に満ち溢れていた。
「パパがいなくたってできるってとこ、ママに見せてやる!」
翌朝にはこんなことを言っていた。きっと妻がうまく説得してくれたのだろう。この瞬間、昨夜まで抱えていたマイナスな感情は全て吹き飛んだ。
彩香の煌びやかな姿を想像する度に顔がほころぶ。すれ違う人々に怪訝な顔をされながらも、気にすることなく娘の元へ向かった。
発表の五分前に会場へ着き、相変わらずのニヤニヤ顔で分厚いドアを開いた。ものすごい人の数だ… それだけ注目されているということだろう。
先に着いていた妻に連絡をとり、席を案内された。
「あなた、ほら、あそこ。」
妻の指さした先には、舞台袖で発表の準備を進めている彩香の姿があった。
いつになく真剣な表情。うまくやってくれるに違いない。期待が確信に変わった瞬間であった。
メインステージにライトが灯る。いよいよ彩香の登場だ。
スラっとしたスーツにタイトスカート、ヘッドセットをつけた彩香が、大きなグランドピアノを前に朗々とした口調でこう語り始めた。
「本日は弊社の新作ピアノ発表会にご来場頂き、誠にありがとうございます。さぁ、早速ですが、昨年のYDM-FX1100よりさらに進化を遂げた、YDM-FX1800の紹介に移りたいと思います。今作のコンセプトといたしましては…」