赤と銀と赤
お久しぶりでございます。桜咲です。
拙い文章で今まで書き繋いできたこの小説ですが、実は最初はここまで長くする予定はありませんでした。それがいつの間にか話が広がり、いつしか私の中で確かに別の世界として根付くまでになりました。仕事のふとした瞬間に「桜ならどうするんだろう」と思ったりしてます(笑)想像以上に彼女達の存在は私の中で大きいみたいです。
これからも拙い文章で書き繋いでいきたいと、いければと思いますのでどうぞよろしくお願い致します。
直後。獣の悲痛な鳴き声が響き渡った。ケロベロスの太く鋭い犬歯六本が地に転がり、鋭い爪がついた前足が無茶苦茶に宙をかいている。
一拍遅れて三つの口全てから壊れた噴水のように銀色の液体が四方へ飛び散る。地に落ちた牙は数秒後、抗うように明滅を繰り返すと欠片すら残さず消滅した。
“空の珠”から出した雲に無事着地した桜はせわしない呼吸を繰り返しながら薄く笑う。力を失った左腕から太刀が滑り落ち、柄まで雲に突き刺さる。
「あっれ~。私が作ったケロベロスの牙斬っちゃったの?最悪の場合自分が死ぬ可能性も否定できないのに?・・・恐れ知らずの女性だこと」
ふざけた口調の中に素直な感嘆を含め、朱葉の口元に楽しげな笑みが浮かぶ。視線を上へと向けているその無防備な姿に紅い太刀が迫る。杖でそれを受け流した朱葉は「肉弾戦は苦手なのよね」と嘯きつつ降り注ぐ雨粒を含んだ長い銀髪を鬱陶しそうに払う。
「私はゆっくり観戦したいの。イケメンだからって、私の邪魔は許さないわよ」
「させるかっつーんだよっ」
鼓膜を震わす銃声を聞いたと認識するよりわずかに速く朱葉が上半身をそらす。灼熱の赤に染まった銃弾が地に着弾し、アスファルトを溶かしていく。榊だ。三階建ての建物の屋上から狙撃している。赤く染まったアスファルトは白煙を上げながら降り注ぐ豪雨に冷やされていく。
彼、榊は恭哉の世話係にしてボディーガード。幼少期から恭哉の傍で仕え、恭哉の身を護るためだけに生きてきた男。恭哉にのみ絶対の忠誠を誓い、恭哉の身を守ることを最優先とする。恭哉以外の命令は聞かない。だが、唯一の例外として桜の言葉には耳を傾けてくれる。
「上ね」
「行かせるか」
弾道を読んで狙撃手の居場所を見つけた朱葉は手の中でくるりと杖を一回転させ、溶けた地面を叩く。“彼女”の行動を阻止しようと恭哉が爆走する。
「私の想像力に勝てるとでも思っているのかしら」
クスッとおかしそうに微笑んだ朱葉の足元で陣が展開し、幾つものミサイルが出現する。それは榊の居る方向へ勢いよく飛んでいく。
ギリギリまでひきつけた榊は当たる寸前で屋上から飛び降り、向かいの建物の外壁を手足を使って上っていく。
建物に激突するかと思われたミサイルはありえないほどの唐突さで急旋回し、正確に榊を追尾する。
「追尾型ミサイルですか。困りましたね」
さほど困ったように聞こえない口調で一人ごちると、朱葉に見えない位置で何気なく指を動かす。
「・・・」
ケロベロスと睨み合いつつ視界の隅っこにそれを捉えた桜が微かに目を動かす。と、彼女が乗っている雲が千切れ、榊を迎えに行くように下降する。彼はそれに飛び乗るとライフルを構える。
「全て撃ち落として差し上げましょう」
照準を合わせて、撃つ。一気に二つを撃破し、次いで来た二つも見事に撃ち落とす。が、まだミサイルが一個残っているのにライフルを背中に担ぐ榊。その間近まで迫ったミサイルは『終焉の劫火』を纏った弾によって燃やし尽くされる。左胸に手を当てた彼は穏やかにニコッと笑う。
「援護、ありがとうございました」
笑顔を向けられた当人はそれを冷めた目で見返し、はぁとため息をつく。脇に垂れた彼女の手には黒い拳銃が握られていた。
「どーせ自分でどうにか出来たんでしょ。私にやらせるなんて相変わらず人が悪いですね、榊さん」
しかも子供のとき考えた合図まで使って、とホルスターに拳銃を仕舞いながら愚痴ると、彼は微笑む。
「そんなことはありません。桜様ならあの合図を覚えている。そう、確信していました」
「そういうセリフは手に持ってるナイフを仕舞ってから言ってくださいますか?」
持ってるナイフを目で示すと、彼は手にあるナイフを見下ろし、「ああ」と戯けたように肩を竦め、再度微笑む。
「これは失礼いたしました。以後気をつけます」
「それはそうと、あいつの異能は自身の想像したものを具現化させる異能のようですね」
