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珠巡り  作者: 桜咲 雫紅
一章 兄妹
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バカでも熱は出る

ひとしきり笑いあっているところへ真面目な面持ちの悠紀が氷を手に割り込む。


「熱が出ているんだ。安静にしていた方がいい。ほら、これおでこに当てて」


「熱?だからちょっとだるいのか」


納得したように熱っぽい額に手の甲を押し当てた桜を美優が強引に横にさせ、悠紀が持ってきた氷を額に押しつける。途端に嫌そうに眉根を寄せた桜に情けない顔をした一夜が同じく情けない声で訴える。


「疲れが溜まってるんだよ。熱もあるんだから、安静にしてた方がいいよ」


「そーそー。ここ一週間使わない頭フルに使ったから疲れてんだよ。しかも慣れない教え役だし」


なっさけねー面、と一夜の頭に手を置きつつ軽い口調でさらりとムカつくことをほざくのは恭哉である。余計な一言を耳にした桜の米神にピキッと青筋を浮かべ、病人にもかかわらず掴みかかろうと腹に力を込める。だが、


「あっ・・・れれ?」


くらりと視界が周り、体に上手く力が入らない上に中途半端に体を起こしたせいでバランスを崩した上体を両肘で倒れないように支えるので精一杯だった。



ズキ



「っ・・・!」


ついた右腕に鋭い痛みが走り、反射的に宙に逃す。斜め上に掲げてしげしげと眺めると、丁寧に包帯が巻かれていた。ということは・・・あれか。思い至った原因に自分の顔がしかめられるのがわかった。


一連の様子を見ていた千夏が教えてくれた。


「そこ、紫色になってたけど・・・なにしたの?」


「鉄パイプ受け止めた」


淡々と答えつつ傷の具合を確かめようと丁寧に巻かれた包帯を解くと、青黒く痛々しい色に肌の色が変色してしまっていた。そういえばと腕の痛みに気を取られてほとんど感じない頭の方に手をやると、そこにも丁寧に包帯が巻かれていた。


この巻き方は・・・千夏・・・かな?


「鉄パイプって・・・そんなもん受け止めんな。普通だったら骨折れてんぞ。まぁヒビ一つ入ってないからよかったものの」


「受けたとき逃がしたから」


鉄パイプを受けた瞬間に自ら後ろに引いたので直撃には至らなかったのだ。まぁ仮に直撃していたとしても常人より頑丈な自分にはせいぜいヒビが入る程度だと高を括っていたのだが・・・。


「そんなに痛くなかったよ」


これは嘘ではない。頭の傷に気を取られていたので、腕の痛みが然程気にならなかった。今は両方ともズッキズッキとこれでもかという程痛みを訴えてくるが。


「そんな訳あるか」


「ご飯出来たよ。さっさと用意して」


食欲をそそる香りと共に千夏の声がして、恭哉と真夜が揃って立ち上がる。その様子を満足げに見送った春が聞こえよがしに「ラクチンラクチン」と口ずさみ、読書をいったん止めた悠紀がなんで俺がと言いたげな表情で乱雑に皿を並べていくのを眺め、「まるで子供ですね」と独白すると読書を再開する。


机を拭き、食器を綺麗に並べ終えた恭哉はそのままつかつかと歩を進めると悠紀の目の前で止まり、ポキパキと指を鳴らす。


「聞こえてんだよ悠紀ちゃん。だ・れ・が、子供だって?」


「おや。誰が子供だと名指しした覚えはないのですが、反応を示されるという事は貴方にご自覚があるという事ですか?恭哉君」



ぷっつん



「おや?なんの音かな」


危険を感じ取った残りの者は巻き込まれないよう迂回しつつ椅子に座り、いただきますと手を合わせてから食べ始める。


動くに動けない桜はまた始まったなーと遠い目をしつつ力を抜いてソファーに寝転がる。いい加減体を起こしているのがきつくなってきた。本格的に熱が上がってきたようだ。


「ほーら、喧嘩なんかしてないでちゃっちゃとご飯食べちゃって。片付かないじゃん」


フライパンを手に取っ組み合ってる二人の間に割って入った千夏が手に持ったそれで頭を叩く。そして二人の首根っこをむんずと掴み、ずるずる引き()って強制的に椅子に座らせる。さすが手馴れてるなぁ、と桜が妙なとこで感心していると、千夏がお粥を持って来た。


