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01 少し未来の、多分1章終了後くらいのお話

12/8 誤字修正しました

「む?」


 臣下を引き連れながら執務室に向かい廊下を闊歩する国王ロサメルト四世は、ふと階下の中庭に人だかりがあることに気が付いた。

 魔法師団の団員達が集まっているそれは、どうやら見慣れない黒髪の少年がその輪の中心であるらしい。

 少々記憶を探ってみたが、やはりその少年に覚えはない。立場上、人の名前と顔を覚えるのは必須技能であるし、ましてやこの国には珍しい黒髪ならば見たことがあるのなら忘れることはないはずである。


(だとすると、外部の者か?)


 興味を引かれ、足を止めて改めて中庭を見やる。音も立てず、臣下たちも王に従って足を止めた。

 ――少年の年ころは十台の半ばを越した程度に見える。

 周囲を年上の人間たちに囲まれ何事かを話しかけられながら、そうされることに不慣れな様子でしどろもどろに応えてるらしいその様子は、同年代の少年と比べても小柄で細いその体つきとあいまって頼りなく写る。

 その身を包むのは周囲の者達と同じく魔法師団の黒マントだが、やはりその黒髪の少年には見覚えがない。


 だがその隣に立つ少年と同年代の、彼が頻繁に縋るように話しかける少女には見覚えがあった。

 その少女は、少年と同じく魔法師団のマントに身を包んでいる。少年と違って、こちらは堂に入ったものだ。

 無造作に短く刈り揃えた銀色の髪に、怜悧な碧眼を覆う大きく丸いレンズの眼鏡。両手にはそれぞれ銀色の腕輪がついているが、それ以外の化粧っ気、飾り気の類はまったくない。少年と同じように同年代の少女達と比べて細身の体つきとあいまって、少女らしい華やかさに欠ける……下世話かつストレートに言えば色気が足りない。その少女の名は、確かルーア。魔法師団第一隊の長、エレメイン卿の第二子だ。


 そこからの連想で、国王はいくつかの記憶を思い起こす。

 ひとつは、ルーアに一つの任を申し渡してあり、長らく王都を離れていたこと。

 そしてその任は順調に進んでいるとのことで、近々その経過報告に一時帰還がなされる予定であったこと。

 ――それから。

 その定期報告の中に、『有能な召喚術師』なる人物の助力が得られたと記されてあったことだ。

 その『有能な召喚術師者』なる人物がどういった人物であり、どのように有能であるのかは報告書では要領を得なかったのだが……ともなれば、階下のあの頼りなさげな少年こそが、その『有能な召喚術師』であるということだろうか?


「……ふむ」


 そこまで考えてロサメルト四世は、ふと気まぐれを起こした。

 踵を返して、慌てて追いすがる家臣団を引き連れたまま階下へと繋がる階段へと足を向けたのだ。





 賑やかでなごやかだった中庭に、国王である自分の突然の登場により緊張が走る。

 誰もが慌てて膝をつき臣下の礼をとる中、件の少年は一人状況についていけないかのようにあたふたと周囲を見回していた。

 すかさず、膝を付いてうつむいた姿勢のままのルーアが、そちらの方も見ずに左手だけを伸ばして少年の裾を掴んで引き摺り下ろす。

 少年はつんのめるようにして膝をつき、そこでようやく事態を飲め込めたのか、ぎこちない仕草で臣下の礼をとる……というか、周囲を真似たのであろう。

 その一連の様子を内心で微笑ましく思う国王だったが、あくまで表面上は威厳を崩さずに話しかける。


「よい、楽にせよ」


 一同が一度頭を下げ――少年は、一拍遅れてからだ――それから立ち上がる。頭を下げていた少年はそれに気づくのが遅れ、顔上げてみたら周囲が皆立ち上がっていて戸惑っている様子だ。