「はい。ですが、その場合集中力が途切れた途端生み出されたものは消えるはずですが・・・一度具現化されたものは斃さない限り消滅しないようですね」
彼の言葉に桜はめんどくささを惜し気もなく顔面にさらけ出し、頭をかく。紅玉色の瞳がじっとこちらの様子を窺っているケロベロスを冷たく見据える。前傾姿勢を維持したまま二人を見比べたケロベロスの6つの眼が桜を写し、3つの口が同時に舌舐めずりをする。
横から感じる気配が変わったのを肌で感じ、榊が一応という態で口を開く。
「援護は必要ですか?」
「不要です。榊さんは恭哉のサポートに専念してください。こいつは私が片付ける」
即座に力強く言い切った桜の双眸は既に榊を写してはいない。確固たる意思のこもった断言に榊は「承りました」と丁寧に一礼すると雲から飛び降りる。
「ケリつけようぜ、化け犬」
左手から滑り落ちて雲に突き刺さったままの太刀を拾い上げると鞘に収め、右手に持った太刀を正面で構える。彼女の体から薄桜色のオーラが闘気となって爆発し、ボロボロの黒い上着が激しくあおられる。手から薄桜色のオーラが移動し、刀身を染め変える。
「いくぞ」
自分自身に呟くと大きく雲を蹴る。ケロベロスは後ろ足で立ち、左右の前足を横殴りに振り払う。鋭利な爪が風を切る音がやけに鮮明に鼓膜へと届く。
「いい加減・・・くたばりやがれぇぇぇっ!!!」
奥歯をきつく噛み締めると空中で太刀を逆手に持ち替え、渾身の力で真下に振り下ろす。
雨の中、二色の鮮血が舞った。
ケロベロスの前足は桜が引き抜いた太刀に防がれていた。しかし、完治しきっていない左腕では完璧に防ぎきれず、折れた爪が脇腹に突き刺さり、仰け反った首元――――頚動脈――――ギリギリを別の爪が裂いている。
一方の桜の太刀は真ん中のケロベロスの脳天に深々と突き刺さっていた。そこから大量の死滅の力が流れ込み、ケロベロスは消滅していく。標的を失った紅桜色の太刀が支えを失って落下を始める。
「やっ・・・・た・・・」
吐息のような声で囁くと同時に瞼が落ち、太刀と同様に支えを失った体が地面へと落ちていく。この高さから落ちれば打ち所しだいで死に至るだろうが、意識が混濁しているのか“空の珠”を握ることも受け身を取ることもしていない。
「桜!!」「桜様!」『桜さん!』『桜!!』
地上にいる恭哉達が声まで蒼白にして叫ぶも、反応はない。このままでは地面に激突してしまう。
「くそっ」
悪態をついて桜の落下地点へ急ぐ。それを朱葉の異能で生み出された想像上の化け物が邪魔する。榊が狙撃するも、いかんせん数が多すぎる。
二人を足止めした朱葉は桜の落下地点で足を止め、落ちてきた彼女を傷に響かないよう気を配りながら柔らかく抱き止める。頚動脈ギリギリと脇腹、両方の傷口からの出血が治まりかけているのを認め、すぅ、と銀の瞳が細まる。
これが再生の力か。確かにすごい異能ね。
「へェ。意識がなくても勝手に異能が作用するんだ。面白い異能だわ」
上から下までくまなく観察していく朱葉はブツブツと独白をもらす。その間にも恭哉達は化け物共を薙ぎ倒して必死に前へ進もうとしていた。彼らの両眼は怒りに燃えていた。
「てめえ・・・気安く桜に触るんじゃねぇよ!」
『貴様ッ!我が主に触れるな』
『その手を離せ!』
激怒のあまり震えている怒号が三つ飛ぶ。それら気にする様子もない朱葉は桜の傷口の観察に集中している。紅花が牙を剥いて跳びかかったが軽々とあしらわれ、桜鈴がバサバサと羽を動かすと鬱陶しそうに払い除ける。
「・・・ぅ・・・・・・く・・・」
ピクッと投げ出されていた指先が動き、桜の顔が苦痛に歪む。皮肉にも意識を取り戻したのは体中を駆け巡る激痛のおかげだった。気管を塞ぐ液体を吐き出し、固く閉じられていた瞼をこじ開けると真っ青な青空が視界を埋め尽くす。主の意識が途切れたせいで“空の珠”の効力が切れたらしい。
「・・・いッ・・・」
少しでも体を動かすと全身を凄まじい激痛が走る。上手く動けない事にもどかしさを覚え、歯噛みしてからふと気がついた。足が地面についてない。それどころか体のどこも地面に触れてない。痛みで痺れた頭を懸命に働かせ結論に至る。自分は誰かに抱かれていると。
恐る恐る目線を巡らせると陽光を受けて輝く銀色の髪が頬に当たる。とても愉しそうに見える顔が間近にある。
「なっ・・・」
