21
こんなに怒っているサイラスは初めて見る。
「サイラス・・・」
「召喚獣も、武器も持っていないお前が、何でここまで戻ってくるんだよ!」
あの場所には騎士団団長4人がいる。はっきり言えば、生徒の自分たちの出番はない。
「ルーク、今すぐ戻るぞ」
サイラスは、ルークの腕を掴むと、引きずるように今来た道を戻りだす。
「っ危ない!!!」
「え?」
ヒュッと風を切る音と共に、すぐ近くの壁に何かがぶつかり穴が開く。
サッと真っ青になったサイラスは、恐る恐る壁の方に目を向けると名前は知らない騎士団の団長の一人が倒れていた。
「オルヴァ!」
「いってぇ・・・」
瓦礫の中から顔を出した男は、頭から血を流しながら顔を歪めている。
その服からして団長で、叫ばれた名前から察するに自衛騎士団団長だ。
「まったくなんつー化け物だ」
「大丈夫?」
駆け寄る一人は女性だ。同じ団長服から神聖騎士団団長だろう。
「二人は?」
ルルからの治療を受けながらオルヴァは遠くを見る。
「防戦一方ね。ここ一帯破壊尽くしてしまう勢いよ」
「はぁ・・・ん?」
オルヴァは、視線を感じて視線をぐるりと見渡すと、茫然と立っているルークとサイラスを見つけると目を見開いた。
「おいおい、まだ逃げてねぇ奴がいるよ」
「あ・・・」
「本当ね。貴方たち、早く逃げた方がいいわよ?」
サイラスは、ハッと我に返ると、逃げようとルークの腕を引く。
しかし、また目の前を何かが横切り、オルヴァの横にぶつかる。
「!!!」
「おいおい、今度はバジルドかよ」
「!」
バジルド、という言葉にルークは反応する。砂埃が収まるころに人影が現れた。その人物は、よく知っているルークの養父だった。
「・・・・強いな」
頭から血を流し、団服はあちこち破れてその下は血まみれだ。
「貴方もぼろぼろね」
「ルル、治療」
「はいはい」
ルルは、傷を負っている手を差し出すバジルドを治療するために自分の手を翳す。
「団長三人も・・・本当、やばいぞ。ルーク、早く行くぞ・・・ルーク?」
ルークは、サイラスからするりとすり抜けると、ふらふらと歩き出す。
治療しているバジルドのもとに。
「ルーク!?」
「?」
サイラスの大声にバジルドが顔を上げると、ルークの姿を認めて軽く目を見開く。
「ルーク?」
「・・・師匠」
ルークは、バジルドの傍に来ると、ジッと彼を見つめる。
バジルドは、無表情のまま自分の怪我の方に目を向けた。
「なんて顔をしている。これくらい、なんともない」
「・・・・」
「それより、何故ここにいる?避難していると思っていたが」
「気に、なって」
フッと小さく笑う。
「?バジルド、知り合い?」
「あぁ。俺の息子だ」
「!!」
「まじか!」
ルルの治療の手が止まり、オルヴァがその場に立ち上がる。
サイラスは、驚いて声が出ない状態だ。
バジルドは、驚く三人を横に、ある程度回復した自身に再び立ち上がる。
幾分か低い自分の息子の頭のつむじを見つめ、一つ頷く。
「----ルーク」
低いその声は、いつも稽古の時に使っている声音だった。
その場には自分たち二人だけしかいないような錯覚に陥り、知らず背筋は伸びる。
「なんでしょう、師匠」
「今から実戦だ・・・出来るな?」
「・・・・」
「一歩間違えれば待っているのは死だ。生温い感情は捨てろ」
バジルドは、ルークに拒否権を与えてはいない。
このまま、あの召喚獣と戦う。その為に覚悟しろ、そう言っているのだ。
グッとルークは唇を噛みしめる。
「っちょっと待って!バジルド、いくらあなたの息子だからって彼はまだ学生でしょう?実戦云々以前の問題だわ!」
話を聞いていたルルは、ルークとバジルドの間に入って否を唱える。
「そうだ。ルーク、今から逃げよう」
サイラスもルークに寄り添い、逃げようと促してくる。
後ろは戦場、前は逃げ道。
『-------迷う、必要はもうないだろう?』
懐かしい、声が聞こえたような気がした。
グッと目を閉じて両頬を打つ。
そして、まっすぐにバジルドを見上げた。
「----了解しました。師匠。」
「・・・あっちにはウイゼル一人だ。急ぐぞ」
「はい」
頷いて、ルークはバジルドに追従しようとしたが、腕を引かれる。
「る、ルーク・・・?」
そこには不安げな表情のサイラスがいる。
そうだ、彼は自分の為に態々追いかけてきてくれた。
ルークは、サイラスの腕ーーードラゴンの刺青に目を向ける。
サイラスには、召喚獣がついている。それも上級のドラゴンだ。
「お前は、このまま逃げて」
「お前は!?」
「俺は・・・やることがある」
苦笑して、サイラスの肩を叩く。
「行くぞ」
バジルドの合図と共に、ルークは彼に従い歩き始めた。
手を伸ばしたままそこから動かない友人をその場に置いて。