 そこをやはり、そちらの方を見ないままのルーアに襟首を掴み上げられ、立ち上げさせられた。


「久しいな、ルーアよ」

「は、魔法師団第三隊所属ルティアナ・エレメイン、中間報告のため罷り越しました」

「うむ、息災であったか?」

「は、以前変わりなく」

「それは重畳。して、進捗の方はどうなっておる?」

「は、陛下の威光を持ちまして、万事つつがなく。詳細は報告書をご覧ください」

「うむ、確認しよう。その調子で励むが良い。期待しておるぞ」

「は、ありがたきお言葉」


 ルーアに任の進捗状況を問い、当たり障りのない返答を得る。

 それを受けてこちらは労いの言葉をかけ、いっそうの成果を期待すると激励する。

 ルーアは一礼し、激励に対する感謝と了承を示す。

 このあたりは、いわば儀礼的なやり取りだ。

 今まで何度も繰り返したやり取りを、細部を少しだけ変えてまた繰り返しただけだ。

 どちらにせよ詳細な報告は書面でしかるべき部署に提出されることであるし、正式の労いもまた後日の正式の報告の場で行われる。

 とどのつまりは、雑談に入る前に王としての威厳、あるいは体面を保っておくためのパフォーマンスだ。


(まったく王と言うものは、気軽に雑談にも興じられない不自由な立場よな) 


 前置きが済んだところで、ルーアに対し任に対するいくつかの雑談を交わす。

 任地での生活はどうか、同僚達の様子はどうか、そこはどのようなところか、なにか物珍しいものはあったか――

 王たる自分との会話に割り込むようなものはおらず、ずっと彼女とだけ対話する形になる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、国王は本題を切り出す。


「ところで……そちらの少年が、報告書にあった『有能な召喚術師』殿であるかな?」

「え?」

「…………」


 会話の流れを無視して突如水を向けると、冷静な表情をずっと崩さなかったルーアの眉がほんの少しだけ跳ね上がり、当の少年からは素っ頓狂な声が上がる。

 ロサメルト四世は、内心で笑いをかみ殺した。やはり予想通りである。


(報告書で触れてあるという事は、他人に話せない秘密ということはあるまい。しかし……)


 しかし同時に、話あぐねている事でもあるのだろう。報告書でその事があいまいにしか書かれていなかったこと、そして少年のことに話題が及ぶのをあからさまに避けているルーアの様子を見れば明白である。

 だとすれば。


(是非とも、いぢらねばなるまい――!)


 ここは押しの一手だ。相手の動揺が治まらないうちに畳み掛けるが上策。

 そう判断した国王は、さらに言葉を続ける。


「此度の任、ルーアなら成し遂げられると確信はしておったが、もっと時間がかかるものと考えていた。

 しかしながら蓋を開けてみれば、ことのほか順調に進んであるという。となればそれは、貴殿の功績があってこその事ではないかな、と思ってな。

 ぜひその力、見せてもらえまいか?」

「え? ええ?」

「…………」


 少年が今までにも増してあたふたとし始め、無表情の中にどこか焦りを感じさせる視線で少年を見守っていたルーアが、やがて小さく嘆息する。

 そして傍らの少年に向き直った。


「シロー」 

「え? あ、なに?」

「陛下は、貴方の召喚をご覧になりたいと仰せ」

「あ、そういう事なの?」


 それまでしどろもどろだった少年――シローの顔がぱっと輝いた。

 それはまるで、「それまで何のことを言われているのか分からずに戸惑っていた子供が、分かる事を聴かれて顔を輝かせた」かのようで……というかまるきりその通りだった。

 

「それじゃあ行きウグッ――?!」

「慌てない」


 早速召喚しようとしたらしいシロー少年の襟首を、容赦なく引っ張って制止するルーア。

 涙目になって恨みがましい視線を向けるシローをすっぱりとスルーして、ルーアは国王に一礼してからシローの襟首を掴んだまま引きずって離れていく。

 そして如才無く周囲の人だかりにも下がってもらい、スペースを確保した。


「そっか、あそこで呼んじゃ狭かったね」

「そんなことにも気づかないほうが不思議」

「ごめんごめん。それじゃあ今度こそ――!」

「だから慌てない」


 張り切るシローのマントの裾を引いて、再び制止するルーア。


「召喚獣を紹介する前に、自己紹介をするべき」

「あ。そうだったそうだった!」


 己の手抜かりを指摘され照れくさそうに笑うシローと、「世話が焼ける」と言いたげにため息をつくルーア。

 シローは、ぐるりと周囲を見渡した後、国王を見据えてから声を張り上げた。


「皆さん初めまして! 僕は……じゃなかった自分は、霧し……これも違って、シンタロー・キリシマといいます! みんなからはシローと呼ばれてます!

