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03 ぼーい・みーつ・がーるなお話

 今まで投稿したのが少し長いかな、と思ったので三分割投稿。

 その一つ目になります。

 ルーアは、うっそうと茂る森の中を一人歩いていた。

 今は初夏の月、木々や草花が生命力も強く生い茂り、歩ける道を辿るのにも苦労するくらいだ。今は帰りであり、行きの時の記憶がある分まだましだが、その時はわずかな獣道の痕跡を文字通りに手探りで進むしかなく、本当に辟易したものだった。


 森を行くルーアの服装は軽装である。森を歩く用の厚手の麻の長袖長ズボン、普段はトレードマークのようにいつでも羽織っている魔法師団の黒マントも、森歩きではあちらこちらが引っかかって邪魔なので背嚢に押し込んである。こういう時、髪を切ってしまってよかったとつくづく思う。

 その背嚢も、彼女の小柄な身体からすればやや大き目に見えるが、一般的な意味では決して大きいものではない。つまり最初から遠出は想定されてはおらず、実際、ルーアが出歩いたのはここ二日間の事だ。今晩は野営をしなければならないだろうが、明日には予定通りに村に帰り着くだろう。


 茂みを掻き分けながら、植生や見かけた小動物の分布も確認する。行きの時にもある程度は観察したが、その時はやはりルート探索そのものに重点を置かざるを得なかった。なので余裕が出た今回、そのあたりもつぶさに確認していく。

 そうしながらしばらく森を進むと、開けた場所に出た。行きの時にも使った、野営候補地だ。

 ルーアはほっと息をつきつつ、眼鏡を手の甲で押し上げた。


「…………」


 ルーアが頭上の木漏れ日を確認すれば、まだまだ日は高いがそれでもだいぶ傾いている。記憶にある野営に使用可能そうな場所を思い出して見ても、日が暮れるまでにたどり着けそうな場所はない。少し早めだが、今夜はここで野営をすることにし、その準備に取り掛かりはじめた。

 行きの時の野営の際に掘ったくぼみに、道中の間にこまめに拾っていた薪を積み上げる。そして背嚢を下ろすと、そこから木製の楔を数本取り出した。それを手に野営地の周囲を軽く見回り確認しながら、その木製の楔――結界楔を打ち込んでいき、ついでに予備の薪も探し確保する。

 周囲の確認と結界楔の打ち込みを終え野営地に戻ると、まずは結界楔の要をその中央に打ち込んだ。


「"結界"」


 要を握りながらぼそりと呟いたそのキーワードに従い、徐々に刻印具に魔力が流れはじめていく。そして十分に魔力が流れうっすらと燐光を発し始めたところで、周囲に打ち込んだ結界楔と共鳴し始める。

 ルーアは手の甲で眼鏡を押し上げると周囲を見渡し、結界が正常に稼動している事を確認した。

 結界楔――この刻印具が起動すると、結界内は周囲から認識されにくくなり、なおかつこの結界を踏み越えてくるものがいた場合は警報を発するようになる。木製であるため長持ちはしにくいが、刻印具としては比較的流通している野営には欠かせない品だ。

 刻印具とは、何らかの魔力伝導体に刻印を刻むことでその流れを誘導、擬似的に魔法陣を模倣する道具である。つまり、刻印具に対して通せるだけの魔力を持つものならば、誰でも刻まれた魔法を発動できる。先の大戦の中で発達した技術の一つだ。


 結界の発動を確認したルーアは、先ほど積み上げた薪に向かい、銀の腕輪のはまった両手をかざす。


「"結印"」


 ルーアがぼそりとキーワードを口にすると、ばしゃりと勢いよく、銀の腕輪に巻き付いて金属線が伸びた。その数、左右に5本ずつの計10本。その反応は、先ほどの結界楔とは比べものにならないほどに早い。そしてその金属線は生きているかのようにうねり出し、絡まりあい、瞬く間に円形の模様を作り出す。

