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ピチョン、ピチョンと水の弾く音がする。
薄暗い洞窟の中、壁にある僅かな火の明かりのみが周囲を照らしている。
広い洞窟の奥には、湖がある。薄暗いからか、終わりは見えない。
その畔に影がいくつかあった。
「----もうすぐ、時が満ちる。」
抑揚のない静かな男のものと思われる声が、空気を震わせる。
「どれほど、待ったことか」
「我らの念願が叶う時が」
影の視線は、湖に向けられていた。
暗く水面しか見えないはずのそこに、僅かに気泡が生まれる。
「首尾はどうか」
「滞りなく」
「では、予定通りに」
「彼奴が、計算通りに目覚めさえすれば、な」
「大丈夫であろう」
ククッと小さな笑い声が、響く。
「やっと、やっと・・・・・千年、待った」
とても長い時を、この時のために生きてきたのだ。
千年・・・気が遠くなるほど長い時間を。
「------さぁ、始めよう」
☆ ☆ ☆
ちょっと真面目に授業を受けただけで、頭はオーバーヒートしたように熱い。
それに比例して体も火照り、ルークは体を冷やすためにいつもの屋上へと足を向けた。
「ふぅ・・・普段しないことはやるものではないな」
屋上の人目につかないところに横になったルークは、ぼんやりと空を眺める。
ふわふわと白い大きな雲がちらほら浮いている。
ゆっくりと動いていくそれと、頬を撫でる優しい風に体の熱は次第に収まっていく。
今日は、見事に座学のみの授業内容だった。
それも、一通り頭に入っている内容であったのでとても面白いとは思えなかったが。
ルークは、バジルドに拾われた時から少しずつ書物を読み、彼から学び学園で教わるべき内容をほとんど習得していた。することもなくバジルドの弟子として学んできた日々がここに繋がっていることなど入学するまで全く知らなかった。なので、彼にとって座学はほとんど必要のないもので、復習感覚で出席しているにすぎなかった。
その復習を久しぶりにしたものだから、許量範囲を超えてしまうのも仕方のないことかもしれない。
「後は適当にサボろうかな・・・」
残す教科は2つ。
大して重要でもない。
「-----それは、いけないね」
ふいに声を掛けられて、驚く。声のした方を見れば、今日一日探していたパメラスがそこに立っている。
「パメラス先生?」
「やあ、ルーク」
彼は、微笑みながらルークの傍らで腰を下ろす。
「もうすぐ授業が始まるんじゃないかな?」
「・・・今日は、朝から出ていて疲れたんですよ」
「生徒としては、普通のことだよね」
やれやれ、とパメラスは肩を竦める。
「パメラス先生こそ、なんでここに?」
「今日の授業は、終わったんだ。それで、ちょっと休憩に。・・・・もしかしたら、君がいるかもと思ってね」
「・・・・」
流石、バジルドが認めた後輩である。
ルークの考えなど、お見通しということか。
しかし、簡単にはのってやらない。こちらも今後のことが懸かっているのだから。
ルークは、よっと上半身を起こすと、胡坐をかいてパメラスに体を向ける。
「何、そんなに俺に会いたかったんですか?」
ニヤリと笑ってみせると、パメラスは一瞬目を見開いた後、さらに笑みを深めた。
「そうだね」
「なんでですか?授業はちゃんと出ましたし、演習もしましたよ?」
「あぁ、授業は関係ないよ。もうすこし力を出してもらいたい気がするけど・・・今日は、ただ世間話がしたかったんだ」
「世間話?」
首を傾けると、パメラスは本格的に話をしようとルークと同じように胡坐をかいて座った。
ルークと、パメラスは向かい合うように座る。
「教師と生徒の他愛もない交流さ。・・・今日はもう授業はでないんだろう?」
「まあ。」
「なら、話に付き合って」
「先生が、そんなこと言っていいんですか?」
「今日だけだよ」
ニヤリと笑って見せれば、あっさりとサボりを許可されてしまった。
ルークは内心で苦笑する。
こうなったら、とことん付き合った方がいいな。
「ま、先生に許可してもらったから、仕方がない。話し相手になってあげますよ。」
「それは、どうも。・・・・ルーク、君は何を思ってこの学園に入学したんだ?」
「え?」
「理由だよ。理由」
好奇心から聞いてみたくて、と言う彼の目に嘘はない。
本当にただ世間話をするだけのようだ。
(・・・なんだか、気の抜ける)
ジッとパメラスを観察した後、ルークは、緊張を緩めた。
「-----ただ、魔力があって制御するため、ですよ」
「ほう」
「皆、そんな理由が最初なんじゃないんですか?」
そこから、魔力を制御出来るようになり、さぁ次はどうするか。
その時に、初めて騎士団の選択肢が生まれるのだから。
「君は、それだけが理由じゃないのでは?」
「?」
「・・・・・私も最初は、君と同じ理由だったな」
パメラスは、自分の学生時代を振り返るように遠くを見る。