 迷ってたところをこちらのルー……エレメインさんに拾ってもらって、そのお礼に召喚術師としてお手伝いさせてもらってるものです。

 よろしくお願いします!」


 そう言ってシローは、ぺこりと大きく頭を下げた。その初々しい様子に、なんとなく中庭の人間達から拍手が巻き起こる。それを受けてシローは、頭に手を当てて照れくさそうに笑った。

 いつまでも鳴り止まない拍手に律儀にぺこぺこ頭を下げ続けるシローを、ルーアは再び襟首を引っ張りあげて制止させる。


 自身は拍手はせず、しかし鷹揚に頷きながらロサメルト四世はその二人の様子を微笑ましく見ていた。

 国王の記憶にあるルーアはいつも大人たちに混じって、言葉少なに気難しい顔ばかりしていた印象があった。そしてその反面、同年代との付き合いがあったような光景には覚えがない。この国の中でも知られた魔法師団の名門であるエレメイン家の、しかもその中で複雑な立場に居る彼女だからこそ、必要以上に「大人」であろうとしてきた結果なのだと思われる。

 だが、この少年には随分と遠慮のない付き合い方をしているようだ。おそらくこれは、良いことなのであろう。


「では、改めまして……!」


 そうこう考えてるうちに拍手は止まっていた。シローのほうも気を取り直したらしく、明るい声を張り上げる。

 それを聞き、国王も少年に意識を向けなおした。

 国王の視線の先で、シローはマントの下から手のひらに乗るサイズの小さな彫像のようなものを取り出す。緑色に塗られたチェスの駒を思わせる、台座つきの彫像のような形をしたそれには、精悍な狼の像が形作られている。


 召喚鍵(サモンキー)

 持ち主が召喚獣と契約した証であり、同時に文字通り召喚を行なうための鍵となるもの。

 その色が緑なのは風の属性を示し、その彫像が精悍なる狼を形作っているのは魔狼系の召喚獣と契約した証である。


 シローはそれを、無造作に目の前に放り投げた。


「おいで、太郎丸(タロマル)


 何の気負いもないその声と同時に、投げられた召喚鍵(サモンキー)が緑に輝く粒子となってほどけ広がり、シローの足元にヴンッ、と低く力強い音を響かせる魔法陣として展開。直径は、大人の歩幅で5・6歩ほどもあろうか?

 魔法陣からはまるで蛍火のような魔力粒子が噴き出し、立ち上り――そしてそれはすぐさま渦巻きながら絡まりあうようにして、みるみる結像していく。

 まずは、白銀に輝く毛並みを持つ四肢。

 そして同じく白銀の体毛に包まれたたくましい胴体と、豊かな尾。

 それから最後に、精悍な狼の頭が結像する。

 召喚された狼の毛並みは、一点の曇りもない白銀。普通の狼より二周りは大きく、牛馬ほどもあろうか。

 その白銀の狼は魔法陣が消えると同時に踵を返し、シローに歩み寄ると何も言われずともその横に侍るようにちょこんと座り込んだ。その狼をシローは優しげに微笑みながら頭を撫ぜ、狼はそれに応えるようにゆっくりと尾を振る。


「ほう、白銀狼(シルバーウルフ)の即時召喚とな」

「よく制御されておる」

「あの若さで……」


 国王の周囲から、ほうと感心するような声が漏れた。

 ロサメルト四世もまた同感である。

 召喚された狼は白銀狼(シルバーウルフ)。 魔狼系の召喚獣は、前衛向きの能力のバランスがよい上に狼としての特性で忠誠心が高く、専門の召喚術師でなくとも護衛用に契約することも多いポピュラーな召喚獣だ。

 その魔狼系の中で、白銀狼(シルバーウルフ)は最高クラスの霊格(ランク)を持つ。魔狼系召喚獣そのものの霊格(ランク)が余り高くないので破格とまでは言えないが、一流と呼ばれる魔法使いならば契約していてもおかしくない――逆に言えば、まだ年端も行かぬ少年としか見えないシローは、その若年にして一流クラスと同等の召喚獣契約を結べているということだ。しかもそれを、契約名で呼びかけるだけでの召喚を成立させる代わりに、その分魔力を余計に消費する即時召喚で呼び出している。その上素直に彼に従う様子を見ればその制御も完璧という事である。この年齢でこれだけのことができるなら、なるほど将来が実に楽しみな『有能な召喚術師』といえよう。

