26
ルークは、ファルヴァンに多くを語ってはいない。彼は、ルークが契約主になるのを快く思っていなかったことも分かっている。ほとんど脅しのようになってもらったのだ。ファルヴァンは、彼なりにルークの事情を知ろうとする。それ故の言葉だ。
ルークは、ファルヴァンの言わんとすることを察し、苦笑する。
「仕方ない。お前の言う、血の匂いと獣が気になるし」
『了解した』
ファルヴァンは、一つ頷くとルークの腰の辺りを抱き込むようにして引き寄せる。身長差もあるので、若干地面から浮く形となる。
「ファルヴァン?」
『舌を噛まぬように』
それだけ言うと、ファルヴァンはグッと地面を蹴った。
「う、わ」
グンッと体が反ったかと思えば、周囲の景色が流れるように変わっていった。
走るなら、そう言ってくれよな。と心の中で悪態をつきながらルークは、舌を噛まないようにグッと唇を閉じた。
明るかった場所から、薄暗い場所へ。
周囲の景色がはっきりとして、ファルヴァンが止まる。刹那、鼻につく血の匂いにルークは盛大に眉を寄せた。
「う・・・」
反射的に手で口と鼻を押さえて、ルークは周りを見渡す。
人の気配のない廃墟のようだ。
建物は、所々崩れて、ガラスが散らばっている。こんなところがあったのかと思っていると、ルークの体が後ろに引っ張られる。
「っ!びっくりした!ファルヴァン、何かするなら、事前に言って・・・どうした?」
『1・・2・・・否、5・・・』
ファルヴァンは、ルークの問いに応えずに目を凝らし、口端を上げる。
その顔が、あの時の戦うことを喜んでいた表情に酷似していて、ルークの背中に冷たいものが滑り落ちる。ファルヴァンの視線の先に、何かがいる。
そっとファルヴァンを壁にするように横から覗き込んだルークは、視線の先に飛び込んできた光景に目を見張った。
「-----獣、」
嘘だろう、と小さく呟く。
視線の先にいたのは、大型犬くらいの大きさの四足の獣だった。数は、五体。毛が逆立ち、荒く息を吐いている。口から覗く牙は長く、赤い液体がしたたり落ちている。グルグルと機嫌のよさそうな声は、人間界にいるどの愛玩動物にも当てはまらない。
ルークは、それを見たことがあった。学園の教科書に載っていた、獣人界に住む、獣。獣人界には、人間のような獣人と四足の獣と二種類がいるという。その内のこれは、獣。確か、ケールという名前だった気がする。本能のままに動く凶暴な存在だ。
なぜ、こんなところに、と思いながら視線を滑らせ、地面に転がっている『それ』を見つけてしまうと、胃からこみ上げてくる感覚に、胃のあたりと口を強く抑える。
ーーーそれは、もはや人とは言えなかった。
まだ年若い女の人だろう。四肢はあらぬ方に曲がり、そこから皮膚が裂けて血が出ている。腹部も血に染まり、よく見れば半分抉られて穴が開いている状態だ。すでに事切れている。
ルークは、もう一度獣を見た。その口から滴る血は、この女の人の物か。
無意識にルークの足が半歩下がる。それもそうだろう、彼はこんな様子を初めて見る。
こんな酷い光景なんか、見る機会などない。
五体の内の一体が、鼻をひくつかせ顔を上げた。鋭い淀んだ目がルークたちを見つける。
この世に生を受けてから、ルークは獣人界の住人をその目で見たことは一度もなかった。学園に通い、知識はあるが、実戦なんて先のファルヴァンの件が初めてだったのだ。
(くそ、震えてる)
膝が笑っていることに気づき、抑えるように何度も太ももを叩く。
『ルーク、どうする?』
「・・・どうするって・・・」
ファルヴァンの問いかけにルークは戸惑う。
本音としては今すぐ回れ右をして脱兎のごとく逃げたい。しかし、そうした後このケールたちはどうするのだろうか。別の場所に行って、同じように人を襲う?
――――そんなこと、許せるものか。
ルークは、目を閉じて深呼吸を一つ、次いでに自分の両頬を叩いて自分に喝を入れる。
「ここで、こいつらを止める」
『---了解した。』
ニタリとファルヴァンは笑うと、右手を開く。するとまるで手が鞘の役割をしているようにスルスルと細身の刀身が姿を現した。そのまま剣を構えたファルヴァンは、僅かに重心を前に置いて地面を蹴ると勢いよくケールたちに突っ込んでいった。ケールは、驚きそしてそれぞれその場から距離を取る。
ケールが次の行動に移す前に、ファルヴァンの剣が一体、また一体と確実に動きを止めていく。その様子は楽しんでいるようで、ルークはなんとも言えなくなる。
ケールは知能こそ低いが、本能で誰を攻撃すればいいかくらいは分かる。仲間を次々に消され、焦った残りのケールは、動かず傍観しているルークに標的を変える。サッとファルヴァンから紙一重で逃れ、ルークを目指す。
『ルーク!!』
「・・・困ったなぁ」
ファルヴァンに全部片づけてもらいたかったのに、自分を狙ってやってくる。ファルヴァンが若干焦っているような表情に見えるが、心配されるまでもない。恐らく、弱そうに見えた自分を狙ってきたのだろうが、ただでやられてなんかやらない。
戦いシーンはとても難しいです。。。