綺麗な記憶
今回は龍護さんの過去話が前半に入ります。
暗い話ばっかだなぁ。明るくしたいんですがなかなか上手くいかないものですね。
どうして俺は、産まれてきたのだろう
誰にも必要とされないのなら、産まれてこなければよかったのに
どうして俺は、ここにいるのだろう
誰からも必要としてもらえないのなら、生きる必要すらないのに
「――――バイバイ、龍護」
逆光になって見えなかったが、寂しそうな、悲しそうな泣き笑いの表情が胸に刺さった。
まって。どこに、いくの。おいてかないで。
必死に伸ばした手は届かなかった。目の前で音を立てて閉まった扉が無情にも龍護の幼い手を阻んだ。
それからずっと、母親は帰ってこない。父親もだ。龍護は開くことのない扉の前でずっと待っていた。帰ってきてくれることを信じて。
だが、
「親なし。お前なんか生きるかちないんだよ。ぼくの親が言ってたぜ。おまえは「罪」のかたまりなんだってな」
そう言われて殴られた。別にこれが初めてじゃないからまたか、と思った程度だ。どうせ助けなど来ない。それならこのまま黙っていた方が早く終わる。
一ヶ月以上経ったが母親はおろか父親も帰ってこなかったため、龍護は親戚に引き取られる事になった。
しかし、親戚一同は例外なく龍護の事を気味悪がっていて近寄ってこなかった。飯は出す。寝床も必要なものも全て買い与える。だが、皆、龍護を腫れ物に触るようにしか扱わなかった。
結果、親戚中をたらい回しにされることになった。先生も他の奴らも俺を気味悪がってる。俺はこの世に必要とされていない。
そう自嘲気味に笑ったときだった。
「どけ」
いっさいの手加減もなしに龍護の上に馬乗りになっていた少年が蹴り飛ばされた。何が起こったか理解が遅れた龍護はぽかんと口を開け、仰向けのままで固まっていた。すると、力任せに襟首を引っ張られて無理矢理立たされる。
「ボケッとしてんな」
横を見ると真っ直ぐな黒い瞳と目が合った。肩口まであるストレートの薄い黒髪が動作につられて揺れる。
見たことがある。一個年下のだったはず。よく帰り道にある十字路で兄を待ってる。変わった奴だとずっと思ってた。
俺を見ると必ず嬉しそうに笑いかけてくるから。
「桜、てかげんしましょうか」
彼女の斜め前から別の少年がやって来て微苦笑を浮かべる。こいつも見たことがある。一つ上のクラスにいる天空 螢斗だ。こいつはよく俺の隣で飯食う。
変わった兄妹だな。
「なんだよ、おまえら」
「はぁ?あんたがなぐられてるからわたしもまざろうかなって。けんかすきなんだよね。それに、いまイライラしてるの」
「まぁ、そんなかんじかな」
蹴り飛ばされた少年が泣きながら去っていく。他の奴らも情けない声を撒き散らしながら逃げて行った。
「・・・なんで、おれなんかをたすけるんだよ」
「なんでって・・・そんないたそうにしてるやつ、ほっとけないだろ」
殴られた頬を拭いながら吐き捨てた俺の頬に手を当てて、そう言ってくれた桜はいつもの眩しい笑顔を浮かべていた。
「そんなかおしてねーよ。おれは「化け物」なんだぞ。こわくないのか」
「「化け物」?どこが?」
手のひらに黒い炎を出現させ、いつになく感情的な声音で叫んだ。
「おれはからだじゅうからこれをだせるんだ!ふつうじゃないんだよ」
ゆらゆらと揺れる黒い炎。これは俺の意思に関係なく感情が昂ぶると勝手に出てきて、抑えが効かない。
これのせいで、俺は•••っ。
「なんでそれだけでふつうじゃないの?からだからひがでるからってあんたはあんたでしょ?あいつらのいうことなんかきかなきゃいいんだよ。それに、きれいじゃん」