 そんな気持ちの現れた、感嘆の声であった。


「この子は太郎丸(タロマル)、ふかふかでさらさらの手触りがたまらない可愛いやつです」


 これほど見事な召喚を見せておきながら、それを誇るでなくユーモアを披露する小粋さに周囲からかすかな笑い声が漏れた。

 ロサメルト四世も、威厳を保ちつつわずかに口元をほころばせる。




(……と、陛下を含む誰もが、そのように考えていると思われる)


 その中でただ一人、シローの発言が正真正銘掛け値なしの本音発言だと知るルーアは、手の甲で押し上げるように眼鏡の位置を直しながらこっそりとため息をついた。




「それじゃ、次行きます!」


 隣に立つそんなルーアの様子にさっぱり気づかず、シローは楽しげに声を張り上げる。

 白銀狼(シルバーウルフ)の即時召喚だけでも見事だったが、まだコレだけで終わりでないと知り、再び中庭に感嘆の声が漏れた。シローが新たに取り出した召喚鍵(サモンキー)の色は先ほどと同じく緑で、形作られているのは翼を広げた猛禽。

 シローが今度はそれを、頭上に放り投げた。

 

「おいで、次郎吉(ジロキチ)!」


 召喚鍵(サモンキー)がほどけ彼の頭上に現れた魔法陣、色はやはり緑、直径も先ほどとほぼ同じくらい。

 魔法陣から吹き出る魔力粒子は、その中心点付近にまず嘴として結像する。

 嘴の次は猛禽の頭。そこからさらに鋭い鉤爪、巨大な翼の順に、さながら荒鷲が魔法陣という扉を潜り抜けてくるかのように結像していく。

 だが、結像はそこで終わりではなかった。

 猛禽の上半身に、しなやかでたくましい胴体と後ろ足が続く。最後に結像するのは、細長く、先端にだけふさふさとした毛の生えた尾。

 現れた召喚獣は、翼を力強く一打ち。その羽ばたきが起こす風に人々が目を細めるうちに上空に舞い上がった召喚獣は、軽く旋回してから砂埃を立てつつシローのすぐ横に着地する。

 砂埃が収まってその召喚獣の姿を認め、周囲から先ほどよりも強い感嘆の声が広がる。


「この子は次郎吉(ジロキチ)、上半身と下半身で別の手触りが楽しめるステキなヤツです」

「ほう、鷲獅子(グリフォン)か……!」

「こちらも即時召喚か……!」

「しかも複数召喚だぞ……!」


 その声の通り、猛禽の上半身に獅子の下半身を持つそれは、翼獣系の召喚獣の中でも高い霊格(ランク)を持つ鷲獅子(グリフォン)であった。

 同系統の召喚獣の中では飛竜(ワイヴァーン)に次ぐ攻撃力を持ち、機動性においてはそれを上回ると言われている。その機動性に加えそのたくましい体躯は人を乗せて飛ぶのに十分で、そのため移動用にと契約を望むものも多い。

 しかし白銀狼(シルバーウルフ)などに比べれば格段に獰猛で、生半可な召喚術師では制御しきれないとも言われている。

 だが――シローの隣、白銀狼(シルバーウルフ)の反対側に座り込んで彼に顎下を撫でられて目を細める様子を見れば、白銀狼(シルバーウルフ)と同じく制御も完璧と言うほかない。

 そして何より重要なのは、そのようにこの二体の召喚獣が同時にシローの側に控えていることそのものだ。

 召喚術は、魔力を著しく消耗する。まず召喚するだけでもそうであるし、その実体を維持するためにも継続的に魔力を消費する必要がある。加えて当然ながら、召喚獣の霊格(ランク)が高ければ高いほどその消費量は激しくなる。

 白銀狼(シルバーウルフ)鷲獅子(グリフォン)、どちらも上位級。白銀狼(シルバーウルフ)の召喚したままで、しかも魔力を余計に消費する即時召喚で鷲獅子(グリフォン)まで召喚して見せたその魔力量は、周囲を唸らせるに十分だ。


