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珠巡り  作者: 桜咲 雫紅
三章 兆候
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追っかけは怖い

お久しぶりでございます。

おそらく多くの人に忘れ去られている桜咲です。

最近大きな失態をしてしまい、ほんの一瞬ですが死を考えました。

メンタル弱いな私。

それでも私にはまだまだやりたいこともやらなければいけないこともあると踏みとどまることにしました。

これからもちまちまと進んでいきますのでどうぞよろしくお願いします。

それではお楽しみいただければ幸いです。

「確かにな。昇格試験ごときで怪我してるようじゃダメだな。よっし。無傷で終わらせろよ、一夜。お前なら余裕だろ」


好戦的に瞳を輝かせている桜が楽しげに笑う。幸いあの時の傷はそれほど深くなかったため、傷跡も残さず綺麗に美優のお父さんが治してくれた。


その横にいる美優も桜の意見に同意とばかりに頷いている。彼女も骨を折っていたが、変な癖も残らず完治している。


「やって、みるよ」


俺は、あの時とは違う。


もう逃げないって決めたんだ。俺も親友(みんな)を守れる立場になりたいから。親友(みんな)を守りたいから。この場所でずっと笑い合っていたいから。


「それでこそ一夜だ。無傷で戻ってこれたら昼飯奢ってやるぞ」


力強く断言すると、いやに上機嫌な恭哉が一夜の肩に腕を乗せ、にこやかに笑う。皆は初めて会ったときから平等に接してくれた。いつもいじめられていた俺にとって、それはとてもなく嬉しかった。対等の会話が出来、時にはふざけ合い、言い合う。一方的にああしろこうしろ、と言われていた時とは天地の差だ。


「じゃあ一番高いの、奢ってもらおうかな」


「おーし。そうこなっくちゃな!特別にデザートもつけてやんぜ」


「乗った!」


気前のいい恭哉の言葉に一夜が拳を握ると、彼が腕を乗せているのとは反対の肩に手が乗る。目を向けると冬空をそのままはめ込んだような双眸(そうぼう)が笑っていた。


「それなら俺は飲み物買ってやるよ。何がいい?」


「レモンティー。それかレモン系の飲み物」


「レモン好きだよな、一夜。絶対無傷で終わらせろよ。もう買っとくけど、傷一つでもあったら俺が飲むからな」


「うん。俺だって鍛錬してきたんだ。やってやる!」


こういう強気発言が出来るようになったのも彼らのおかげだ。喧嘩も武術も戦いの事は全て彼らに教わった。


「一夜は俺らと張り合えるくらいの実力を持っているんだから、いつもどおりやれば大丈夫だよ」


「周りの連中がお前の事「抜け穴」とか「生徒会・執行部の中で最弱」とか言っているらしいが…、奴らの鼻、明かしてやれ」


ゆったりとしていて不思議と心に沁みこむ言葉は螢斗だ。惹きつけられるような微笑を浮かべ、一夜の頭を優しい手付きで撫でる。彼の斜め後ろから龍護が顔を覗かせ、一夜の額を人差し指の第二間接でコンコンと小突く。少し離れた位置にいる春はそう言うと親指を立ててみせ、南弦は興味なさげに顔を背ける。彼らの手前にいる千夏はガッツポーズをし、渚が「ま、ガンバって」とどうでもよさげに呟く。


根拠はないが、出来そうな気がしてきた。


『治癒系『Z』・『S』の生徒は至急体育館へ集まってください』


「あ、放送。そろそろ行かないと」


何処からか聞こえてくる放送に顔を上げ、美優は湯飲みに残ったお茶を飲み干し、立ち上がった。至急ということは予想より重傷者が多いのか、はたまた人手が足りないのか。


『異常系で治癒関係を使える生徒も体育館へ集まってください』


どうやら後者のようだ。


「私と螢兄もか」


続けての放送を耳にした桜が苦虫を噛み潰したような顔になりながら寄り掛かっていた木から身体を離す。同じく呼び出された螢斗は穏やかな表情を崩さず桜に近づくとその耳元に何かを囁きかけていく。