それっきり言葉に詰まってしまった桜を見て朱葉は柔らかく笑む。
「やっは。九頭龍 朱葉ちゃんだよ」
「・・・・・・」
どう返すべきか思い悩み、結局黙り込むことを選択。朱葉はニコニコ屈託のない笑顔を浮かべている。困ったように唇の端を引き攣らせた桜は曖昧な笑みを返す。
「えっと・・・・・・下ろして?」
「いいわよ」
意外と素直に桜を下に下ろす朱葉。地面に体が触れた瞬間、ひときわ大きな痛みの波が押し寄せ、出そうになった声をぐっと唇を噛み締めることで喉の奥へ押し留める。
必死に痛みに耐えている桜を朱葉は面白そうに目を細めて眺めている。
「とりあえず。助けてくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
助けてもらったのは事実なので礼を言うと実ににこやかな笑顔が返ってきた。
何故こんなににこやかな表情なのだろうか。逆に怖い。
「桜!無事か!!」
化け物を一掃し終えた恭哉と榊が駆け寄ってくる。少しでも体を動かすと傷に響くのと痛みの声が出てしまいそうなので小さく頷いてみせる。
「よかった。榊」
「はい。すぐに手当ていたしましょう」
『応急処置だけでもしておくぞ』
いったい何処に持っていたのか、救急セットを取り出しテキパキと処置を施す榊と異能を流し込む桜鈴。恭哉は一同を面白そうに見下ろしている朱葉に詰め寄る。
「一応礼は言っとく。ありがとう。桜を受け止めてくれたことに感謝して俺は何もしないしこの場も見逃しといてやる。とっとと失せな」
「怖い怖い。じゃあイケメンな君に一つだけ教えてあげる。私の兄さんには気をつけて。欲しいものを手に入れるためならなんでもするから。あの人は」
最後にそう言い残すと朱葉の姿はかき消えた。どうやら去ったらしい。
「逃がして・・・よかったの?」
意識をも呑みこんでしまいそうなほどの激痛に耐えながら問うと、彼はふっと鋭い笑みを刻み、どこか猟奇的な色を宿した瞳を先程まで朱葉がいた場所に向ける。
「俺は、な」
『忘れられた市街』からかなり離れた場所にある小さな公園。瞬間移動か空でも飛べない限り、追ってはこれないであろう所。そこに降り立った朱葉は自分をここまで運んでくれた竜巻を消し、ベンチに腰掛けた。じわり、と滲み出てきた汗を拭い取ると大きなあくびを一つもらす。
「ちょっと異能使いすぎちゃったかしら。やっぱり大きいものを作り出すのは骨だわ」
彼女の異能は、確かに彼女が想像したものなら何でも具現化できる。その上一度想像し、具象化されたものは簡単な命令さえ与えてやればあとは彼女がいちいち操作しなくても勝手に動いてくれる実に便利な異能だ。しかし、一度具象化されたものを彼女の意思で消すことは出来ず、新たな命令を加えることも出来ない。さらに、斃されるまで彼女の異能を消費し続けてしまう。
大きければ大きいほど、与えた命令が多ければ多いほど、色彩や形が複雑なら複雑なほど、この世に存在するものではないほど、異能の消費量は半端ない。
先程のケロベロスはサイズが大きい上にこの世に存在しないものだった。色彩や形を単調にし、与えた命令も「天空桜を殺せ」のみにしたのだが、それでもかなりの異能量を持っていかれたようだ。
「少し休ん・・・」
セリフが唐突に途切れた。
大きく見開かれた白みがかった銀の瞳がのろのろと落とされる。
映りこんだものは、鮮やかな模様が描かれた洋服と、それらを瞬く間に呑みこんでいく、それ以上に鮮やかな赤。赤。赤。
けほっと咳き込むと赤い飛沫が飛び散り、洋服を斑に染め上げる。それすらも広がり続ける赤に呑まれていく。
震える手のひらが視界に現われ、中心点と思しきどす黒い赤の上に乗せられる。伝わってくるどろりとした生暖かい感触と、直後に感じる凄まじい激痛。
「やって、くれたわね・・・っ」
出血部分に埋め込まれている塊からついさっきまで感じていた異能の波動を感じ取り、朱葉の口角が上がる。
腹部に二発。首筋、左足、左腕に一発ずつ。頬を掠めていったのが一発。合計六発の銃弾が朱葉を襲い、そのうちの首筋と左腕が貫通しており、左腕と左足のは骨を砕いている。
これ、全部あの子が怪我していた部分・・・。
「仕返しって・・・・・・訳・・・」
赤に染まったベンチに横倒れになった“彼女”の瞼が落ちる。ポタポタと滴り落ちる血が地面に血溜りを作っていた。