 先ほど国王は、シロー少年を『将来が実に楽しみな』『有能な召喚術師』と評価したが……そんなことはなかった、現時点で立派に『有能な召喚術師』であることを彼は示して見せたのである。

 国王は満足げに頷いた。気まぐれでやらせたことであるが、余興としては十分に周囲を楽しませたと言える。

 ここでこの余興が終わっても、誰からも文句は出ないだろう。




(……という空気を、シローはまったく読まないのも想定済み)


 当然のことだが、今ここに国王が現れることも、シローの事を追求されるのもルーアの想定外だった。

 いろいろと特殊なシローの事は事前の根回しをした上で報告するつもりだったこともあり、それ抜きのこのような場面でシローの事を公表することにためらいは無いではなかったことでもない。

 だから、ここで切り上げてもらったほうが何かと助かったのだが……それはすでに諦めている。

 召喚獣のお披露目を始めたときのシローは放っておけばいつまでも止まらないし、国王が命じたことを横から勝手に止めさせるわけにも行かない。


(どちらにせよ、いずれは知れ渡ること)


 心の中でそう言い訳しつつ、ついでにその結果の行き着く先がどうなるかをすでにして予想済みのルーアは、手の甲で眼鏡を押し上げながら諦めの境地でその時を待つ。

 そしてその予想は外れることなく、シローはまた声を張り上げる。




「それから、お次は!」


 中庭に低いどよめきが広がる。

 白銀狼(シルバーウルフ)鷲獅子(グリフォン)は、変わらずシローの側に控えている。

 この上に、さらに召喚維持を重ねるつもりか――?

 そんな一同の期待と疑念もどこ吹く風、シローはまったく気負いなく楽しげに声を上げる。

 シローが更に新しく取り出した召喚鍵(サモンキー)は、今度は水の属性を示す青。形作るのは、いかにも重厚そうな皮膚で鎧った大型の甲獣。


「お願い、玄三(ゲンゾウ)さん!」


 彼の呼びかけによって現れたのは先の二つの倍はあろう巨大な魔法陣、その上にやはり魔力粒子が結像していく。


 ――ロサメルト四世はそれを、始めは足だとは認識できなかった。

 艶やかな漆黒をし、太く巨大で四本並ぶそれは、足と言うよりは柱を思わせた。

 同じ色の胴体がその上に結像したときも、胴体と言うより屋根かドームと思ったものだ。

 だが、そこからのびる、意外につぶらな目をもつ頭部を見て、この少年が呼び出したものの正体に思い至る。

 正確には、目の前の少年がなんの気負いもなく起こした事態と、国王の頭の中にある知識での同じ現象を起こす困難さ……つまり一言で言えば常識とが、時間差をおいてようやく合致した。

 ――魔法陣が消えた。

 わずかに地面から浮かんだそれが消え、当然その上に現れた召喚獣は地へと落ちることになる。ほんの指二本分もない高さからの落下でありながら、その漆黒の巨体が地に足を付けると同時に腹に響く音が響き、中庭全体を振動させた。磨き上げられた黒曜石のようなその艶やかな身体が、太陽光を受けて輝いている。

 ロサメルト四世がひそかに周囲を見回すと、何人かはあんぐりと口を開けていた。


「こちらは玄三(ゲンゾウ)さん、ひんやりツルツルの手触りが癖になるナイスガイです」

「ブ、黒甲亀(ブラックタートル)だと……?!」

「霊獣級……!」

「こんなものまで即時召喚で……?!」

「しかも三体維持だぞ?!」


 シローのジョーク(?)に反応するもはもはやいなかった。中庭に、困惑を含む動揺のささやきが満ちる。

 甲獣系の召喚獣の中でも最高クラスの一つに数えられる黒甲亀(ブラックタートル)

 その霊格(ランク)は、上位級である白銀狼(シルバーウルフ)鷲獅子(グリフォン)をさらに上回る霊獣級。

 ちょっとした民家ほどもある巨体は甲羅のみならず全体が刃も通さない堅固な表皮に覆われている上に、防御魔法まで使うと言う、まさに生きた移動城砦と例えるべき召喚獣だ。

 性格は穏やかを通り越してのんきと言っていいので制御そのものは難しくはないが、単純に必要とされる魔力量の問題で召喚・使役できる召喚術師は少なく、その霊格(ランク)は、素養ある召喚術師が甲獣系の召喚獣と長年連れ添った末に、ようやく昇格させられるというほどだ。

