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「……――はっ!?」


 ぼうっとしていた瞳がようやく焦点を結ぶ。

 まだ若干不安定な彼に向けて朔は呪を唱え続け、クロはさらに声をかけていく。


『実、実!! しっかりして!!』

「……ね、こ?」

『実、気がついた? よかった~』


 実が完全に覚醒したことを見届けた朔は呪を唱えるのを止め、改めて自分が覚醒させた実の姿を見て眉を寄せた。同じことに気が付いたクロも首をかしげている。

 朔が唱えた呪文は魂を呼び覚ます呪のみ。他の呪は一切唱えていない。それなのに実はやけにはっきりと実体化しているのだ。

 間違いなく霊体のはずなのに、脈は勿論、体温もクロが触れた感覚では人肌と変わらない。どうみても完璧に生きている人間と変わらない位にはっきりと実体化している。

 本来、魂を呼び覚ます呪にはこんな効果はないはずだ。それなにのに、これは一体なんなのだ。何故こうなったのだ。

 クロが思案している間に、朔はさっさと眉根をほどいて表情を和らげた。


「あぁ、戻りましたねぇ」


 朔のおっとりとしてのほほんとした口調に我に返ったクロは、朔と実を交互に見やった。

 これはひょっとして朔の力のせいだろうか。いや、こんな事は今まで一度だって無いはずだ。勿論自分の知る限りは、だが。先ほどの朔の様子からしても恐らく初めての現象のはずだ。

 それでも、ここまではっきり実体化したのは実と縁のある自分が呼びかけたせいでもある。不可解この上ないが、なんといっても初めての事例だ。時がたてばいずれ分かるだろう。分からなあい事をいくら考えても仕方がない。


「良かった、良かった。もう駄目かと思いましたよ」


 朔はクロ以外の者にはこうしたおっとり、のほほんとした口調と態度で接している。本当だったら自分がいろいろと尋ねたいが、実が猫の言葉を理解できるわけがない。

 この際、物凄く不安だが会話は朔にまかせるしかないだろう。それでもどことなく不安がよぎるのは、朔のこのおっとりモードの時のとぼけ具合をよく知っているからだ。

 そんな事をあれこれ考えている時だった。


 ぐうぅ~~……。


 実のお腹が大きく鳴った。


「おや、元気ですねぇ」


 実のお腹の音と朔の言葉とクロは大きく脱力する。


『まったく、もう……。霊体から蘇って、多分つかの間の実体化だろうけど、最初がお腹すいたって……。ほんと、相変わらずだなんだから……』


 呆れ返ったクロを肩に乗せながら、朔はクロにだけわかる程度にクスッと笑う。


「うちで良ければご馳走しますよ。立てますか?」


 そう言って朔が実に手を差し伸べたのに、実は直ぐに首を横に振って断った。そんな実を見てクロは少しムッとする。


「……立てます」


 何を考えているのか分からないが、実は朔の手を借りずに自力で立ちあがった。


『なんなの、実のバカ!! 朔は特に言及しなかったけど、あのままじゃ未成仏霊としてさ迷うことになってたってのに……。なんか、むかつく……。人(猫?)の好意をなんだと思ってんのよ! しかも私のことも忘れてるし……』


 クロが朔の隣で実を睨みつける。実の反応を見入る限り、クロの睨みは効果がないようだ。まぁ、もともとクロを飼っていたので、猫のこんな態度には免疫ができているのだろう。