「ぼくもそうおもう。くろいひなんてはじめてみたけど・・・すごくきれいだね」
まるで生き物のように動く黒い炎を見つめ、螢斗は優しくほほえんだ。
――――ずっと疎んでたこの力を、綺麗って言ってくれたよな。普通じゃないこの力を見ても、俺は俺だって言ってくれたよな。嬉しかった。
「おれはこのちからでひとをきずつけたんだ。おやにもすてられたんだ。おれは「罪」のかたまりなんだ!」
「なに、それ」
「「罪」のかたまり?」
「そうだ!まわりのおとなはみんなそういう。おれは「罪」のかたまりだって。いきてるかちがないって」
「そんなことない。いきるかちのないひとなんてこのせかいにいないんだよ。みんなこのせかいにうまれてきたからにはぜったいしあわせになれるんだ!」
螢斗が真剣な声で俺の肩を掴みながらそう言ってきた。そして恥ずかしそうに頬をかき「父さんのうけうりなんだけどね」と付け加える。その言葉は何故か心に染み渡っていった。
「それからね」
そう続けた螢斗は俯き、顔をあげた彼の瞳は今まで見たこともないほど鮮やかで、澄んでいて、綺麗な紅玉色に変わっていた。驚きで大きく見開かれた俺の瞳を見返し、彼は言った。
「きみは「化け物」なんかでも「罪」なんかでもないよ。くろいひがでるだけで、ぼくたちとなにもかわらない。おんなじようにわらって、ないて、きずつくこころをもってる。ぼくらとおんなじだよ」
螢斗の言葉に桜はうんうん頷き、避ける間もなく俺の手を握る。久しぶりに感じる人の温もりはとても温かく、包み込むように優しかった。
「そうだよ。わたしはあなたにあえてうれしい。あなたがおやにすてられても、いじめられても、いきてるかち?ないっていわれても、いきていてくれたからわたしはあなたにあえたんだよ。いままでいきててくれてありがとう。これからもいきてもらうよ。わたしのかぞくとして、ね。きょうからあなたは天空 龍護。はい、けってい!」
「かってに・・・きめるなよ」
嬉しさのあまり涙が零れ落ちた。初めて生きててよかったと思えた。桜の両親も天空家の人々も全員俺を気味悪がったり陰口を言ったりしなかった。まるで最初からいたみたいに桜達と一緒に育てられた。
どうして俺は、産まれてきたのだろう
誰にも必要とされないのなら、産まれてこなければよかったのに
桜の兄になってくれ、と言われたときは心底から嬉しかった。俺でいいのかと聞いたときも桜の両親も天空家の人々も「お前だから任せられる。螢斗共々、桜の事を守ってやってくれ」と言ってくれた。どこの馬の骨ともわからない俺に、だ。
桜達に聞いたら桜は満面の笑顔で俺に抱きつき「龍兄がお兄ちゃんになってくれることよりうれしいことはない」そう、言ってくれた。
同じく笑顔だった螢斗は「僕のたいせつな妹にけがさせたらゆるさないからね」と行って俺の胸を叩いてきたっけ。
どうして俺は、ここにいるのだろう
誰からも必要としてもらえないのなら、生きる必要すらないのに
天空家に迎え入れられ、俺はようやく俺を必要としてくれる人達に出会えた。その時俺は初めて生きてて良かったと思えた。この家で生き、この家の人達と暮らしていきたいと産まれて初めて強く望んだ。
どうして俺は、ここまで生きてきたのだろう
それはきっと、彼らと出会う、この日のために
「今度は俺が言う番だ。今まで生きててくれてありがとう。これからも生きてもらうよ。俺らのために」
しゃっくりをあげて泣き出した桜を優しく抱き締める。あの時と同じ、包み込むような温もりが雨に打たれ冷たくなった手のひらに伝わってきた。