 その価値はといえば、この召喚獣を扱える召喚術師がいるならば前線の将帥たちは例外なく即座にスカウトし自分の部隊に編入しようとする、そんな代物である。


 黒甲亀(ブラックタートル)を召喚できる召喚術師というだけならば、珍しくはあってもさほど驚きはない。

 それを即時召喚で行うならば賞賛できるが、決して無理な話でもない。

 その召喚を、上位級二体にさらに重ねてやってのけることも……驚嘆には値するが、名の知れた召喚術師であるなら不可能ではないだろう。

 だが、それらすべてをまだ少年と言っていい年齢で成し遂げるとなれば、驚異と言う他なかった。


 中庭のざわめきは収まらない。国王としては、才気走った子供がいるらしいから、ちょっと芸をさせてみて褒めてやろうという、それくらいのつもりだったのだ。その雰囲気は周囲の人々も感じていて、気楽に王の戯れを余興として楽しんでた。

 だがロサメルト四世は、ようやくに思い至る。

 ――ひょっとして今、自分はとんでもないものを目の当たりにしているんぢゃないか、と……。



 その考えは、シローの次の発言ですぐさま証明されることになる。




「それじゃあ、次ですね!」




 ――正確には。




「ダメですよー、マスター。ちゃんと段取り考えないとー」




 シローの発言を遮った、鈴を転がすような少女の声によって。




「え? 九郎(クロウ)?」

「はーい、九郎さんですよー」


 ひょっこりと、シローの肩の上に小さな人影が現れた。遠くて詳細はわからないが、手の平サイズといったところだろう。


 ……と、思った次の瞬間、その小さな人影を中心に緑の魔力粒子が渦巻くように吹き上がる。そしてそれが晴れたあとには、いつの間にやらシローにしなだれかかるように身を添える一人の少女の姿があった。


「――――――」

「………………」


 突如として姿を現した見慣れない少女の姿に周囲の人々が戸惑う中、しかし当のシローはと言えば戸惑うことなく――ついでに言えば、ルーアも達観した無表情のままである――その少女へと顔を向け問いかける。


「どうしたのさ? 出番はまだ先なのに……」

「その事なんですけどねー? 次は順番から言うと松坊ですよね?」


 小さく首をかしげるシローに、クロウはおとがいに人差し指を当てながら同じように小首を傾げて見せた。


「え? あ、うん、そのつもりだけど……?」

「ですけど、この状況で松坊を呼ぶのは、ちょーっとどうかなー? ……と思うわけですよ」

「……あ!」


 クロウの言葉にシローはもう一度小首をかしげ、周囲を見回し――それから、得心の声を上げた。それをみてクロウは我が意を得たりと頷く。


「でしょー? しかも松坊を飛ばしたとしても、次のいそべーはともかく、さらにその次とかまで調子に乗ってやっちゃいそうですしー?」

「そ、それはさすがに……! ちゃんとそこは考えてたよ!」

「ならいいんですけどー、でももしソレをやらかしちゃったら三重くらいの意味でマズイでしょー、ってことで? 私はそのことをご注意するために、やむなく順番を飛び越して出てきたわけなのですよ」

「あ、うん、そうなんだ……? いつもフォローありがとうね」

「いえいえー、お役に立てたなら何よりです」


 案の定丸め込まれたシローを前にえっへん、と胸を張るクロウを半目で見つめながら、ルーアは『絶対ウソ』と内心呟いた。

 お祭り好きでイタズラ者で目立ちたがり屋の、この少女(?)のことはよーっく分かっていた。自分の本来の順番まで待つと場がだれるから、霊獣が出て場の盛り上がってるこのタイミングを狙って鮮烈なお披露目を果たしたに決まっている。普段は「疲れるから」と成りたがらない、人間サイズをお披露目したのもその方が目立つからだろう。



