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未知との遭遇

『あ~あ、実ってば固まってる。ま、仕方ないか。陣さんの体格、見かけ、あの無口な迫力。初めて見る人は当然の反応だもん。呆然としたって仕方ないわよね』


 そんな実に朔がのほほんと声をかける。


「あぁ、気にしないでくださいねぇ。陣さんは無口ですが無害ですから。冷めないうちにどうぞ」


 そう言われた実は目の前の石焼ビビンバに目を向ける。


「……何ですか、これ?」


『あ、そっか。実が生きてた時代にはビビンバなんてなかったから、実にはこれが何か分からないのか。リリアの服装といい、スマホやiPhone同様、未知との遭遇ってやつね。うふっ、このあとの展開が楽しみ~』


「石焼きビビンバです。うちの名物ですよ」

「ビビン……ん?」

「かき混ぜて食べてくださいねぇ」


 どこまでも呑気に、朔はクロを撫でながら言う。


『う~ん……? 朔は分かってて面白がってるわけじゃないわね。これは単純に朔の素というか、誰に対してもマイペースな朔の表の顔ね。でも、どうしたらいいのかなぁ……』


「かき混ぜてって……」


 触るのも怖い熱々の器。おそらく食べ方も味もわからないだろう。実はどうしていいのかわからず、唖然としたままビビンバを見ている。


「あの……」

「はい?」

「これ……」


 なんですか? と問いかけようとした実の声を朔が遮る。


「あ、コチュジャンなかったですねぇ。リリアさん、コチュジャン持ってきてください」

「は~い!」


 朔に声をかけられただけでリリアの声のトーンが上がる。クロはいつものことだからとそこは気にせず、ちらりと朔の顔を見上げた。朔の口角が軽く上がっている。


『朔ったらコチュジャンって……そっちにいく!? 実が言いたい事、わかってないのかしら? いや、もしかして、わかっててわざとやってる? おもしろがってるのかしら。ま、聞いてて面白いからいいけど』


 実がさらに固まっていると、奥からあのエプロン姿のリリアが、コチュジャンの瓶とスプーンを持ってきた。


『あ~あ、実ったら、またイケナイ妄想してる。男ってホントや~ね~……』


「どんだけ?」


 リリアは腰に手を当てて実に問う。ちょっと高飛車な態度だ。

 でも、その態度には理由がある。リリアは中途半端に霊感があり、その事で散々イジメられ、気味悪がられた結果、人間嫌いになっていた。

 居場所のなかったリリアは朔に拾われて、ここに来てから人間嫌いも随分マシになってきている。こうした態度はリリアなりの自己防衛なのでる。

 それに、リリアの霊感はクロにも責任がある。はぁ……とため息をつきかけたクロは、再び実を見上げて眉間にしわを寄せた。


『ん? 実ったらやたらとリリアを見てる。どこ見てるんだろ? ん~? メリハリのある体つきや露出高めの服装、今時ギャルのメイクに髪型。実には刺激が強すぎるかな? あ、名前もだけど外国人と勘違いしてるのかな? ひょっとして好きになったとか!? なによ、私の事を思い出しもしないのに、何か、ムカつく……』


 自然と尻尾はイライラモードになっていく。そんなクロを察して朔は宥めるように撫でてている。それでも……。


『やっぱり……。ム・カ・つ・く!』


「リリアさん、ついでに作ってあげてください」

「えぇ~、店長のお願いならしょうがないなぁ。辛いの好き?」

「あ、ほどほどに」

「あ、そ」


 そう言ってリリアは持ってきた瓶からひとすくい、コチュジャンを石の器に入れると、そこにあったスプーンでかき混ぜ始めた。


『相変わらずリリアは手際いいわね。お焦げも上手にできてる』


 実はというと、ただただ呆然と見ているだけ。


「特別にお焦げも作ってあげたから」


 ササッと作り終えたリリアはスプーンを実に手渡し、それを見たクロは、はぁ……と再びため息をつく。


『リリアって初対面の人にはこういう態度になっちゃうのよね。男には特にそう。嫌な思いをしたこともあるみたいだし。でもまぁ、それも慣れるまでの事。常連さんとかには普通に接することができるようになったし。でもねぇ……。リリアの服装にも問題は十分あるような気もするのよね~。ま、楽しんでるみたいだし、ここには朔も陣さんもいるって安心感から余計拍車がかかってるんだろうけど、でもなぁ……』


 クロが再びため息をつく。

 リリアの服装がとんでもないことになっているのは、全て朔のせいなのだ。いや、決して朔がこんな格好をしろと言った訳ではない。全て朔に振り向いて欲しいが故なのだ。

 どんな格好なら朔が好むのか。どんなヘアスタイルなら朔が好感を持つのか。ああでもない、こうでもないと毎日飽きもせずに試している結果がこれなのである。

 リリアがどんな格好をしても、朔がリリアを女性として意識することはない。朔にとってリリアはあくまでも保護した子ども、いわば保護者なのだ。

 リリアももう、その辺の所は分かっているのだろう。それでも、万に一つの可能性を夢みているのか、それとも単に気に掛けて欲しいだけなのか。いや、意地になっているのかもしれない。


「リリアさん、ありがとうございます」

「うん! 今度一緒に写真撮ってね!」

「それはちょっと……魂抜かれちゃうんで」

「またそれぇ?」


『リリアは朔に懐いてるから態度も声音も変わる。霊感のある自分の事を気味悪がらずにすんなり受け入れてくれたのは朔だけだから、好きっていうより、雛が親鳥に懐くという感じなんだろうけど。でもリリアはその気持ちを恋だと勘違いしている。いつになったらその違いに気づくのかしら?』