ザァー
雨の音が優しい音色に変わった気がした。
見慣れた寮の入り口まで帰ってきたのは、それから数分後のことだった。
上がった息を整えながら指輪をかざして中に入り、エレベーターで七階まで上がると早足に生徒会•執行部員のフロアまで向かう。
七階には生徒会•執行部の他に風紀委員や図書委員のフロアもあり、エレベーターを降りるとすぐに三つの扉に行き当たる。扉の向こうに行くにはその委員の証である腕章を提示するか、呼び鈴を鳴らして中に入れてもらうしかない。
「おう」
生徒会•執行部員の証である腕章をかざし、中に入ると出迎えてくれたのは恭哉だった。
「おかえり、龍護さん。・・・って・・・後ろの桜、寝てる?」
「あぁ・・・・疲れたんだろ。頭と右腕の傷の手当を頼む。熱もある。・・・俺は着替えてくる」
「りょーかい」
龍護の背中から桜を受け取り、ソファーまで運んでいく。傷の具合を遠目から確認した千夏が慌てて救急箱を取りにいく。
桜の体を優しくソファーに横たえると、眦に溜まった涙を払ってやる。何事かとやってきた渚がずぶ濡れの桜を目にして着替えやタオルを取りに2階へ駆け上がって行く。
「着替え持って来たよ。パジャマでいいよね。ほら、男は廊下に出ろ」
半ば放り出す勢いで寄ってきた男子を廊下に追い出す渚は手早く濡れた服を剥ぎ取ると着替えさせ、濡れた服を洗濯機へ持っていく。入れ違いでやってきた真夜が桜のそばに膝をつくと傷の具合を診る。
「うわぁ、これは酷いね。美優に治してもらったほうがいいわね」
「救急箱です!あと、美優ちゃん呼んできました」
『喧嘩で出来た怪我を治す訳ないでしょ。自然に治るのを待つことね。傷跡を完璧になくすくらいならしてあげてもいいわよ』
慌ててやってきた美優の肩に乗っていた猫が主人より先に偉そうに言い放つ。相棒に言い草に美優は困ったように笑いながらも傷口に手をかざす。傷は治さないが、傷の治りが早くなり傷が残らないように異能を流していく。
そんまま何気なくおでこを触ると、尋常ではないほど熱かった。
「熱、出てる」
『治さないわよ』
ポツリと零された言葉に二尾の猫は釘を刺す。真夜はおでこを触り、瞬時に不機嫌そうな顔になる。そしてその顔のまま廊下に声をかける。
「あんたら戻ってきていいけど静かにね」
「桜大丈夫なのか?」
「熱は寝てれば下がるだろうし、傷は美優が診てくれてる」
ある程度癒し終えたそこに千夏が包帯を巻いていき、その間に真夜が熱を測る。妙に手馴れているのは桜達が毎度のように喧嘩をして必ず怪我して帰ってくると千夏と美優が手当てを担当していたるからだ。
「これで全部かな。熱は何度でした?」
「39.9度。だいぶ高いね」
「桜が熱でダウンなんて珍しすぎる・・・」
そんな会話をしながらも綺麗に道具をしまい終えた千夏が使い終わった救急箱を春に押し付ける。反射的に受け取った春は文句を言うことなくぽんと薄茶色の髪を撫でると元の場所に戻しに行く。
その間桜は起きる気配を全く見せず、すーすーと呑気に寝息を立てながら気持ちよさそうに眠っていた。
「無防備な寝顔。ホンット、子供みたい」
つん、と軽く頬を突くと、閉ざされた瞼から涙が滲み出し、零れた。そういえば桜も昔は泣き虫だったんだったな、と脳裏に浮かんだ幼い日々と重ねながら懐かしさに目を細める。
「桜は見かけによらず溜め込むタイプだから、きっとずっとギリギリの所で必死に踏み止まってたんだね。気づいてあげられなくて、ごめん」