「食欲がないかもだけど、ちょっとでもいいから食べて。あと、なんか飲みな。ポカリとかお茶とか水でもいいから。あとは」「はいはいわかった落ち着け。心配し過ぎなんだよ、千夏は」


嬉しいような困ったような笑みで矢継ぎ早に言葉を重ねる薄茶の髪を軽くかき混ぜてやる。正直言って食欲はないのだが、千夏の言うとおりちょっとでも食べたほうがいいのはわかっている。


左腕だけで上体を起こすのはかなり難儀だったが、千夏の手も借りてソファーの背もたれに体を預けることができた。


そのわずかな動きだけでも物凄い疲労感を感じるのだが、気取られないよう顔には出さない。これ以上余計な心配をかけたくない。


頻りに様子を伺いながらお粥を手渡してくれた千夏に礼を言うと食卓につくよう促す。見られながらでは食べにくいし何よりこれ以上そばで見ていられたら色々ボロが出そうだ。

何度か心配そうにこちらを振り返っていた千夏が席に着き食べ始めたのを見届けるとこちらも食べ始める。トロトロの卵とふわふわのお粥が絶妙だ。美味い。


パクパクと無言で食べ進めていきながら手当て済みの腕を一瞥(いちべつ)する。


そういえば昔から怪我しまくってっけな。その度に千夏と美優ちゃんがお説教付きで手当てしてくれたっけ、等とつらつら考えているうちにあっという間にお粥は腹に収まり、空になった皿に目を落とす。


「案外美味いもんだな」


お粥なんて滅多(めった)に食ったことがなかったが意外といける。まぁたまに食べるからこう思うだけかもしれないけど。


発見発見と一人で頷いていると食べ終わったらしき龍護がやってきておかしな者を見るような奇妙な目つきで見てきた。


「なにしてんだ?頭でも打ったか?」


「失礼な。お粥が思ったより美味かったから発見発見って頷いてただけだよ」


子供のようにぶーっと(ふく)れると、真正面からそれを見た龍護が数秒固まり、そして吹き出した。よほど的確にツボに入ったのか手の甲で口元を押さえ、途切れることのない爆笑の波に肩を揺らしている。

普段無気力でほとんど表情が動かない龍護がここまで爆笑するのを久しく見た事がなかった桜は(しば)しの間ポカンと眺めていたが、はっと我に返る。


人の顔見て笑うとかひどくないか!?てか、んな面白い顔してたのか?


「いつまで笑ってんのさ!馬鹿兄貴」


「くっ・・くくっ・・・悪っ・・・止ま・・・ねっ・・・」


必死に笑いを噛み殺そうとしているらしいが笑いが収まる気配は一向にない。そこに真夜が来て爆笑している龍護と笑うなとわめく桜を順に見やり、首を傾げる。


「なになに?なにか面白いことでもあったんなら私にも教えなさい」


「お、止まった。・・・腹、いてぇな」


「お腹痛くなるまで笑ったの?あんたが?ますます気になるわね。なにがそんなに面白かったのよっ」


ようやく笑いが収まったらしく、片手で腹を押さえつつ呟いた龍護の横っ腹を容赦なく小突こうとする真夜。それをかわしつつまだ口元に笑みの残滓を残した龍護が恨めしげにこちらを見上げてくる顔を怒りと熱で赤く染めた桜へ顔を向ける。


