prologue ―はじまりはいつも森―
不定期更新でのんびりと書いていきたいと思います。
よろしくお願いします。
時刻は夕方。
赤く染まった空が見えないほど木々が生い茂る薄暗くおどろおどろしい森の中。目が覚めたら俺は全裸だった。
いや、パンツは履いている。トランクス派だ。首からドックタグの用な、ステータスタグと呼ばれる認識票も垂れ下がっている。ただそれだけだ。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
もしこれがただの森なら何とかなるだろう。じっと身を潜め救助を待つか、森から出て助けを求めるか。人工光を求めて移動すれば助かるだろう。懸念は熊や野犬などの野生の動物くらいだ。
だがここは異世界だ。救世主だから異世界なんて余裕だぜと思ってた数時間前の俺を殴りたい。
異世界で女に騙され、身ぐるみはがされて魔物の住む森へ放置されたアホな男、それが俺だ。
死にたい。いや、死ぬ、絶対に死ぬ。
ゴブリンやオーク、魔獣などの魔物の住む森だ。急に恐怖に襲われた。叫びだしたくなったが声が出ない。体も動かない。頭が真っ白になって何も考えられない。
パキッ
背後で枝が折れる音が聴こえた。恐る恐る振り返る。
猫?猫だ。
シャム猫のような見た目の白と黒な猫だ。その猫がこちらをじっと見つめてくる。吸い込まれそうな青い目だ。
思わず体が震えてくる。それはシャム猫の様な体長2mは越えた猫ではない何かだ。
シャム猫の様なそれはこちらをしばらく見つめた後、何処かに去っていった。恐怖と緊張から解かれた俺は、全身から力が抜けてその場にしゃがみ込む。
日はすっかりと落ち、辺りに暗闇と静寂が広がる。死の臭いを振り払い、俺は何とか立ち上がり隠れる場所を探す。次に出会った魔物が見逃してくれるとはかぎらない。
しばらく手探り状態で森の中を進む。暗闇に目が慣れてきたようで何とか視界は確保できる。ふっと自分の体を見たら枝や葉で傷だらけだ。傷を自覚したら痛みが出てきた。だが構わず森を進む。傷と命、どちらを取るかと言ったら後者だ。
方角はわからない。だがこの森に連れてこられたときに日の沈む方に向かって移動していた記憶がある。ならば日の沈んだ方向を背にして歩けば出口があるはずだ。それだけを希望にひたすら歩く。
運が良いのか、あの猫に出会って以降は動物を見かけていない。この状況を考えると運が悪いのだが。
ああ、あの女のせいだ。あの女のせいでこんなことになっている。
俺を召喚した国の奴らも悪い。俺は平凡な人間だ。平凡な人間を異世界に拉致して挙句の果てに「役立たず」とか「ハズレ」とか言って放り出す。そもそも能力の高い奴や、やる気のある奴だけ呼び出せば良かったのだ。なんで俺の巻き込むんだよ。
さっきまでの恐怖や不安が嘘のように怒りに染まっていく。この世は理不尽だと理解していたが、これほど理不尽なことは想定外だ。
「くそっっ!」
思わず大声を出る。次の瞬間、自分で自分の口を塞ぎ周りを見渡す。物音も気配もない。ほっとため息が漏れる。
まだくすぶる怒りを抱えたまま森の中を歩いていると、急に視界が広がった。広場だ。木も草もない円形状の広場の中央に大樹が1本そびえ立つ。樹齢1000年は越えているのだろう、屋久島の屋久杉を思い出す。TVでしか見たことないけど。
美しい。思わず息が止まる。作り物の美しさではなく、自然の生きる力に溢れた美しさだ。先ほどまで抱えていた怒りなど吹っ飛んでしまった。
なんとなく大樹の周りを一周すると、大人一人がすっぽり入れるほどの樹洞を見つけた。誘われるように樹洞に入る。体育座りをしないと中に入れなかったが、その体勢が逆に落ち着いた。
静寂に包まれた森の中、大樹に包まれる俺。やっと落ち着いた。
ぐぅー
静かな森に腹の音が響く。命の危険が無くなったと思ったら、今度は食欲か。人間て卑しいよな。
ふっと右手に触れるものがあったので、それを掴み持ち上げてみる。
キノコだ。
軸は白く、傘は赤い。その赤い傘には、青や緑の水玉模様があった。何この原色キノコ。どう見ても毒キノコだ。目の前にキノコがある。腹は減っている。だが毒だ。
何となくステータスタグに触れて魔力を流す。立体映像の様にステータスが表示され俺はスキルの部分を見る。
状態異常吸収:Lv-
全ての状態異常を無効化吸収する
城の奴らにクラスメイトに使えないとハズレだと馬鹿にされたスキルだ。だが今は助かる。スキルを確認して安全を確信した俺は原色キノコを食べた。
結構美味しい。空腹は最高の調味料と言うやつかな?
次の瞬間、全身に電流が走るような痛みを感じた。そしてゆっくりと意識を失っていく。
「なんだよ、状態異常無効化じゃねーのかよ」
モンスターに襲われたわけでも、肉食動物に襲われたのでも、魔族と戦って散ったわけでもない。俺はキノコを食べて死ぬ。
佐野誠人 ♂ 16歳。高校1年。童貞。異世界で死す。
――パルシャワ城下町のとある宿屋にて
「おかえり、リーシャ」
「エルフィンただいま」
リーシャと呼ばれた女冒険者は、青年に抱き着き口付けを躱す。
「うまくいったかい?」
「ええ、あの坊や、見事に騙されてくれたわ」
青年は、リーシャの腰に手を回し再度口付けをする。
「今まで苦労をかけてすまなかったね。これで君と結婚できるよ」
「でも大丈夫かしら?異世界人は国に保護されてるのでしょ?」
「異世界人と言っても誰もパトロンに付かないくらいのハズレだからね」
「そんな坊やにあなたがパトロンに付いたわけね」
「貧乏貴族の僕では何も協力出来ないのに彼は感謝していたよ。少し申し訳なかったけど僕達の未来ためのだからね」
「それで支度金で何とかなりそうなの?」
「ああ、支度金で500万ルピス。王国のツケで購入した武具も売れば500万ルピス以上にはなりそうだからね。君が稼いでくれたお金と合わせればこれで借金を返せそうだ」
「これであなたは自由になれるのね」
「ああ、借金が無くなればあんな女と結婚しなくて済む。リーシャ、僕には君しかいないんだよ」
リーシャは、青年を見つめながら呟く。
「私もよ、エルフィン」
二人の影が重なり夜は更けていく・・・。
ちなみに、俺を騙した女がキノコを喰っている頃、俺もキノコを喰って死んでいた。諸行無常のキノコあり。