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声のする方に目を向けると、腕組みをしながらこちらを見ているジンが立っていた。
「また、ジンだわ」
「本当、懲りないわよね」
ひそひそと女子たちは声を潜めながら口々に言う。
それが、聞こえていないのかジンは、座るルークを見下すように見おろす。
「何の用事?」
「なに、珍しく教室にいるから挨拶に来たんじゃないか」
「それは、どうも」
「それにしても、どういう風の吹き回しだ?頭でも打ったか?」
ニヤニヤと馬鹿にするような言葉に、ルークではなく、周りのクラスメイトが非難の声を上げる。
「いいじゃない。ここはルークの教室でもあるんだから」
「そうよ。成績優秀なジンには関係ないことでしょ」
ジンは、不快そうに眉を寄せると、ふんっと鼻を鳴らす。
「確かに、どうでもいいな。ま、精々授業に励めよ?『落ちこぼれ』君」
捨て台詞を吐いてジンは、自分の席へと帰って行った。
「感じ悪いよね」
「一番の魔力持ちだからって、天狗になりすぎなのよ」
「落ちこぼれでも、ルークは良い子なんだから」
「誰か、へし折ってくれないかな?ね?ルーク」
「え?・・・いいんじゃないかな?ほっとけば」
えーっと文句をいう彼女たちにルークは、苦笑を返したのだった。
正直彼が何と言おうとも、興味がなかったのだから。言いたい奴には言わせておけばいいんだ。
「お前は、そういう奴だよな」
呆れたようにサイラスが肩を竦める。
「ん?」
「いーや。なんでもない。」
サイラスが首を振るのと同時に授業が始まる鐘の音が鳴り響く。
「あ、授業だ」
「また、後でね」
ルークを囲んでいたクラスメイトたちは、口々にそう言いながら自分の席へと帰って行った。
皆が席に着き、しばらくすると、ガラッと教室の扉が横に開く。
「おはよう、みんな」
穏やかな声と共に一人の教師が入ってくる。
年のころは40代に入ったくらいで、長身ではないが、がっちりと筋肉の付いた体格のいい教師だ。
強めな容貌とは裏腹に、その性格は柔らかだ。雰囲気も親しみやすく、生徒たちにも好かれている。
「ハウザー先生、おはよー」
「はい、おはよう。今日の欠席はーーーー」
ハウザーは、ぐるりと教室を見渡し、開いている席がないか確かめていく。
そうして、ルークを見つけた途端、大きく目を見開く。
「お、ルーク。久しぶりだな」
「久しぶりです」
「うれしいな。こんな日が来たか」
ニカッと笑い、「欠席はいないな」と満足そうに何度も頷いたハウザーは自分のもっていた手帳を開く。
「えー、今日は特に行事はないな・・・あーそういえば・・・」
思い出したかのように話をしていくハウザーの声を聴きながら、ルークは何気なく頬杖をついて視線を外に向ける。その先には、大きな校舎が建っている。鐘の音が鳴ったから、廊下を歩いている生徒は、いない。時々教師が歩いている。丁度、ルークの視線の先の教室から出てきた一人の教師に、ルークは、あることを思い出した。
(そういえば、パメラス先生の所に行かないといけないんだった)
バジルドの後輩だった彼は、何気なく先輩に気になる生徒のことを相談していた。それが、バジルドの養子であることには気づいてはいないが、念のため確認していた方がいいのではないか。
(あー、でも、間違って気づかせることになるかな・・・?)
だとしたら、このまま黙っていた方がいい。きっとバジルドもパメラスに余計なことは言っていないだろう。
(そう、願うけど、師匠のことだからな・・・)
彼の性格を考えると、相談してきた彼に、いくつかアドバイスした後、経過を報告するように、なんて命じているような気がする。
このままサボりを続けると、師匠に筒抜けだ。
今度こそ、本物の雷が落ちてくる。
(----探りを入れよう)
彼の態度とか見れば、きっと分かるはず。それから、判断しよう。
そう決めて、ルークは外に向けていた視線を教室内のハウザーに戻した。
穏やかな一日の始まりだった。