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過去と宿命

 遙か昔、鬼は勿論、悪霊や魑魅魍魎が跋扈する平安の世――。


 人間だったクロと朔は封魔を生業としていた。幼い頃から同じ師の元で兄妹のように育ち、長じて後は尤も信のおける相棒となり、いつしか二人の関係は恋人へと変化していった。

 しかし、公私とも充実していた二人の生活は、ある日あっけなく消え去ることとなる。


 その日、二人は巨大な魔を倒すため、蘇りの聖なる不死の山で魔と対峙していた。

 魔と二人の力はほぼ互角。随分と長い時間、対峙していたせいで、疲れも見え始めている。それでも、あともう少しでいける。そう思っていた。

 それなのに――。

 長時間に及ぶ闘いからの疲れだろうか。ほんの一瞬だけ、彼女の集中力が途切れてしまい、それが最悪の結果を招くこととなる。

 朔が魔に集中したまま彼女の名前を叫ぶ。

 小さい声で朔の名前を口にした、それが最後の記憶――。

 

 そして、なにがどうなったのか分からないが、朔の時はあの日から止まり、朔は千年以上も長い時を一人で、あの日のままの姿で今日まで生きている。

 変わったところは人前で、のんびりのほほんとした口調で話すようになったことと、当時からは考えたられないほどの柔らかい態度で人と接するようになったことだろう。

 いつまでも変わらない容貌を隠すために前髪を伸ばし、背中に流れる髪は随分と長くなっている。その髪が伸びる速度も物凄く遅く、あれから一度も切っていないという。


『ねぇ、あのあと、魔を封印できたんでしょ?』

「ああ。お前の気が途切れたのを感じた時、俺は冷静じゃいられなかった。感情的になった挙げ句、見境なくしちまってな。お前のことが引き金になったんだろう。爆発的な力を発揮して、何とか封印することはできたけど、俺自身も昏倒しちまって。――そのせいで、俺は、一番大事なお前の魂を呼び戻すことができなかった……」

『そっか……』


 二人の間にしんみりとした空気が流れる。

 思うことはいくらでもある。しかし、いくら思っても過去(事実)は変えられないのだから――。

 クロが一つ頭を振る。


『……――朔の時が止まったのは何故? 朔が私の魂の欠片を集めているのは何故? 魔との最終決戦の為って言うのはさっき聞いたけど、そもそも、私の復活と魔にはどんな関係があるの?』

「ああ、それか。お前にはまだ、詳しい説明をしてなかったな」

『うん。もう教えてくれてもいいでしょ?』

「そうだな……」


 朔がしばし遠い目をする。そして、クロを優しく撫でながらポツリポツリと話し始めた。


「さっきも言ったとおり、俺はてとんでもない力を発揮して魔を封印したものの、そのまま昏倒しちまって、気づいたらお師匠様の家にいたんだ。あとで聞いた話じゃ、数週間も寝たままだったらしい。それ以降、俺は抜け殻状態になっちまってな。正直生きる気力もなかった。そんな状態がどれだけ続いたか――。でも、ある日、俺は自分の時が止まっていることに気がついた。そりゃもう、呆然としたな。お前は死んじまったのに、なんで俺は……、俺だけはって。そんな時、お師匠様がな……」

『陣様?』


 二人の師匠で育ての親でもある封魔師は陣と言う。勿論、この店にいる陣とはまったく関係ない人物だ。


「お師匠様は俺に言ったんだ。あの子は死んでいない。魂が散り散りになっただけだって。お前が魔を封印したとはいえ、その封印はいつかは解けるだろう。その時は今以上の力をつけて封印を破り、この世のありとあらゆる厄災をもたらすだろう、と……」


 そこまで言ってから朔は、しばらく黙りこんだままクロを撫でる。


「――そしてこう言った。お前の時が止まったのは、封印した魔が復活した時、今度は封印するのではなく倒すためなのだ。その為に、今より力をつけ、術に磨きをかける必要があるってな」