 見るものが見ればそれは、簡略化されてはいるものの、魔法を発動させる時に発生する魔法陣と同様のものだと気付くだろう。

 それを裏付けるかのように、絡み合った金属線で構成された紋様が、赤い燐光を帯びる。

 すると積み上げた薪の中心で、ぼっと小さな火が灯った。


「"収納"」


 それを見届けたルーアは再びそう呟くと、絡み合っていた金属線が瞬時に解け、さらに腕輪に巻き付く。

 この銀の腕輪もまた刻印具であるが、しかし大量生産品である結界楔とは違う。金属でありながら魔力伝導体である希少な物質である魔導銀(ミスリル)を使用し、山岳帝国の職人に特注したオーダーメイドの一品物だ。手間暇かけて入手しただけあって、その反応の良さには満足している。

 刻まれた刻印の効果は、金属線の操作。それにより、擬似的な魔法陣を構築しさまざまな魔法を模倣発動(エミュレート)できる。

 ルーアはこれを、腕輪の作成者である友人の命名に従い『紋章術』と呼んでいる。その紋章術で今回は、着火の魔法を模倣発動(エミュレート)したわけだ。

 余談だがその作成者の友人は、腕輪には『森羅万象』の銘を与えた。あらゆる魔法に通じる、の意味とのことだ。

 そちらの名称は、ルーアの中のある種の許容限界を越えているので使っていない。


 火を確保したルーアは手馴れた様子で薪を組み合わせそこに小鍋をかけると、水筒から水を注ぎ、下味調味料とちぎった干し肉と野草を入れる。そして周囲にはチーズと干し肉を並べ火に当てた。

 それらの準備を終えると、手近な木の根に腰を下ろし、手帳を取り出し偵察の間にあった事や気づいた事を書き留め始めた。書き終えたころには、食事も出来ているだろう。そのままゆっくりと野営での夜を過ごし、明日に備える――




 そのつもりだった、結界楔の要が警戒音を発し、進入方向を示す光が頭上に伸びるまでは。




「…………!」


 ルーアは手帳から手を離して腰を浮かし、頭上を仰ぎ見た。

 森の中には、木々に登ってそこから襲い掛かってくるような獣もいる。油断は怠っておらず、即座に対応できる心構えはあった。



 ――が。



「ぅわあああああああああああああああ!」

「――――?!」


 仰ぎ見た頭上に、尾を引く悲鳴を上げながら涙目になって落ちて来る少年の姿を捉えた時は、さすがに虚を突かれた。


 一瞬の硬直、すぐさまルーアは我に返った……が、落ちて来る少年を保護するべきか迎撃するべきかでまた一瞬迷い、とにかくまずは受け止めることだと銀の腕輪を差し向ける……しかしその直後。


「?!」


 ごう、と周囲から豪風が巻き上がり、また一瞬硬直してしまう。そうこうしているうちに――


「あああああああああんぎゃ!」

「ふぎゅる。」


 ヘンな声が漏れた。













「あたたたた……」


 信太郎は、頭を振って呻いた。案内役(ナビ)の説明や召喚獣たちとの面通しと言った諸々も終わり、じゃあいよいよ異世界に旅立ちかな、という所でいきなり床どころか部屋そのものが消えて落とされるとは思わなかった。落ちてた時間は長かったようにも短かったようにも思えるが、まだ二回目の死を迎えてないという事は、物理的な落下そのものはそれほどでもなかったのだろう。それにどうやら着地の直前、風に受け止められたような感触があった。おそらく九郎が風を起こして衝撃を和らげてくれたのだろう。それに着地した場所が、思いのほか柔らかいのもよかったようだ。

 そんなことを考えながら目を開いた信太郎は。


「……わ?!」

「――――」


 まさしく眼と鼻の先、丸いレンズ越しにじっと揺ぎ無い碧眼を向けてくる視線に射抜かれ、硬直した。


「う、あ、え、その……」

「…………」


 信太郎が意味のないうめき声を上げてる間も、その瞳は瞬き一つせず彼の眼を見つめて離さない。そうこうしている間に、信太郎にも状況が飲み込めてきた。

 ――どうやら自分は、目の前の少女に覆いかぶさってしまっているらしい。ますます硬直し、我知らず冷や汗が流れる。


「……どいて」

「はいぃぃぃいい! ごめんなさいっ!」


 痺れを切らしたかのように発せられた静かな声に、信太郎は全力で従った。


 霧島信太郎、17歳。

 異世界へと赴いて彼が一番最初にした行動は、圧し掛かってしまった女の子の上から飛びのき、土下座をすることだった。



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