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珠巡り  作者: 桜咲 雫紅
一章 兄妹
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八つ当たりはいけません

遅くなってすみません。第十四話、投稿しました。楽しんでください。

ザァー



雨が、降っている。


桜は人気のない路地に立っていた。目の前にはそこらへんにごろごろいそうなチンピラまがいの金髪不良男子が十五名ほどいる。もちろんフレンドリーな雰囲気は皆無(かいむ)だ。


「あの・・・突然なんですか」


ため息混じりに問いが雨音の中に落とされる。ぼりぼりと頭をかいて腰に手を当て、緊張感とかそういう類のものがまったく感じ取れない格好である。


「突然なんですか、じゃねぇよ。お前がわざとぶつかってきたんだろうが」


「あぁ、あれは事故です。ちょっとつまずいちゃって」


考えることも面倒になってきたのでパッと浮かんだ言葉の内容を確認する前に口に出す。金髪不良集団の形相(ぎょうそう)が変わったのでどうやら気に障ってしまったようだ。


まぁ簡単に説明すると、イライラを解消するために委員会のみに許された出入り口を勝手に使って外に出て、たまたまいたこいつらにわざとぶつかったという訳だ。


怒りのあまり黙り込んだ男共を見回し、まだ煽り足りないのかと内心盛大なため息を漏らしながら今度は分かりやすく、はっきりと喧嘩を売る。


「言わせてもらうけど、元々はあんたらが私の歩く道を塞いだのが悪いんだよ。おまけにやかましい声でぎゃーぎゃー騒ぎまくりやがって。ここは動物園じゃねーんだよ。騒ぎたいなら動物園で騒いでろ、猿共」


少しスッキリしたかも、と思いつつこの後に起こる激しい運動に備えて軽く肩を回していると、言いたい放題言われた男達は口々に罵詈雑言を飛ばしながらいっせいに襲い掛かってくる。


待ってましたとばかりに自分からも動き、一番最初に殴りかかってきた男その一の拳を避け、逆に足払いをかけてやるとまともな反応もできず体勢を崩した男は顔面から地面へ突っ込んでいく。

想像がつく末路に目をやる事なく正面に向き直るとにやっと嬉しそうに笑い、歌うように小さく口ずさむ。


「正当防衛成立」


2人同時に襲いかかってきたのを軽業師のように上に飛んで避けるとそばの壁を蹴り、くるりと中空で身を捻ると勢いをつけて2人まとめて一気に蹴り飛ばす。着地するや否や次々に襲い掛かってくる男達の攻撃をかわし、迎え撃つ。


「こっこいつ・・・」


「戦い慣れ・・・してやがる」


「あれ・・・こいつどこかで・・・」


たった一人の女を相手に瞬く間に半数がやられ、男共が一旦ざっと距離を開けると桜はつまらなさそうに雨に濡れた髪をかきあげる。


「もう終わり?もっと楽しませてよ。こちとらちょっとイライラしててさ。解消したいんだよね」


お前のイライラなんぞ知るか、と男共の顔に書いてあるが、声に出す奴はいない。


「怯むな!しょせん女一人。俺らの方が圧倒的に有利だろうが。やっちまえ!!」


誰かの掛け声で威勢を取り戻した男共が再び襲い掛かってくる。全方位から迫る姿に「おぉ」と心底から楽しそうに笑い、ピッと目に垂れてきた雨と汗を払いのける。


「そうこなくっちゃね!」


雨脚がさらに強まり、体から体温が奪われていく。足元が滑りやすくなり最初は軽々避けていた拳や蹴りが(かす)めるようになってくるが、それでも動きは一秒足りとも止まらない。喧嘩をする上で拳や蹴りが(かす)めるのは承知の上。これぐらいで(ひる)んだのは初めて喧嘩した時ぐらいだ。


なかなか息のあった動きで殴りかかってきた男二人の拳をしゃがんでかわし、二人はお互いを殴ってノックアウト。

後ろからナイフを持って突進してきた男を視界の隅に捕らえ、手首目掛けて無理な体勢から蹴りを放つ。少し体勢を崩しつつナイフが下に落ちるか落ちないかのうちに懐に入り、腹に一撃。