『陣様がそんなことを……? でも、陣様って先見の力を持ってたっけ?』


 クロの問いに朔は首を横に振る。


「いや、お師匠様に先見の力はない。でも、あの方は気を探るのがうまい方だったから、何かを感じ取ったのかもしれない」


 朔が一息ついてクロの体を抱え込み、その胸元に耳を寄せる。

 生きている事を、その温もりを確かめるかのように――。

 

「そのあと、お師匠様はこう続けられた。勿論、お前一人で倒すのは不可能だ。その為には散り散りになったあの子の魂を集めて復活させる必要がある。あの子の魂は来るべき時に備えて、砕けたときの衝撃やその他もろもろを浄化し、力を溜め込んでいくはずだ。お前はその魂を一つずつ見つけなければいけないってな」

『……』


 クロは初めて聞いた事実に呆然とする。

 二人がかりでも拮抗していた魔の力。朔は自分の死が引き金となったとはいえ、爆発的な力でねじ伏せ、それを封印した。

 自分の許容量を超えた力を発揮したせいで、回復するまでに数週間も要して。

 それなのに、その後、千年以上の気の遠くなるような年月を一人で生きてきたのだ。

 自分の完全体を復活させるために。どこに飛び散ったのかも分からない、自分の魂の欠片を集めて――。

 ただ、一人で――。

 たった、一人で――。

 朔の孤独を思い、感傷的になったクロの頭を優しく撫でながら、朔が続ける。


「魔を封印した不死の山――今は霊峰富士と言うな。昔は頂上まで森林が続いていたあの山を、あんな姿にしたのは俺なんだ。今は樹海と言われる部分に辛うじて魔を封印したものの、その勢いで森林まで吹っ飛ばしちまった。その樹海は、封印した魔の影響で地場も狂って禍々しい事も多くて。でも、それだけじゃない」

『――迷い込んだ人の魂を糧に力をつけている?』

「それもあるが、更にたちが悪い。長い年月で樹海自体が魔と同化し始めている」


 クロはぶるっと体を震わせた。それが本当ならば、あの時よりも魔の力が強くなっているという事だ。

 今度こそは朔の足を引っ張らないようにしなければ……。


「まだ魔の封印がとけてないから微弱だが、ここ数年の大地の揺れや、異常気象は少なくとも魔が影響している」

『そっか……。封印してても魔は少しずつ動き出してるのね……』

「ああ。今の樹海は人が迷い込むんじゃない。樹海が自らの意志で糧となりえる人間を呼び寄せているんだ。無念を抱いた魂も格好の糧にかってやがる」


 魔の封印が解けたら今度こそ倒さないといけない。クロは決意を新たにした。


(朔……。朔は、その日の為にさらなる力を身に着けてきたのね。私の魂の欠片を集めながら、長い長い時を一人で生きて……)


 切なさが込み上げ、朔にすり寄り、その頬をペロペロ舐める。


「こら、くすぐったい。止めろって」

『い~じゃない』

「ったく……。でも、まぁ、お前が猫だった事には少し感謝してもいいかな。こうして触れ合えるのはお前が猫だからだ。人だったら触れることさえ叶わなかった」


 朔が背中をポンポンとする。それが気持ちよくて、ゴロゴロと喉を鳴らし。尻尾をゆらす。


『ねぇ、リリアみたいに人間にも私の魂の欠片を持った人、いたんでしょ?』

「ああ、あまり多くはなかったけどな」

『何でしなかったの?』

「――お前、またそれかよ……」


 ぼやく朔を、上目づかいで見上げる。


『気になるんだもん』


 朔の口からはぁ……、と大きなため息が漏れる。


「――今までお前の魂の欠片は、動物や人間はもちろん、時空の狭間、空気や森林、清流や海といった自然界に点在していたんだ。自然界に存在してたのは、自然界の気を取り込むためだろう……。――俺は今までいろんな魂を浄化してきた。俺が魂を浄化すると空中からスゥっと、お前の魂の欠片が光の玉のような感じで俺の元に集まってくるんだ。それを自分の中に封印した水晶玉の中に封印している。水晶玉はお前に俺の気が混じらず、俺にも影響を与えないためのバリアになるからな」