「面白かっぞ。さっきの顔。くっ」


「うるっさい!龍兄のバカ!!」


思い出し笑いに再び肩を震わせた龍護に思いっきり噛み付いつやると近くにあった布団を引っ掴んで頭から被り、不貞寝(ふてね)を決め込む。得心のいった顔で小突こうとしていた手を引っ込めた真夜は代わりに上を指差す。


「寝るなら二階行ったほうがいいんじゃないの?」


「・・・わぁってるよ」


布団を被ったままではあるが渋々起き上がり、手伝おうとする手を大丈夫と断ると少しふらつきながらも寝る用意を済ませて二階へ上がる。雨のせいか少し湿ったにおいのする部屋に窓を少しだけ開ける。


ざんざかと景気良く降り注ぐ雨音はうるさいくらいだが、嫌いではなかった。


「まだ降ってんだ。明日には、やむといいな」


雨音にかき消されてしまうくらい小さい声で呟き、ひんやりと心地よいベッドに身体を横たえて目を閉じる。疲れ切っていたのか、または熱のせいか、すぐに眠気がやってきたのがわかった。ゆっくりと沈んでいく意識が背中と腕の中に温かい温もりを感じた。


なんだろう。あった、かい・・・


『いい事を教えてやろう。雨が降らねば虹は見えんぞ』


『おやすみなさい、桜さん。良い夢を』


もう寝息が聞こえ始めた部屋に、2つの言葉は温かな響きを持って響いた。











翌日。


「桜、そろそろ起きようか・・・ってまだ寝てるし」


困ったように頭をかく恭哉。今日は全員部活があるのだが、恭哉は看病役として家に残ることになった。最初は反対したのだが千夏に強引に任されてしまった。


「もう十一時近いんだけど・・・どうすればいいのかな」


看病なんて今までした事ないし・・・。とりあえず起こしたほうがいいのか?等とぐるぐる考えていると


「・・・朝・・・?」


(かす)れた声が静かな部屋にぽつりとする。桜が起きたようだ。


「やっと起きたか。ほら、熱測って」


温度計を渡すと、桜は寝ぼけ(まなこ)を擦りつつ脇に挟む。その間に一階に行き、千夏が朝作っていった朝食を取りにいく。桜の部屋に戻ると、カーテンを開け外を眺めていた。


「計り終わったか?今何度だ」


「まだ、測り終わってない。今38.7度」


「そうか。朝飯だ、食え」


「いただきます」


いつもよりはゆっくりと食べていく。食欲がないのだろう。恭哉はこの後どうすればいいのだろうともんもんと悩んでいた。


まず薬を飲ませないと。それから濡れタオルをかえて、汗結構かいてるからタオルで拭いてやんないと・・・。それからなにすればいいんだ?昼飯作るか。それから・・・それから・・・・・・寝かせればいいの・・・か?


「39.0度です。おーい、聞いてる」


「・・・あぁ、聞いてる」


終わりのない思考(しこう)をいったんストップさせて温度計を受け取る。ついでに空になった容器も受け取る。って・・・


「いつの間に食い終わったんだ」


「さっきだよ。恭哉がずっと難しい顔で考え込んでたから話しかけちゃいけないかなって」


病人に気を使われるとは。なにやってんだよ、俺。


心の中で自分を責めながら体勢を立て直す。


「・・・そうか。薬飲め。水もあるから」


「りょーかい」


嫌そうにしながら薬を口に含み、水で流しこむ。ほとんど味はしなかったはずなのに桜は嫌そうに顔を(しか)めている。その理由に思い至り、クスッと笑みがこぼれる。


「お前薬苦手だよな、昔っから」


「うるさいな。なんか嫌なんだよ」


ふんっとそっぽを向く。その姿を可愛いと思うのは俺だけだろうか。それとも俺が桜の事を好きだからなのかな。


「はいはい。ごほーびに美味しいプリンあげるから機嫌直しな」


「子供扱いすんなっての」


そう言いながらも手は素直にプリンに伸びている。


「素直じゃないなぁ」


「悪かったね。素直じゃなくて」


プリンをひったくるようにして取られ、苦笑する恭哉。


そうこうしているうちに十二時になり、恭哉と桜は一階に下りる。恭哉は桜に部屋で寝てるように言ったのだが桜が頑固(がんこ)に下に行くと言い張るので仕方なく、といった感じに了承したのだ。


