波乱の予感
色々な出来事が重なってちょっと意気消沈気味の桜咲です。
くよくよしている自分はらしくなさ過ぎるので、しっかり切り替えてこれから挑んでいきたいと思います!
内容はまったくくよくよしていないので、どうぞ楽しんでいただけましたら幸いです。
ようやく解放された二人と二人を拘束していた一人が皆の輪に入ると、美優がお茶をくれた。一口飲むと、喉を滑り落ちていく冷たさが身に沁み、どうしてかほっと溜息が零れた。
「そういえば灰谷の代わりの教師、今日来るんだっけ?」
一息ついたところでようやく耳に入ってきた会話に思わず意識が向く。
「確かそうじゃなかったかな。灰谷はいまだ行方不明。三珠も大変だな」
一ヶ月前の事件を境に灰谷は行方をくらませた。三珠学園は灰谷 雨月を解雇し、同時に指名手配した。三珠に所属している約四分の一の職員は灰谷と彼が所属している“死神の鎌”の調査にかりだされている。桜達のような新米にはこの仕事は回ってこない。だが、愁や千秋達はこの調査に携わっているらしい。
「それより最近問題になってんのは“異能者狩り”でしょ。もう五人も犠牲になってるらしいじゃん」
「いや、五人じゃないよ。今朝方に新たな犠牲者が発見されたと報告があったから、実質犠牲者は六人になってる」
和菓子の袋を破りながらの渚の言葉に訂正を入れる悠紀。この事件は同じく一ヶ月前から起きた事件で、被害者は全員異能者。そのため“異能者狩り”と言われている。
「一ヶ月で六人、か」
犠牲者の共通点は今のところ三つだけわかっている。一つは異能者ということ。もう一つはいずれもどこかの会社に就職している会社員ということ。最後は全員三珠に所属しているということ。
「だが、こうも、異能者ばかりを、正確に見つけ、出して、殺せるとはな」
「あぁ。一般の会社に就職してるってことは細心の注意を払って異能者だってバレないようにしてるってことだ。定期報告義務もあるだろうしな」
雨霰と降り注ぐ攻撃の嵐を掻い潜りながらの恭哉の言葉に悠紀が同意する。喧嘩するほど仲がいい、とは彼らのことを言うのだろう。こういうときは他の誰よりも意見が合う。というか戦闘中にこっちの話に首突っ込むと・・・、
「隙あり」
「っとぉ!!っぶね」
こちらの話に首を突っ込んでいた恭哉が大きく仰け反り、真夜の攻撃を髪を数本犠牲にしながらかわすととんぼ返りをして綺麗に着地。ちっと舌打ちした真夜はこれでもかと言わんばかりに激しい追撃をかける。
「しかし、定期報告には六人とも異常なしと答えていたぞ」
「人の目なんてどこにあるかわかませんしね。だけど、一般企業に就職してるってことは対策もバッチリだろうし・・・」
そこまで言って渚ははっと瞠目する。渚と同意見だろう春が彼女を一瞥して頷いてみせる。
「考えてるとおり。三珠に裏切り者がいる可能性が出てきたんだな〜これが」
「裏切り者・・・」
真っ先に桜が反応し、気まずげに視線を逸らす。家族と親友を第一に考える彼女のことだ。身内ほぼ全員が所属している三珠を疑うことがつらいのだろう。
「桜。お前は無条件に信じ過ぎだ。身を滅ぼすぞ」
南絃の短いながらも痛烈な忠告に桜は深く項垂れる。彼の言い分は厳しいが事実だ。暗い雰囲気を払拭させようと春がわざとらしく咳払いをして話を変える。
「犯人の手がかりも目的も不明。警察も手詰まりみたいだな」
お手上げー、とばかりに両手を上げてひらひらと揺らす。
その仕草が面白く映り、ふっと小さく笑ったことによってどうにか半分ほど気持ちを立て直した桜はその事件のことを自分の知る範囲でさらってみる。被害者の六人は外傷がまったくなく、また、争った痕跡もなかったことから反撃する間もなくやられたのだろうと言われている。死因もまだわかっていない。だが、仮にも異能者が・・・。
「仮にも異能者なのに反撃一つできないなんてちょっとあり得ないよね。少しぐらいは争った跡とか異能の残滓とか残ってそうなのに」
考えていたことと同じことを述べたのは千夏だ。それを聞いた春はその言葉に軽く目を見開いてポケットから小さな紙切れを取り出す。