「ほらほらどーした。女一人、俺らのがゆーりじゃなかったの?口先だけじゃ勝てないよ」


言ってる間も次々に男共を蹴り飛ばし、力の限りぶん殴る。



――――私達の過去を、話してた。



唐突(とうとつ)によみがえる言葉。


自分の言葉で殴られたような顔をした千夏。


鳴り止まぬ雨音。



今はそれどころではないと頭から締め出そうとすると、襲い来る男共の間に小さな人影が見えた気がした。こんな所になんで、と無意識に目で追いかけていく。


ひゅっと息を吸い込む音がこの乱闘の中でいやに大きく聞こえた。


大きく開かれた瞳に映りこむのは子供の姿。


見覚えがあった。何故なら毎日それによく似た姿を見ているから。


あれは、私だ。時々現れるあの日の自分の幻。私を責め続ける罪の形。


幼いその胸には大きな傷が穿(うが)たれていた。普通なら死んでいるほど深い傷からは絶え間なく血が流れ、病的なほど白すぎる手や服を濡らしている。


少女はその事に気付く様子もなく血で濡れた唇を開く。



――――泣かない。



泣きたいよ。大声で泣き叫びたい。それすらも許されないの。



――――独りでいい。



独りは嫌なの。暗くて寂しくて、寒いから。



――――もう友達なんか、いらない。



誰か、誰か助けて。独りにしないで。



――――私じゃ、守れない。



痛い、痛い。



少女の真っ赤な唇が(つむ)ぐ言の葉の後に、少女の胸からさらなる鮮血が溢れ出す。


体が、心が悲鳴をあげていたのに気づく事なく自分を追い詰め続けていた過去の自分。追い詰めて追い立てて、本当にギリギリまで自分を追い込んだ。


あと一歩で間違いを犯してしまいそうなほどに。


消えろ、と強く念じながら頭を左右に振り、ぐっと唇を噛んで痛みで幻影を消し去る。


強く。強く。今度こそ守れるように。そう誓ったのに結局守れなかった。兄はいなくなり、両親も天空家の人達も死んだ。その度に無力な己をつきつけられ、また傷口が広がっていく。

そうやって積み重なっていった傷はいまだに痛みを訴える。


そして、癒えることのない傷口は忘れることを許さず、痛みは過去の罪を呼び起こす。


傷はもう塞がりかけている。恭哉が、みんなが時間をかけて少しずつ癒してくれた。


だからこの痛みは自分が作り出した幻だと、わかっている。

流れ出す血も、責め苛む声すらも幻覚なのだ。


それでも痛むのは私が自分を責め続けているからに他ならない。


「あまり俺らを、ナメるな」



ガン



「っ・・・」



ポタッポタッ



頭に鈍い痛みが走った。幻ではない、本物の痛みが全身を貫く。


一つ目を瞬き、鈍く痛むそこに手をやって目の前に持ってくると赤く染まっていた。のろのろと目を動かすと左側に鉄パイプを持った男がいた。どうやらこいつがやったらしい。他の男の影になっていて見えなかった。雨による視界の悪さも災いした。


何より唐突(とうとつ)に甦った幻影が桜の足を地に()い止めた。それが致命的だった。


「もういっちょ・・」


「・・・調子にのんなよ。雑魚が」


低く吐き捨てると振り下ろされた鉄パイプを無造作に片手で受ける。肉を打つ、一種湿ったような音がはっきり聞こえた。遅れてやってきた激痛に顔を(ゆが)ませながら鉄パイプを片手で握り、もう片方の手で鉄パイプを握ってる男の手首を掴む。そのまま身をかがめ、男の足を払い投げ飛ばす。綺麗(きれい)に空を飛び頭から着地。


あれは結構痛そうだ。まっ、知ったことではないが。つ~か受け身も取れないのかよ。ダサ。


鉄パイプを受けた右腕がだらんとたれる。もしかしたら骨にひびが入ったかもしれない。物凄く痛い。頭の傷の痛みと共に痛みの二部合唱だ。


だが、その痛みのおかげで頭を埋め尽くしていたモノが頭から抜けた。


それだけで痛みを受けた甲斐がある。


「痛って~。頭切るとか久々だわ。地味に痛いし響くわ〜。お礼と言っちゃあなんだが二十秒で片付けてやんよ。いや、片手だから三十秒かかるか。おっと、利き手じゃないからもう五秒追加しとこうかな」


感情の昂りに呼応するように黒から紅玉色に変わった瞳がすっと細められる。金髪不良の一人が思い出したといった感じで失礼にも人を指差し、叫んだ。


「こっこここいつ・・・・・・あの天空だ。・・・三珠学園中等部最強の女子、天空 桜だ!」


「久しぶりだなぁ、顔知らない奴にフルネーム呼ばれんの」


懐かしそうに遠い目をしながらもずんずんと間合いを詰めていく。彼女の名前に聞き覚えでもあったのか、男共は驚愕(きょうがく)の眼差しで桜を見つめてざわめいていた。


「不良の巣窟、玄武学園中等部の三年をたった一人で全滅させたっていう・・・」


ホントは一人じゃなくて六人でだけどなぁ


玄武学園とは三珠と対立している学園だ。三珠を退学になったり犯罪を犯したりした生徒は例外なく玄武学園(ここ)に送られる。つまり玄武学園も異能者のための学校だ。問題児ばかり集められているので評判は最低最悪の底辺だが。


「んじゃまぁ、やるか」


「「「「すみまでんでしたっ」」」」


素直すぎる謝罪だが、どのみち遅すぎた。


ドカバキボコベキドスゴス以下略。



カラン



「はい、きっかり三十秒。五秒追加しなくてもよかったな」


パンパンと埃を払い、歩き出す。彼女の後ろには男共が山になっていた。全員白目をむいて全身青痣だらけになっている。五、六人骨が逝ってるかもしれないが、命に別状はないだろうと思われる。