そんな二人を横目で見やり、龍護達も体育館に視線を固定する。異常系の治癒関係の生徒も呼ばないといけないくらい重傷者が出たのか。なんか年々重傷者が増えてくな。


「よっしゃぁ。さっさと体育館行くぜ!!」


つい数秒前までとても嫌そうにしていた奴のセリフとは思えない。どういう心境の変化だ?と訝しげに首を傾げる龍護の前で、やる気満々に拳を天に振り上げた桜は足早に体育館へ向かっていく。微笑ましそうに彼女の後姿を見送る螢斗がちらっと龍護に視線を流し、一層笑みを深める。


「何言った」


「大したことは言ってないよ?ただ、一緒に頑張ろうと言っただけで」


本心からそう思っているのであろう。天然というやつは怖ろしいものである。


「遊びに行く訳ではないぞ」


「わかってるって。心配性だなぁ、南絃は。あっ、皆も来る?」


鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気の桜に釘を刺した南弦に軽く頷いてみせ、ついでのように恭哉達に問い掛ける。


「もちろん行くさ。な、一夜」


「えっ・・・。お、俺にふられても・・・」


意味もなく左右を見回し、わたわたと慌てる姿は男だとわかっていても可愛らしく見える。恭哉はそんな一夜の肩を摑むとぐいっと引き寄せる。


「菊地の事、好きなんだろ?好きな奴の応援しなくていいのか?」


動きが止まった一夜の顔が次の瞬間、みるみる赤く染まっていく。ニヤニヤと意地悪げな笑みを浮かべた恭哉がより一層一夜に身を寄せ、彼の耳に唇を寄せる。


「好きな女が頑張ってんなら近くで応援してやりたいだろ。言葉にしないとわかんねーぞ」


とん、と恭哉に背を押され、一夜は二、三歩前に出る。目の前には初めて会ったときから一夜の心を惹き付けてやまない少女が目を瞬かせていた。ごくっと固唾(かたず)を飲み、強張った唇をどうにか動かす。


「俺もっ・・・、俺も、一緒に行く!」


彼にしては大きな声が口から出た。突然の大きな声に驚いたように小さく目を見開いた美優は、にこっと穏やかな気持ちになれる笑顔を浮かべる。それは初めて会ったときと変わらない、あの笑顔で。


「そっか。じゃあ、皆一緒に行こう」


「っ、うん!」


もう、逃げない。この気持ちからも、戦いからも。


「だから・・・」


吐息のような声が風にさらわれる。


だから、待っていて欲しい。いつか言える、その日まで。今はまだ、君の隣にいるだけで、その笑顔が見れるこの場所でいい。


「どうかした?」


不思議そうに首を傾げる美優。その翠玉色の瞳を真っ直ぐ見つめ、ゆっくり首を左右に振る。


「何でもないよ」


勇気を溜めるから。


どうか今は、親友のままでいさせてほしい。

















体育館へ着くと、二階建ての体育館は上下とも負傷者の呻き声が不気味に木霊していた。はっきり言って、どこぞのホラー映画の中にいるみたいだ。これが夜中だったらさらに恐ろしさがアップするだろう。ちなみに桜達がいるのは一階だ。


閉められている扉を開け中に入ると、嫌な臭いが鼻をつく。ほとんどは血の臭いだが、なかには肉が焦げたような臭いや腐敗臭、消毒液のにおい、その他諸々の独特の臭いも漂っていた。


一気に押し寄せてきた様々な臭いの中に消毒液の臭いを感じ、遠慮なく盛大に顔をしかめる桜。体育館の中は重傷者で埋め尽くされていた。入り切らない重傷者はどんどん近くのグラウンドへ運び込まれていくのがここからでも見えている。


「うわぁ・・・。これはひどいな」


負傷者の数が多すぎて治癒の手が追い付いていない。だから異常系の異能者の中で治癒を使える者も呼ばれたのか。少し離れた所にいた渚は体育館の中がちらりと見えてしまったらしく、真っ青な顔で座り込んでしまった。それを悠紀が抱き止め、入り口から離れて行く。


「菊地さん!急いでこちらへ」


入ってきた桜達の中に美優の姿を認めた試験官が見ていて可哀相なほどオロオロしながら声をかける。呼ばれる前に動き出していた美優は素早く棒を出し、早足に試験官の元へ駆けていく。


「この人を完治させてください」


試験官の手の先には全身焼け爛(ただ)れていて目を背けたくなるような無残な姿の生徒が横たわっていた。


目元を歪ませてぎゅっと棒を握り締めた美優はじっと傷を観察する。今すぐここから逃げ出したい気持ちに駆られるが、それを抑えこむようにゆっくり深呼吸をすると生徒の上に棒をかざす。