『それは私の聞きたい答えじゃなんだけど?』


 クロの言葉に再び朔は大きなため息をつく。


「お前の魂を正しい状態に戻すためには、何があっても俺と交わってはいけないんだ。もしそうすると、俺の気が混じってしまって、お前は正常な状態には戻れない。俺もお前も特殊で気が強いから、復活前に関係するとお前の魂自体に影響を及ぼす。だから俺はお前の欠片を持った人間には手が出せない。……――俺はお前が大事だから。元通りの状態で復活してほしいからな……」


 ぐっと強く抱きしめられ、鳴きそうになる。


『朔……ごめんね……』

「何が?」

『色々……』

「気にすんな。俺は長い時を生きて来たけど、修行に集中するとき以外は一人じゃなかったからな。今みたいに結構楽しい人たちもいて、俺を快く受け入れてくれた。一箇所に長くとどまれなかったけど、その度に新しい出会いもあったから」


 クロがさらにスリスリと朔にくっつき、朔が優しい手つきでクロを撫でる。


『でも、なんで自分の中に水晶玉を封印してるの? 持ち歩けばいいじゃない』

「お前、大切なものは肌身離すなって散々俺に言ってただろう。水晶玉も傷つけるな、割るな、壊すな、無くすなって」

『言ってたけど、まさかそれで自分の中に?』

「そうだよ。ついうっかり衝撃与えちまうかもしれないだろ。落として割るかもしれねえし、無くしちまったら元も子もねえ」


 朔の言葉にクロはぷっと吹き出す。止めようとしても止まらない。


「なに、笑ってんだ?」

『なんでもな~い』


 笑いの発作の合間にクロはそう返事をする。

 駄目だ、いくらたっても笑いが収まらない。

 確かに人だった時のクロは、うっかり忘れたり無くしたり壊したりする朔に、散々文句を言っていた。でも、まさか、それで自分の中に封印しているなどと、誰が想像するだろう。

 どうにかこうに笑いの発作が収まったときには、朔は少しムッとした顔をしていた。


「ほら、もう寝るぞ。睡眠不足は美容の大敵なんだろ?」


 明かりを落とした朔が促す。


『うん。ねぇ、朔。もう一つだけ聞いてもいい?』

「ん?」

『私を見つけたとき、“私”だってすぐわかったんでしょ? なのに、なんで私の名前をクロにしたの?』


 これは初めて会ったとき、つまり、再会したときからの疑問である。今まで特に気にしていなかったが、この際だからと聞いてみる。

 

「簡単さ。お前はお前だけどお前じゃないから」

「私は私だけど私じゃない?」


 なんなのだ、それは。こてっと首を傾げて先を促す。


「お前はまだ猫だから。お前だけど、本当のお前じゃないだろう?」

『あ、そういう訳か……」

「確かに、記憶の核の部分を持ってて、俺と会話もできて、若干とはいえ気は使えるけどな。それでも完全なお前じゃない。俺はお前が元どおりに復活するまで、お前の名前は呼ばない。

お前の名前は……、――俺の言霊だから」

『――ありがと、朔……』


 クロはまたスリスリと朔にくっついた。優しく撫でてくれる朔の手は気持ちよく、心地よい眠気を誘う。


『おやすみ、朔』


 クロはまた朔の頬をペロペロなめて鼻をスリスリする。朔がそんなクロの鼻にチュッとキスをする。


「おやすみ」


 朔はクロを抱きしめ、クロは朔の腕の中で丸くなる。

 二人はお互いの体温を感じながら眠りについた。


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