「ちゃんとソファーで寝てろよ。俺は昼飯作る。腹減ってきた」


「恭哉って料理できたんだ。意外」


「失礼な奴だな。一応簡単な料理なら作れるぞ。お前はなんか食うか?さっき食べたばっかりだしいらないか?」


返答は少しだけ遅かった。


「・・・・食べる。お粥作って。卵入り」


「はいはい。任せとけ」


自分のはありあわせのチャーハンでいっか。楽だし。


冷蔵庫にあるものを適当に使ってチャーハンとお粥を手早く作る。桜の注文どおり卵も入れる。


「出来たっと」


運んでいくと桜にしては珍しくちゃんと言われたとおりにソファーに寝転がっていた。顔には「ちょー暇」と書いてあるが。


「朝飯食ったばっかだから少なめにしといたぞ。熱いからよく冷ましてから食えよ。猫舌なんだから。それとも、――――俺が食わせてやろうか?」


意地悪げな笑みを浮かべて桜の耳元に口を寄せて囁くと、案の定彼女は顔を真っ赤にさせた。


「けっけけ結構です」


「何どもってんだ?もしかして・・・照れてる?」


「違う!」


ムキになって言い返してくる桜。ニヤニヤしながらお粥を手渡すと、桜は嬉しそうに顔を綻ばせて恭哉に微笑みかける。


「わーい。恭哉の初の手料理だ。嬉しい」


顔が赤くなったのが自分でもわかった。慌てて顔を背け、席につく。心臓が激しく脈打つ。まさかこんな反撃が来るとは・・・。本人が無自覚なだけに余計にたちが悪い。


「不意打ちすぎるよ」


らしくもなく動揺(どうよう)しているみたいだ。深呼吸して気を落ち着かせる。


「あのさ、聞きたいことがあるんだけど」


やけに真剣な声が耳朶(じだ)を打つ。桜のほうに視線を向けると、声同様に真面目な視線とぶつかった。


珍しいな。こいつがこんな顔するなんて。卵腐ってたのか?


「中学校のとき亜衣莉(あいり)と付き合ってたって、本当だったの?」


亜衣莉(あいり)、という名前を聞いた瞬間、俺の中で二つの感情が生まれた。一つは苛立ち。もう一つは、恐れ。あいつの異能のせいで俺は目の前の大切な人を殺しかけた。


「・・・あっ・・・あぁ、あの噂ね。・・・世話係的な奴に、強制的に決められてさ。・・・一ヶ月だけ付き合ったんだよ。すぐ別れたけど」


強張った唇をなんとか動かし言葉を(つむ)ぐ。拳が微かに震えている。それに気づいて努めて普通の表情を作った。


「ふーん。恭哉って中学一年になってから誰とも付き合わなくなったよね。何で?」


「昔から好きな奴いるから。そいつ以外とじゃ本気で付き合うことできないって気付いたんだ。だいたい好きでもない奴と付き合えるか。亜衣莉とお試しで付き合って思い知ったよ」


「一途なんだね。一人の女性思い続けてるなんて」


「ホント失礼だよな、お前」


俺が好きなのはお前だけなんだよ。そう言いたいのを必死に堪えて軽口を叩く。


ご飯を食べ終わり食器を洗い終わって桜の元に戻るともう寝ていた。寝るの早いな、こいつ。


「何でお前をこんなに好きなんだろうな、俺って」


何故かわからないけどこの気持ちに気付いたあの日から、もう自分では止められなくなっていた。


好きって感情に気付いたのは小学生のときだが、多分初めて会ったときから好きになっていたのだろう。今でもはっきり思い出せる。


「お前は気付いてないだろうが、お前も知らない所で、俺に光をくれたんだ・・・」

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