「それなんだがな〜。犯人は無能力者が関わっている可能性が高いみたいでな。異能者は異能を使わなかったんじゃなく、使えなかったんだという意見が多数を占めてる。無能力者への異能行使は重罪だからな」
「それにしたって殺される寸前まで気付かなかったわけじゃあるまいし・・・。それに危害を加えられた場合は異能行使も許されてるんだし・・・」
無能力者、と聞いて桜の頭に浮かんだのは“死神の鎌”という組織名。あの組織も灰谷同様調べているが、いまだ明らかになっていない。唯一わかっていることは、異能者を殲滅せんとしていることと、“空の珠”・“海の珠”・“地の珠”を狙っていることだけだ。
内心で盛大にため息をつく。情報が少なすぎる。“死神の鎌”はこちらの情報をかなり摑んでいるだろうに、こちらは“死神の鎌”の情報を一部分しかつかめてない。
「暗い話はやめましょう!それより今一番問題なのは試験ですよっ。し・け・ん」
全員が俯いてそれぞれの思考に沈んでいると、一夜が頭を抱えて切実な顔で訴える。どうしようどうしようとこれ以上ないほど本気でうろたえている姿が見ていて面白い。
「うるせえわざわざ区切んな。んなもん適当にやって適当にやられて適当な評価もらっときゃいいだろ」
「それは龍護さんだから出来ることであって、俺のような弱い奴には無理ですよ・・・っ。二十分も耐え切れるかな・・・」
うるさそうに片目を眇め、これでもかというほど全身から「やる気ない」オーラを迸らせている龍護が無責任な事を堂々と言い放つ。しぼんでいく声と共に一夜の体が前のめりになり、両膝の間に沈んでしまった。
「一人で盛り上がって一人で沈むなよ」
「そんなに自信ないなら、この俺様直々にみっちり叩き込んでやろうか?ヤローには興味ねーけど、お前顔が可愛いから特別に手取り足取り教えてやってもいーぜ?」
暗い空気を振り撒く一夜の肩を軽く叩いた悠紀に続いて春がそんなことを言い出す。本能的に危険を察知した一夜は即行で顔の前でバッテンを作ってみせ、叫ぶ。
「丁重にお断りさせていただきます!!」
「三人とも、あまり一夜をいじめないように。試験前なら誰でも緊張するもんだよ」
「なら、その緊張を一瞬でぶっ飛ばしてやるよ。なぁ一夜」
くいっと一夜の顎を軽く持ち上げ、怪しげに笑う春は誰が見ても面白がっていた。
「結構です~」
途中で螢斗が注意するが、余計に変な方向へ話が傾いていく。つられて戒と千夏、美優、渚も顔をあげ、弄られてる一夜を見て暢気にお茶を飲む。南弦は興味が失せたように一度目を閉じ、開くと空を仰ぎ見た。あの姉弟はまだ喧嘩という名の試合中だ。
「“異能者狩り”・・・か」
どの輪からも外れていた桜が口の中で小さく唱えて言葉を噛み締める。この事件は複数の支部が合同で調査を行っている。新米の桜達にこの事件の調査依頼は回ってこない。だが、個人で動くなら何の問題もない。
それに、引っ掛かるのだ。
未発表の情報だが、六人の死因を偶然漏れ聞いたときから、ずっと。
その正体を、自分の目で、耳で、確かめたい。
『本気か?桜』
心の中で多量の諦めを含んだ声が響く。不死鳥の桜鈴だ。桜は表情を動かさず心の中で答える。
本気も本気、超本気だよ。ランク試験終わったら単独で調査始めるよ。
『ホウ。ソレハナカナカ面白ソウダナ。我モ協力スルゾ』
『仕方がないですね。くれぐれも無茶だけはしないでくださいよ』
『ったく。危なくなったらすぐ逃げっからな。肝に銘じておけよ』
わかってるって。さすがに調査中に死ぬのは嫌だからちゃんと慎重にやるさ。
心の中でおどけたように返し、“空の珠”を握り締める。これだけは絶対に渡さない。命に代えても、必ず。これにはそれだけの価値があるのだから。
「桜?“空の珠”がどうかしたのか?」
決意も新たに“空の珠”を指先で弄んでいると、横合いから声がかかった。意味もなく慌てふためき横に視線を流すと、不思議そうな紅玉色の瞳とぶつかった。螢斗だ。心の中の桜鈴達との会話に集中していたので螢斗の接近に気付かなかったらしい。
不覚っ。螢斗が敵だったら今頃死んでいた。殺気を感じないからってちょいと緩みすぎじゃないのかね、私っ!