『実のばかっ! 記憶がないくせにこういう事は体が覚えているって、なんだかむかつく……』


 ぶつぶつ文句を言うクロに朔は落ちつけというように優しく体を撫でさする。そうして貰っているうちに、すっかり荒んでいたクロの感情が少しずつ落ちついていく。

 それを見とった朔がクロを抱き上げながら実に声をかける。


「じゃ、付いて来てください」


 そう声をかけて朔は再びクロを肩に乗せ、ゆっくりとした歩調で歩き出す。


『ほっときゃいいのに』

「呼び覚ましといてそれはないだろ? 大体あの状態で放置できないだろ。それに多分……」


 朔とクロは小声で話していたが、誰が聞いても猫の鳴き声に答えている飼い主にしか見えないだろう。


『分かってるわよ。こうして実に再会した意味は何となく分かったわ。でもむかつくの! 私の事も忘れてるし、第一なによ、あの胡散臭げな顔! う~、むかつく……』

「俺の格好も珍しいんじゃないか?」

『かもね……。その髪もだけど、今時、着流しを普段着にしてるなんてないわよ』

「わかってるんだけどな。やっぱりこっちの方が楽だから、こればっかりはな」


 頭をかきながら答える朔の言葉に、クロは洋服姿の朔の姿をいくつか想像してみた。確かに洋服の朔は想像できない。どう考えても和服のほうがしっくりくる。


 ――でも、着流しを着た朔ってかえって目立つような気がするんだけど。あ~、でも、朔の場合、洋服でも一緒か……。ほんと、朔ってば無駄に目立つんだから……。


「お~い、置いて行きますよ」


 訝しんでいる実に朔は呑気に声をかけ、再び歩くこと数分。


「は? ここ??」


 実のなんとも間抜けな声がした。

 古くさい暖簾。

 ラーメン屋みたいな暖簾に、書いてあるのは鉄板焼肉という文字。これは達筆な朔の手書きである。それに加えて今にも倒れそうな木造建家。ここが今、朔たちが住んでいる住居兼店舗である。


「ただいま~っと」


 いつものように、緊張感のまるでない声で朔は店に入って行く。もちろん、クロも朔の肩に乗って尻尾を振ってただいまのご挨拶。


「え、あ、ちょっと」


 実はあわてた声で追いかけてくるが、クロにはこの後の実の行動が嫌でもわかる。

何故なら――。


「っんもう、店長、どこ行ってたのよぅ! お昼時までには帰って来てって言ったのにぃ~!」


 店の中からキャピキャピしたバイトのリリアの声が聞こえてくる。


『あれ? お昼過ぎてたっけ? そっか、実を呼び起こしてたから……』

「おや。一応帰って来たつもりなんですけどねぇ。時計、壊れちゃったみたいですかねぇ」

「店長、時計どころかスマホもガラケも持ってないでしょっ!」

「おや。そうでしたねぇ」


 朔は相変わらずのほほんとした口調。そして彼女は相変わらずなんというか……。


「え~い、抱き付いてやるぅっ! リリアアタック、受けてみよっ!」


 ……とぅっ!

 勢い任せで朔に飛び付いたリリアの格好は、恐らく男には憧れであろう裸にエプロンという格好だった。


『まったく、この子は……。なんでもう少しマシな格好できないわけ!?』


 そんなリリアをスルリと交わし、朔は奥へと声をかける。


「陣さ~ん、すみません。いつものお願いします。ひとつでいいんで」

「なんでよけるのぉっ!」


 そう言ってくるり、とリリアの付けているエプロンが翻る。


「うわっ……!」


 実は真っ赤になって顔を背けようとしつつ、リリアの姿をチラチラ見ている。少しおさまっていたクロの苛々が再び首をもたげ始めた。


『まったく……。今も昔も、猫も人間も男って奴は……。ふん、残念でした~! あっかんべ~だ! リリアのエプロンの下はちゃんとチューブトップに超ミニスカなのよ。その格好にエプロンを付けると服の意味を持たないけどね。それをいつも勘違いするんだから、ほんっと、男ってやつは……』


 思いっきりイケナイ想像をしていたのだろう。実は脱力してその場に膝を突いていた。


「大丈夫ですか?」


 そんな実に朔が声をかけると、実は握りこぶしをつくりはじめる。


『ちょっと実! 勝手にイケナイ妄想したのに、その握り拳は何よ!? 朔は無関係なのに、朔に怒りの矛先を向けないでよね!』

「ま、座ってください。リリアさん、彼にお水お願いします」

「はぁい」


 ぷりぷりミニスカートを見せつけるようにリリアは振り返る。

 脱力しきった実が目を上げ、クロと目が合うが、クロはぷいっと横を向く。


『ほんと、男っていつの時代も変わんないんだから……。し・か・も! この可愛い私を思い出さないなんて! あ~……。朔への態度といい、期待どおりのリリアへの反応といい……。む・か・つ・く! 朔、思いっきり辛くしちゃえば?』


 クロの愚痴に朔は小さな声で返す。


「クロ、お前なぁ……。今の彼の状態でそんなことは無理だって分かるだろう」

『そんなの分かってるわよ! でも気に入らないの! ふん!』


 というなりクロは朔の肩の上からトンッと床に飛び降りた。


 ……――チリリン


 勢いで首についた金の鈴の音が鳴る。

 その音だけを残して、クロはモデルばりのキャットウォークで奥に引っ込んで行った。


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