自分には皆みたいに戦う力や守る力はないけれど、治す力ならある。だからこの異能(ちから)で私に出来る事をしようって決めた。皆がどんな傷を負っても、私が絶対に治す。


棒を起点に翠玉色の光が生徒の全身へとゆっくり広がっていく。少しすると翠玉色の光は生徒の皮膚にしみこむように消えていき、もう少しすると焼け爛れていた皮膚が徐々に元の状態へと治り始めていった。試験官の感嘆する声が美優の耳に届くことなく消える。10分もしないうちに美優は静かに棒を生徒の上から退かす。


「終わりました」


試験官は生徒の体に触れ、確認すると頷く。


「完治してますね。あと何分で目を覚ましますか?後遺症はありますか?」


矢継ぎ早の質問に美優ははっきりとした答えを返す。試験官は満足げに頷き、隣の人を指す。


「次はこの人です」


「はい」


その様子を入り口で見ていた桜達は心の中で呟く。


さすが美優(ちゃん)。


「相変わらずすごい治癒能力だね。あんな傷を数分足らずで治しちゃうなんて」


「ホントにな。治せない傷(もの)なんかなさそう」


遠目からでもわかる美優の治癒のすごさに舌を巻いている真夜の言葉に、春が同意を示す。


「君達は異常系の異能者で治癒系を使える生徒かい?」


入り口でボソボソ話していると試験官の一人に声をかけられた。桜と螢斗は顔を見合わせ、他の人は二人を見つめ、それぞれ答える。


「「私(俺)はそうです」」「「「彼ら(彼女ら)がそうです」」」


「よかった。では、すぐに手を貸してください」


「わかりました」「暇だしやるか」


試験官を先頭に桜と螢斗は比較的軽い負傷者の手当てを始める。恭哉達は体育館から出て特別棟と体育館の間にある砂利道へ上がる五段あるかないかの階段に各々腰を下ろす。


階段にはさっきよりはマシなものの、まだ顔色の悪い渚と、彼女を膝枕して階段の壁に背中を預けている悠紀がいた。周りに他の生徒はいないので遠慮なしだ。


周囲に障害物がないためとても風通しがよく、真夜達は無意識に詰めていた息を吐く。


「そういえば真海さんって血がダメなんだっけ?」


「えぇ。事故の日から血を見ると震えが止まらなくなってしまうんです」


ぐったりとしている渚を眺めての真夜の確かめるような問い掛けに、悠紀は感情の読めない声で肯定(こうてい)する。その手は優しく、慈しむように渚の髪を撫でていた。


それを一瞥(いちべつ)した恭哉は体育館へと視線を滑らせる。視線の先には扉から僅かに覗く真剣な顔で治療に専念している桜の姿があった。その姿を見ているだけで口元がほころぶのがわかった。


「な~ににやけてんだよっ」


「うぉあ!?」


突然耳元で囁かれ、恭哉は変な声を出してオーバーリアクションしてみせる。囁いた声の主、春は軽やかな笑い声を上げながら恭哉の肩を引き寄せる。


「ど~せ桜の真面目な顔見てにやけてたんだろ」


「・・・悪いですか?」


面倒なのに絡まれた、と言いたげな顔で春へ視線を移した恭哉の頬は薄っすらと赤く染まっていた。目敏くそれを認めた千夏が兄の後ろからひょっこり顔を出して赤く染まった頬をつつく。


「顔、赤いよ?恭さん」


「赤くない」


「更に赤くなった」


「なってねぇっつってんだろうが!!」


頬をつついてきた千夏の手を払い、ボソッと呟いた南絃に詰め寄る。いいように遊ばれちゃって、と真夜がその光景を眺めて心の中でぼやく。


「そろそろ昼飯の時間だな。俺は先行って全員分の食券買っとくから誰か席とっとけ」


「わっ、私も行く。いいよね?龍」


ぎゃあぎゃあ言い合っている恭哉達を黙然と眺めていた龍護がふと中庭にある時計台を見てそう言うと、寄り掛かっていた壁から体を離す。呆れた眼差しで恭哉を見ていた真夜は龍護の言葉に急いで立ち上がり、彼に自分も行っていいか確認をとる。彼は少し驚いたように目を見開き、ふっと口端を上げると目下の茶色い髪を二回叩く。


