税務調査官尼寺務の奮闘日記(六百文字お題小説)
お借りしたお題は「人事異動」です。
僕は尼寺務。ようやく新米を卒業できた税務署職員だ。
確定申告が終わり、三月決算法人の申告がすみ、ゴールデンウィークも過ぎ去った。
空は梅雨の晴れ間の強烈な日差しが降り注いでいた。
それでも、僕は急いでいた。早くこの事実を知らせたいからだ。
どんな反応が帰って来るのか、とても楽しみだ。
「只今!」
以前借りていたアパートが手狭になって少し広い部屋に引っ越したばかりなのだが、国家公務員の定めだから仕方がない。
「お帰りなさい、務」
玄関で出迎えてくれたのは、高校時代の片思いが結実してとうとう結婚した藤村蘭子さん。
今は尼寺蘭子だ。何だか気恥ずかしくなる。
「どうしたの、そんなに汗塗れになって」
蘭子は僕の姿に呆れながらもハンドタオルで優しく顔を拭ってくれる。
「どうしてもすぐに知らせたくて、署からずっと走って来たんだ」
僕は呼吸を整えながら応じた。蘭子は微笑んで、
「そんなに急ぐような話なの?」
「うん! ずっと願っていた事だからさ」
靴を脱ぎ、鞄を椅子の上に置いて続ける。蘭子も察したらしく、
「じゃあ?」
さっきより嬉しそうな顔で僕を見つめる。僕は大きく頷いて、
「異動の辞令が出たんだ。それも、H税務署。戻れるんだよ、あそこに!」
思わず涙を零してしまい、恥ずかしくなったが、
「良かったわね。パパとママが再会した場所に戻れるのよ」
愛おしそうに新しい命の宿ったお腹を擦る蘭子を見て、号泣してしまった。