溢れた雫を拭うように頬を撫でた真夜の横に膝をつき、ぎゅっと手のひらを両手で握りしめた渚が不安げな面持ちで続く。
「本当に、一人で抱え込み過ぎだよ、桜」
「うん」
「さて、一息ついたとこで夕飯でも食べますか。桜にはお粥作っといてらないと」
手慣れた手つきでエプロンを身につけ、パタパタと台所へ駆けていく。少し遠巻きにその様子を見ていた悠紀は固い表情で桜を見つめていた。
「兄が消えた次の年、両親を含めた大勢の天空家の人を亡くした、か」
立て続けに大切な者達を失った桜の心は崩れる一歩手前だったそうだ。学校には行くが一言も話さず、ニコリともしない。質問されたら答えるが、その声に感情はこもってない。帰りが遅くなることもしばしば。その時は必ずと言っていいほどにどこかしらに怪我をしていた。怪我の手当てをしようとしても逃げて、機械的にご飯を食べ風呂に入り自分の部屋に閉じこもる。
唯一の救いがご飯を食べてくれたことか。最初のうちはご飯も食べなかったのだが、恭哉達の懸命の説得のおかげで食べるようになった。
「正直、あの時の桜は見てらんなかった」
そのときの事を思い出したのか、春が似つかわしくない険しく、辛そうに顔を歪める。その他の人も違いはあれど、悲しそうな顔をしていた。
「僕は、桜の笑顔が好きなんだ。見てるだけで心がポカポカ温かくなる。なのに、あの時の桜に僕は・・・僕は・・・」
絞り出すような声でそこまで紡いだ一夜は今にも溢れそうなほど目尻に涙を溜め、きゅっと唇を噛み締める。小さく震える頭にぽん、と手を置いたのは着替えて戻ってきた龍護だった。彼は微かな笑みを浮かべた。
「その気持ちだけで十分だ」
「・・・めん・・」
「「はっ?」」
寝ていると思っていた桜の声がした。(千夏以外の)全員が桜の顔に視線を向ける。だが、その目は相変わらず閉ざされ、わずかに開いた唇からは寝息が溢れるのみ。
「寝言・・・?起きたわけじゃないみたいだし」
ポツリとなされた誰かの呟きに全員が賛同しかけた時、また声が聞こえた。
「怪力って言って、ごめん・・・・千夏。・・・頼むから、怒んな・・」
「誰が怪力だ!!コ゛ラァッ!」
「それ、禁句・・・」
強張った声で恭哉がそう言うのと、台所から殺気が飛ぶのと同時だった。余程地獄耳なのか、料理中にもかかわらずすっ飛んできた千夏は止める間もなく無防備な病人のお腹に一撃。
仮にも一応病人に向かって容赦の欠片もない。
岩すらも砕きかねない一撃を食らった桜は文字通り跳ね起きた。
「!?!?!いったーいって、・・・あれ・・・・・?頭痛いし腕痛いし腹が滅茶苦茶痛いんですけど・・・。そして、だる」
片手で頭を押さえ、片手を腹にやり、襲いくる痛みと倦怠感に疑問符を飛ばしまくる。状況が飲み込めてないらしい。当然って言えば当然だけど。
しまったという表情のまま固まっていた千夏は何とか平静を取り戻し、ごほんと咳払いを一つ。
「や・・・・やっと起ききたんだぁ~。よよっかったぁ。ダメだぞ〜桜ちゃん、傘も差さずにふらふらしちゃ。千夏ちゃんが許しません」
「噛んでるし」
ボソッと口の中で渚が呟き、聞きつけた千夏がさりげなくその頭を叩く。
いつもと違う千夏の様子に桜は首を傾げ、頬をかく。
「何でどもってるの?しかも微妙にキャラ違う気が・・・ってそんなことよりも」
熱でふらつきながらもきちんと座り、頭を下げる。
「ごめん。言い過ぎた」
「こっちこそごめん。勝手に話したりして」
互いに頭を下げ、微笑み合う。春はうんうんと頷き二人の頭を撫でると締め括る。
「一件落着、だな」
その満足そうな声がおかしくて桜達はまた笑い合った。