「行くぞ、真夜」


「――――待ってよ、龍」


込みあがってきた喜びを噛み締めつつ眼前の背を追いかける。無性に今の自分の気持ちを相手に伝えたくなった。けど、まだ言えない。


俯いた彼女の顔を髪が覆い、似つかわしくないほどの暗い影が横顔を隠す。きゅっと唇を噛み締めた真夜の顔はひどく苦しげで、悔しげにも見えた。


あいつを、引き摺り落とすまでは・・・。


憎悪に染まった青い瞳に瞼が被さる。すぐに開かれたそこには普段どおりの明るい青い瞳があった。


「じゃあ僕は席をとりに行くよ。いつものとこでいいよね?」


「あ、それなら私も行きます」「ああ」「はい」


返事をしたのは千夏、南弦、一夜の三人だけだ。渚は目を閉じて相変わらずぐったりしているし、悠紀は渚の看病に集中している。それはいい。では恭哉と春は何をしているのかというと、恭哉は群がってくる女子になど目もくれずに桜に釘付け。もう一方の春はそこらの女子を口説くのに夢中。


つまり、二人とも戒の話なんか聞いちゃいない。


「・・・僕の話、聞いてる?」


「悪(ワリ)。聴いてなかった。で、何だって?」「大路先輩の好きでいいですよ」


大勢の女子に囲まれながら「ワンモアプリーズ」と人差し指を立てて耳に手を当てる春に、こっちを見もしないでひらひら適当に手を振る恭哉。


戒の足元で不自然に影が揺らめいた。



ドカッ バキッ



「痛~な。何しやがんだバカ戒!」ドカッ


痛そうに叩かれた箇所を押さえ抗議する春を再び影が殴る。


「大路先輩。不意打ちならぬ影討ちは卑怯ですよ」


防げないんですから、と恭哉は続ける。殴られた春は恭哉が殴られないのを見ると戒に食って掛かる。


「んで俺だけ二回なんだよ!」


「むやみやたらと女子生徒に声をかけないほうがいいよ。軽薄(チャラ)男に見えるから。あっ。元から軽薄(チャラ)男だったっけ」


「男とはそういう生き物なんだよ、戒」ゴギャッ


どこか悟ったような口調で滔々(とうとう)と語る春を再び影が殴り飛ばす。先程より強い力で殴られたからか、バランスを崩してしりもちをついた春の姿に彼の周囲にいた女子の黄色い悲鳴が上がる。


「春くぅ~ん。大丈夫ぅ?」「な~に~、あの女」「思い知らせてあげようか?」「春くんのためならぁ~うちら何でもしてあげるぅ」


「つっ~。大丈夫だいじょーぶ。こんなのいつものことだからさ。それよりも俺から離れた方がいいよ。可愛い君達に怪我なんて似合わないから。ね?」


「聞いた聞いた?カワイイって~」「「「キャー。春君カッコいい~」」」「「ステキ~!」」


恭哉でも言わないようなセリフをウインク付きのカッコいい笑顔で言うのだから女子達には大受け。「君達」ということは私も入っているに違いない!、とあらぬ方に誤解した女子数名が至福の表情で倒れる。もはや相手にするのも馬鹿らしくなったのか、はたまた興味が失せただけなのかは定かではないが、戒は影を仕舞うと踵を返して食堂へと行ってしまった。


「あ~疲れた。・・・ったく、ピーピーギャーギャーうっせぇ女共だな。黙んねぇと力尽くで黙らせんぞ」


物騒なセリフとともに桜が体育館から出てきた。背後には螢斗の姿もある。二人ともどことなく顔色が悪い気がするのは気のせいだろうか?というか桜、無茶苦茶機嫌悪くないか?いつもより言葉悪いし。


「「なぁに、アンタ」」「恭哉君の幼馴染だかなんだか知らないけどチョーシ乗らないでよね」「恭哉君はアンタが幼馴染だから仕方なく構ってるの」「そうじゃなきゃアンタと恭哉君に接点なんかあるはずがないもの」


「うっせぇ女」と言われた春ファンではなく恭哉の周りに群がっていた恭哉ファンが桜のセリフに噛み付く。恭哉ファンの言葉に眉一つ動かすことなく剣呑(けんのん)な表情(かお)でキャンキャン黄色い声で並べ立てる女子生徒達を睨んだ桜はいつも以上に荒んでいた。


