OVERTURE
長くもつれた黒髪の隙間から、わずかに黄ばんだ白が見える。
その隙間から、ミシュア、と音が漏れた。
「その名を口にしてはいけないよ」
「なぜ?」
「あえて秘すべき名であるから」
「なぜ秘すべきなの?」
秘密を暴くなどという、だいそれた好奇心ではない。
子供の反射でしかない問いに、蔑まれ、唾を吐かれる女が、音もなく笑う。
叔母は、雌牛のように黒々と濡れた瞳を――その瞳孔は、まさしく雌牛のように横長だった――ミシュアに向けた。
「その名を聞いた者は息絶える。命ある者は全て」
声を失った姪に、叔母はゆうらりと笑んだ。
脂じみた切れ端を幾重にも巻きつけた痩躯が、鎌首をもたげる蛇のように近づく。
「口にした者、耳にした者、その名を乗せた風も、風の通った草むらも、翼を触れた鳥さえも、全てが滞り命を失う。だから」
姿に似あわぬ美しい声が、謳うように流れる。
「お前がもし私を殺したければ、その名を唱えるがいい。欲しいと望めば、いつだってお前の前に姿をあらわすだろうよ」
お前の、命と引き換えに。
鼻先で囁かれた言葉は、永劫解けぬ氷となって胸の奥に落ちた。
幾千の星が生まれ、滅び、消えてゆく、その流れの。
ここは最果て。
やがてたどり着く、伝説の亡骸。
文字通りの「序章(観客の注意を引く曲)」ということで、あえてこの形式です。
ここに至る世界を、無事綴れますように。