「――――――」

「――――――」

「――――――」

「――――――」

「――――――」


 シローとクロウがのんきな会話を交わし、その横でルーアが小さくため息をついてる中――周囲の人々は皆言葉を失い、クロウを呆然と見つめていた。

 美しい少女であった。

 見た目的には、シローやルーアよりもやや年嵩か。艶やかな黒髪は肩口で切りそろえられ、左右の横髪には朱色の飾り紐が結んである。

 人間離れした印象を与える鮮やかな赤色の瞳は、しかし楽しげに輝き人懐こさすら感じさせる。

 服装は裾の長い白の上着に袋のように膨らんだ紺色のズボン、それから木のサンダルとシンプルだが、シローと言葉を重ねるたびにくるくると変わる表情とやや大げさな身振り手振りが華やかな印象を与えていた。

 そして何より印象的なのは――その背に大きく伸びる、一対の漆黒の艶やかな鴉羽であろう。

 一目瞭然に、人間でなかった。


「お前は……?!」


 臣下の一人が、恐る恐るといった様子で誰何する。

 ロサメルト四世も、それが疑問だった。

 推測はできる。

 推測はできるのだが、彼の知るいくつかの常識が、まさかそんなことがとその推測を肯定することを難しくしていた。

 

 そんな周囲の困惑の様子を知ってか知らずか、問いかけられた少女は国王に対し一度にっこりと笑みを向けると、優美な仕草で胸に右掌を当て腰を折り、膝を付き瞑目した。


「お初にお目にかかります――。

 これなるは、こちらの我が主シンタロー・キリシマより"9"を任じられし風霊(ふうれい)、マスターより賜りし契約名は九郎(くろう)判官(ほうがん)(みなもと)義経(よしつね)と申します」


 そこで一度言葉を切り、顔を上げ再びにっこりと可憐な微笑みを浮かべる少女――クロウ。


「主ともども、お見知りおきのほどを、どうかよろしくお願いいたしますね♪」

「――――――」

「――――――」

「――――――」

「――――――」


 いっそ優雅と言っていいその名乗りが中庭にもたらしたのは、水を打ったような沈黙だった。

 一同の心境を一言で言うならば……


(どこからツッコんでいいかわからん――!)


 に、尽きた。


 例えば、風霊(ふうれい)といえば霊獣級をさらに上回る神霊級であり、この国中を探しても召喚できる者は五指に満たない、こんな余興でぽっと出ていいものでないとか。

 例えば、本当にそんな希少な召喚獣であるかどうか……の真偽を問いただすまでもなく、その身から滲みでる霊格(ランク)は紛れもなく霊獣級と一線を画する……だというのに見た目といい言動といいそんなに軽くて良いのかとか。

 例えば、記録に残っている限りで、召喚術師の最大契約数は6種、召喚維持は4種までが最高とされていたが、それも霊格(ランク)を抑えた比較的軽い召喚獣でのことなんだから霊獣級やましてや神霊級なんてモンをとりまぜてあっさりぽこぽこ召喚してんぢゃねぇとか。

 例えば、現時点で記録タイの4種を召喚し維持しておいて、ほっとけばさらに召喚する気に満々だったよなこの坊主とか。

 例えば、そういえば今この風霊は9とか言ってたけどまさか、合計9種の召喚獣と契約してんのかとか。


 もはや、即時召喚だの複数召喚だの、上位級だの霊獣級だの言うレベルの話ではない。

 人々にそういったツッコミどころが思い起こされるにつれて、中庭に潮騒のようにざわめきが広がっていき、それが徐々に喧騒へと変わっていく。

 それに影響されていないのは、自分も同じショックを一通り受けたものだった、と顔は無表情のまま達観した心でいるルーアくらいのものである。


 そんな浮き足立つ雰囲気の中、鷹揚に構えるロサメルト四世はといえば。





(ワシ……うまく使えばいくらでも切り札に出来た情報を、気まぐれでオープンにしちゃった?)


 外見は威厳を取り繕いながら、内心で動揺しまくっていた。







 そしてそんな国王の懸念は的中し。


 後に「十三使徒の主」と呼ばれることになるその召喚術師の存在は、この日より国内外でささやかれ始めるのだった。


ようやく始められました。でももう一話用意して、それで書き溜め終了です……。

今後も進みは遅くなる事が予想されますので、どうか気長にお付き合いください。


ちなみに九郎の格好は、一言で言えば水干姿です。

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