 クロはそんな事を考えながら厨房で料理を作っている陣をちらりと見上げ、再び朔を見上げ、またため息をつく。


『もうっ、朔の朴念仁!! リリアが精神的に落ち着くまではって考えてるんだろうけど、これじゃ陣さんが気の毒じゃない。しょうがない。朔には実の件が片付いたらこの土地から離れるように言ってみよう。でもリリアはまだ安定してないのよね。困ったなぁ……。それにしても、朔ってば写真で魂抜かれちゃうって……。いや、写真を拒否するにはいいかも知れないけど、いつの時代の人間よ!』


 実は自分と朔に対するリリアの態度に釈然としないものを感じながら、恐る恐るビビンバを口に入れた。


「……うまい」

「おや。それは良かったですねぇ」

「当たり前でしょ。私が作ったんだから!」


『やっぱりリリアが完全に人間嫌いを治すまでは、ここから離れられそうにないな……。でも、朔の事もあるしなぁ……。朔がここに定住してから大分経つけど、大丈夫なのかしら?』


 チラッと朔を見上げると、朔は大丈夫だというように優しく撫でてきた。

 実はというと最初は、恐る恐るだった食べ方が、今は夢中で食べている。


『おいしい? よかったわね』


 クロが優しく声をかける。

 実から帰ってきた言葉はキャットフードが主流になる前の人間の言葉だった。


「ん? 何だ? お前もこれ食べたいのか? 熱いぞ?」

『う~ん……。食べたい気はするけど、キャットフード以外は美容や健康面に響くのよね~』


 クロはテーブルの上にちょこんと座し、遠慮しておくわと尻尾を振る。


「猫は猫まんまにしとけよ」

『ね……猫まんま~!? 昔はともかく、この時代に猫まんま!? この私に猫まんまを食べろですって~!? ふざけんじゃないわよ~!』


 怒りMAXで尻尾がボンッと膨れ上がったクロを、朔が抱きかかえる。


「おや、お腹すきましたかねぇ?」


『朔! 離してよ! 引っかいて噛み付いてやるんだから! この私に猫まんまよ? 猫まんま! 許せな~い!』


 クロは朔に抱えられながらも実に怒りの攻撃をしたくてジタバタと暴れたものの、そこはやっぱり朔。上手くクロを押さえ込んでいる。


『くっ、抜け出せない……。悔しいぃぃぃ!』

「まぁまぁ、そう言わずに」


 朔は宥めているが、クロはすっかり逆毛が立った状態である。


『朔、引き止めるんなら後でいつも以上にブラッシングしてもらうからね! 陣さんがなんと言おうと、一個千円の猫缶も買ってもらうわよ!』

「落ち着けって。先にやらなきゃいけない事があるだろ」


 朔がクロを宥めながら耳元で囁く。その言葉に怒り心頭だったクロの心が冷静になっていく。

 そうだったと大きく深呼吸して気を静め、クロはチラッと朔を見上げて頷くと、朔はふと思い出しように実に声をかけた。


「そういえば、まだお名前お伺いしてませんでしたねぇ」


 記憶の抜けた実の魂を浄化させるための第一歩は名前を思い出す事。


「え……あ、名前……」


 クロは朔の肩の上からじっと実を見て、少しだけ使える気を実に集中する。クロの金色の目がさらに金に光りはじめた。


『名前よ、あなたの名前。呼び覚ましたときに私がちゃんと教えてあげたでしょう? さぁ、思い出しなさい』

「名前…… なまえ……」


 記憶が抜け落ちている実は混乱している。助けを求めるつもりはないだろうけれど、顔を上げた実は朔を見て、そのままクロに視線を向ける。クロは更に気を集中して実の魂に意識を向けた。


『思い出しなさい。あなたの名前を。自分で思い出さないとあなたは先に進めない。さぁ、落ち着いて……。思い出しなさい、あなたの名前を……』

「……みの、る?」


 微かな声で実は自分の名前を口にした。


「実さんですか」


 朔に名前を呼ばれ実はハッとしながら見上げた。


「申し遅れました、わたしは朔と申します。この子はクロ」


 朔は自分の名前を名乗りクロの顎を撫でながら、クロにしか聞こえないように囁く。


「第一段階クリアだな」

『そうね』


 クロは満足感と朔の手が気持ち良く、ゴロゴロと喉を鳴らして目を細める。そのクロの瞳はいつもの金色に戻っていた。

 実が名前を思い出したのは朔の言うとまだ第一段階。

 実自身の事をはじめ、自分が死んでいること、そして何故死んだのか。それらがわからないと実を霊界に送る事ができない。


『どうするの?』

「そうだな、ここで住み込みバイトでもしてもらうか……」


(バイトねぇ……。自分が仕事したくないから丁度いいと思ってるわね。ま、今の段階ではそれが一番か……)


 こうして実は暫定的に住み込みバイトに決定した。

 その事を告げられた陣は軽く頷いてみせた。陣は普段からあまり表情を変えない人間だ。それでも、今、陣の頭の中では今後の食費の計算がフル稼働しているだろう。

 そんな陣に向かってクロが念押ししするように鳴く。

 その内容は勿論こうだ。


『ごめんね、陣さん。でも私のカリカリのグレードを下げるのはダメよ、いいわね?』


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