絶賛反省中の桜を見て、螢斗は訝しげに眉根を寄せる。その様子を見ていた龍護も同様の表情だ。
「どうしたの?」「桜?」
どうでもいいことだが、2人の顔がとてもよく似ている。
「ごめん螢兄、龍兄、ちょっと考え事してて・・・それで?何か言った?」
「“空の珠”握り締めてるからどうかしたのかと・・・」「お前が考え込むなんて珍しいことでもあるんだと思ってな」
「大した意味はないんだよ。ただ単に弄りたくなったから弄ってるだけで・・・その・・・」
“空の珠”から手を放し、内心だらだらと冷や汗を流しながら曖昧な笑みを浮かべる。
若干引き攣った笑い顔になったのは気にしない方向で。
二人は納得したようなしてないような複雑な顔で桜を見ていたが、なんでもなかったと結論付けたのか離れていった。
危なかった・・・。
昔から桜は隠し事には向いてなかった。何かを隠しているとすぐに顔に出るからだ。嘘も下手。特にじっと見つめられるとなにを言えばいいのかごちゃごちゃになり、自分から隠していたことを口走ってしまう始末・・・。今回は上手く騙せたと思う。・・・・・・多分。
『もうバレたかもな』『バレたんじゃないですか?桜さん、とても挙動不審でしたよ』『バレタト思ウゾ』
うっせえ桜鈴、紅花、炎桜。
心の中で好き勝手言ってる相棒達に毒づく。
「そろそろ治癒系『Z』・『S』の試験時間じゃない?美優」
心の中で言い合っていると、一夜が中庭にある時計台で時刻を確認しながら美優に訊く。美優はのんびりお茶を飲み、中庭の真ん中にある時計台で時間を確認すると一夜に目を向ける。
「まだ大丈夫。あと十分ぐらいしたら体育館に行くよ。ありがとね、一夜」
穏やかに微笑んで礼を言う美優。一夜は顔を真っ赤にして彼女の微笑に見惚れている。それに気付いた春がニヤッと意地の悪い笑みを浮かべ、軽く小突いてやる。はっと我に返った一夜は慌てて目を逸らす。一連の動作を見ていた悠紀と千夏が笑わないように必死に自制している。
「ふん。他愛のない奴」
真夜の声だ。という事は決着がついたのだろうか。見てみると倒れ伏した恭哉が悔しげに真夜を睨みあげている。その斜め前には仁王立ちして不遜な態度で恭哉を見下している真夜の姿があった。
「おふぁったの?」
チョコを口一杯に頬張った戒が訊くと、真夜はふっと余裕の笑みを浮かべて「当然」と答える。
「お疲れ、真夜。美優ちゃんが入れたお茶飲むか?美味いよ」
「ん。もらう」
労りの言葉と共に螢斗が差し出したお茶に手を伸ばし、一気に飲み干す。美優がおかわりを注いでいると、恭哉が体を起こして桜の隣に腰を下ろす。ちなみに真夜は戒の隣だ。
「大丈夫?恭哉」
「平気だ」
悔しそうにしている恭哉にそっと声をかけると短い返答が返ってきた。桜は僅かに目を細め、それ以上は何も言わず前を向く。今は声をかけないほうがいいだろうと思ったのだ。
「あの・・・天空さん!」
突然声をかけられた天空の名字を持つ六人は一斉に振り返る。恭哉と真夜は本当の苗字があるのだが、お馴染みメンバー以外は知るはずもない。
「はい?」「・・・」「用件があるなら手短にして」「ん~?」「へーい」「何かご用ですか?」
左から桜、南弦、真夜、龍護、恭哉、螢斗だ。六人に一斉に問われ、声をかけた男子生徒を含めた数名は固まっている。ジャージが緑なのを見るところ、全員二年生のようだ。首許で煌く指輪に刻まれている文字は『A』。
名字が天空の中で一番気が利く螢斗が穏やかな口調で最初に声をかけたと思しき男子生徒に話しかける。
「俺達の中の誰に声をかけたのかな?」
「えっ・・・・・・と・・・、その・・・てっ・・・天空 さっささ桜さん・・・に・・・」
緊張でかつっかえながらも目的の人物の名を口にする男子生徒。名前を出された当人といえば暢気に戒からもらったチョコを食べていた。
「私?私に何の用?喧嘩なら喜んで買うけど・・・五体満足で帰れなくなってもいいならね。あっ、でもそうするとこの後の試験に差し支えるか・・・どうするべきか」
「いっ・・・一戦だけでいいんで・・・試合・・・を」
「いいよ。君達全員そうなのかな?」
「い・・・いいえ。こいつらは観戦だけです・・・」
あっさり了承された事に驚いたのか、半ば呆けたような顔で答える。持っていたチョコを口に放り込むと、勢いをつけて立ち上がる。
「じゃ、やろっか。螢兄、審判頼むよ」
「いいよ。気をつけてね、桜。くれぐれも重傷は負わせないように」
「もち」
軽い調子で返しながらも顕現した太刀の柄を握り、鞘を払う。炎の中に桜が舞い散るさまを連想させる太刀が陽光を受けて一際輝く。男子生徒は手に細身の剣を握り前に出る。灰白色の剣がきらりと輝く。
「先に言っておきますけど、私、手加減とかは出来ない性質ですけど、いいですか?」
「はい!よろしくお願いします」
ジャージの色から二年ということはわかっている。なのに何故年下の私に敬語?疑問に思いながらも構える。相手が誰であろうと全力で倒す。