「くっそ・・・痛ぇ」


ズキズキと痛みを訴えてくる傷を押さえて顔を(しか)める。雨が傷口に入り痛みを増幅させ、まともな手当てもしていないからか血が止まらず足元が頼りなさげに揺れ始めている。

おまけに右腕は歩く度に痛みの波が押し寄せてくる。


「うっ・・・ざってぇ。これだから雨は」


雨は嫌いだ。


あの日の事を思い出してしまうから。


雨は嫌いだ。


泣かないって決めたのに、泣いてるように感じるから。


雨は嫌いだ。


あの日から一歩も進めてない気がするから。


雨は・・・嫌いだ。


心の奥底でこの「罪」を洗い流してと、願ってしまうから。


「ははっ。馬鹿みたい」


乾いた笑いがもれる。この「罪」は消えることはない。未来永劫(みらいえいごう)私が背負っていくモノだ。


逃げ出さない。目をそらさない。ちゃんと「罪」と向き合って生きていく。そう誓ったんだ。



ズキッ



「って~。あ~そーいえば怪我してたっけ・・?」


妙に間延びした声でポケットを(あさ)る。いい加減どうにかしないとマズそうな気がするのだ。



ザァー



雨が降っている。この音が思い出したくない記憶を呼び起こす。


「帰って謝んなきゃ・・・だよな」


「いい心がけだ」


斜め後ろから聞こえた声の主が濡れそぼった桜の髪をぐしゃぐしゃにかき回す。声で相手がわかり、遠慮なく迷惑そうに目をすがめると傷を髪で隠す。後ろを一瞥(いちべつ)すると予想通りの黒い瞳があった。その目に安堵(あんど)の色が広がる。


「何でここにいんの、龍兄」


「お前が帰ってこねぇから迎えに行け、だと」


ずぶ濡れだな、と顔目掛けてタオルを投げてくる。そういう龍護(りゅうご)もずぶ濡れなのだった。今までずっと探し回っていたのだろう。


ボスっと顔に当たったそれを手で引き剥がすと同時に龍護は桜の頭をむんずと掴む。


「派手にやったな」


「私の勝手でしょ」


「帰るぞ」


無理矢理手を引っ張られ転びそうになり、無言の抗議の視線を龍護に送る。ふっと口端を持ち上げた龍護は珍しく優しく見える笑顔を浮かべ、その視線を受け止める。


「お前が自分を嫌いでも、俺はお前が大切で、お前の事が好きだ」


彼にしては珍しいストレートな言葉に大きく目を見開いて固まる。龍護は硬直した彼女を自分の傘に入れつつ話を続ける。


「お前がずっと自分を責めてんのは知ってる。自分の事許せねぇのも、俺達に「許す」って言われんの望んでねぇのも、わかってる」


そこでいったん言葉を切り、桜を見下ろす。まじまじとこちらを見返して来る瞳は偽りの黒に染まっているが、そこに宿るのは内心の驚きそのままだ。


「許すなんて言うつもり、端からねぇよ」


黒の面積が大きくなる。力が込められた瞳が揺れ、伏せられてしまう。


「許せねぇんだろ?だったら許さなけりゃいい。俺が許すっつっても許さないっつっても意味ねぇだろ。その代わり、俺がお前に特別な言葉を教えてやる」


俯いてる桜の頬に手を当て、顔を上げさせる。そしてゆらゆらと頼りなさげに揺れる瞳を覗き込む。


「生きててくれてありがとう。あの日からずっと、慧斗の事思っててくれてありがとう」


「罪」の意識に負けないくらいその心が強くありますように


出来るならこの言葉が少しでも桜の心の支えになりますように


「弱ぇ俺を守ってくれてありがとう」


お前の心に穿たれた傷を少しでも癒せるように


痛みの記憶がお前をさいなむことがないように


「一人だった俺に声をかけてくれてありがとう。血の繋がりもないのに兄と呼んでくれてありがとう」


心に巣食う後悔に桜の心が呑まれないように


俺がその助けになれますように


「両親に捨てられた俺を助けてくれてありがとう」


今日まで俺が生きてこれたのはお前ら兄弟がいたからだ。


だからこれからは俺がお前らの生きる道標になりたい


「最初に会ったとき、俺を守ってくれてありがとう」


「罪」という名の鎖に引きずられないように、今度は俺がお前を守ってやる


「罪」の苦しみに、辛さに負けないように俺が支えてやる


「・・・」


「ネタ切れなら手、離せよ」


微かに震えた声が力なく訴え、片手が口元を覆う。(まなじり)から堪えきれなかった涙が溢れ出し、雨に混じって頬を伝い落ちると龍護の手を濡らしていく。


「ありがとうっつーのは不思議な言葉だな。少しだけ「罪」の意識が軽くなる。支えになる」


一番最初に会ったとき、俺がいじめられてるのを助けてくれた。見ず知らずの俺のためにいじめっ子共を蹴り飛ばしてくれた。


「初めて会ったとき、お前が俺に言ったんだ」


桜は忘れてるかもしれないが、あの日の事は今でも龍護の心の中に鮮やかに焼きついている。

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