「私がいつ恭哉の幼馴染だからって調子に乗りましたか?私は恭哉の幼馴染ってだけで調子に乗れるほどお気楽人間じゃないんですよ」


口調が一層刺々しさを増し、声音にはこれでもかというほど苛立ちが塗り込まれている。


「だぁから、そーいう態度がチョーシに乗ってるって言ってんの!」


逆ギレした恭哉ファンの一人が桜の頬目掛けて手のひらを振りかぶる。それでも桜の表情は変わらない。棒立ちのままだ。



パシッ



渇いた音が響く。恭哉ファンの手は桜の頬に届くことなく空中で止まっている。その原因は恭哉ファンの手首を摑んで止めている人物、恭哉だ。形のよい唇から怒りに満ちた声音が恭哉ファンに向けて放たれる。


「今後こういうことやったら二度と人前に出れねー顔にしてやるよ」


そう言い放つと恭哉ファンの手を邪険に払う。払われた恭哉ファンは必死の形相で恭哉に詰め寄る。


「恭哉君がこの女に構うのは幼馴染だからでしょ!?そうなんでしょ!?」


ヒステリックな声で同意を乞う恭哉ファン。珍しい事に露骨にうるさそうに目を眇めた恭哉はわめく彼女らを冷た過ぎる眼差しで見据える。


「違ぇよ。俺はずっと桜(こいつ)のことが好きだったんだ。幼馴染だからじゃねぇ。好きだからだ」


恭哉ファンは大きく目を見開いて口元を覆う。余程恭哉のこの言葉がショックだったらしい。女子生徒達を見回す紅い瞳に猟奇的な色が宿る。


「わかったらとっとと失せろ。目障りだ」


これ以上ないほど冷たく言い放つと桜をぐぃ、と引き寄せる。突然のことに転びそうになりながらもなんとか体勢を立て直した桜は彼の腕の中におさまる。


「ちょっと!言わないって約束は!?」


「あ~、ワリッ、破っちまった。こうでも言わないとこいつらいつまでもウゼェからさ」


ウゼェ、を強調しながら恭哉ファンを睨みつける恭哉。恭哉ファンはその視線を受け怯えを隠せない。いつも(お愛想)笑いを向けてくれた恭哉じゃない。確かに時々鋭い瞳をすることもあったが、ここまでではなかった。こんな恭哉は知らない。


「言い訳にしか聞こえませ~ん。せっかく私からキスしてあげたのに」


キス、の部分を恭哉にしか聞こえないぐらい小さくし、耳を塞ぐ。どんな理由があろうと約束破りは約束破り。言い訳を聞く耳はあいにく持ち合わせていないのだ。


「悪かったって。そんなに怒るなよ」


目下にある薄黒の髪を撫でながら顔を覗き込む。桜は恭哉と目を合わせないように視線を泳がせる。意固地になったときの桜の癖だ。


「こうなったら桜の機嫌を直すのは骨が折れるよ。頑張ってね、恭」


「そう思うんなら手伝ってくださいよ、螢斗先輩」


どうしたものかと苦笑いをしている恭哉が助力を乞うも、螢斗は爽やかに笑って首を左右に振る。


「約束を破った恭が悪い。違うかい?」


口調はいつもどおりだがきっぱり言われ、恭哉は二の句が告げず諦めたように息をつく。


「桜、悪かった。これが原因で・・・、いや、これが原因じゃなくてもいじめられたら俺が守るから」


「何故か知らないけどとっくの昔からいじめなんてなくなってるからいいよ。誰か知らないけどずっと私を守ってくれてた人がいるみたいだから」


意味ありげに恭哉を見上げると、彼は「気付いていたのか」と口の中で呟く。


桜達がいじめられていると知ったときからずっと恭哉達はいじめっ子共を排除してきた。もちろん桜達に手を出そうとする輩も叩きのめしてきた。桜達に気付かれないように。

だが、常に喧嘩に身を投じてきた桜には隠し通せなかったらしい。おそらくぶちのめした相手から聞き出した情報を繋ぎ合わせて自分なりに結論を出したのだろう。それくらい桜は容易くやってのける。


「だから、許してあげるよ。仕方ないからね」


真っ直ぐ恭哉を見つめてそう言うと、彼は優しく微笑む。その笑みに騒ぎを聞きつけて集まってきた生徒の中の女子が色めき立つ。特に隠れ恭哉ファンが。こんなに優しく笑う恭哉なんて初めて見た。


「どーもな」

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