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珠巡り  作者: 桜咲 雫紅
一章 兄妹
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雨の日はイライラしますよね

今回は桜の心境を少しだけ書き出してみました。それと千夏の決意も。

これからどうなっていくか楽しみですね。

一方もう一組の悠紀達はというと。


「なんかイライラするな。さっさとくっつけっての!」


「悠紀、大声出したら聞こえちゃうよ」


側から見てると恋人にしか見えない一連のじゃれ合いに痺れを切らした悠紀が小声で叫ぶという器用なことをして一夜に口を塞がれる。幸い少し距離があったため二人には聞こえなかったらしく、ほっと安堵あんどのため息が漏れる。さっそく文句・・・というか注意を小声で並べる。


「二人に気付かれないようにこっそり覗き見しようって言ったの悠紀だよ。それなのに当人が気付かれそうな大声出しちゃダメだよ。見つかったら高い確率で血祭りにされちゃうよ!恭哉に」


起こり得る事態に体を震わせてみせると、悠紀は決まり悪そうに視線を斜め下に落とし、ポリポリと頬をかく。気持ちはわからないでもない。両思いなのにくっつかないとかなんかまどろっこしい。


だが桜は、自分が誰かに好かれることは絶対ないと思ってるらしい。龍護曰く「大切な者を守れなかった自分が誰かを好きになる資格はないし、誰かに好かれる事も一生ない」と常日頃から思っているらしい。


それから龍護はこうも言っていた「あいつは怖いんだ。自分が大切に思う者だけ消えてしまうことが。自分が大切に思うほど、失いたくないと強く思うほど、まるで砂のように容易くこぼれていってしまうから。・・・もう、自分が大切に思う者を失いたくないんだよ」



――――今のあいつは、大切な者などもういらないと、思っているのかもしれない。



壊れてしまうのなら、最初から求めなければいい。


亡くすことを知っているのだから、最初から大切な者など作らなければ。


失ってしまうのなら、最初から無い方が。



それを聞いたとき不思議に思った。桜は大切な者を要らないと思っているのかと。ならば何故、龍護さんと一緒にいるのだろう。僕には桜が大切な者を求めてるようにしか見えない。



亡くしたからこそ、どれだけ大切だったのかがわかる。


失ったからこそ、いかに温かかったかに気づける。


壊れてしまう脆さをわかっていても、求めずにはいれない。



「桜は自分を責めすぎなんだよ。桜のせいじゃないのに。桜はなにも悪くないのに。ずっと自分を責め続けてる」


ぐっと拳を握り固め、痛みを堪えるような顔で項垂れた一夜の言葉は彼に似つかわしくないくらい、重い。そんな彼を横目におさめた悠紀は何度か瞬きをして口を開いては閉じる事を繰り返すと、遠慮がちに口を開く。


「なぁ。前から気になってたんだけど、お前らの過去に何があったんだ?」


すると、ビクッとまるで叩かれたかのように一夜の肩が強張り、顔に戸惑いが露わになる。困ったように深緑の瞳が宙をさ迷い、桜達のほうへ流れ着き、目に力が入る。それから悠紀の顔に視線を戻し、考えるように瞼が落ちる。


彼の反応を見て悠紀は確信した。やはり彼らには何かがある。自分と渚に出会う前にあったなにかのせいで桜は自分が誰にも好かれず、好きになってはいけないという思いが宿ったのだろう。


「俺が過去を知っても何も変えられないかもしれない」


話し出した悠紀を思い悩んでいた一夜が見上げる。その迷いに揺れる深緑色の瞳を真正面から見つめて一言一言確かめるように言葉をかける。


「だけど、俺は知りたい。お前らの過去に何があったか知った上で力になりたい。俺は、お前らの親友だからさ。もちろん、言いたくなかったら無理強いはしない」


いつも以上に真剣に、より真摯な眼差しを向ける悠紀と視線を合わせ、一夜は横目で桜を見るときつく目を閉じる。


過去を勝手に話されて桜が怒らないはずがないのは長年の付き合いから容易に想像ができる。ああ見えて彼女が本気で怒るとかなり怖い。


だが、悠紀の言い分もわかるのだ。


もし自分が彼の立場だったら、彼と同じ選択をしていただろうからこそ、余計に。


どうするべきか途方に暮れていると、重い決意を秘めた声が鼓膜を震わした。


「いいよ。私が話す」


声のしたほうに目を向けると、千夏が立っていた。揺るぎのない千夏の顔を見て一夜は一歩前に足を進める。


「・・・いいの?この事を桜が知ったら怒らないはずない。それでもいいの?」


「・・・・いい。覚悟はしてる。桜の傷をえぐる行為だってわかってる。だけど・・・私は二人に過去を知った上で桜の友達でいてほしい。それにッ」


そこまでゆっくり話していた彼女は一呼吸置き、自身を奮い立たせるように夕空色の瞳を真っ直ぐ桜に当てる。


「この程度で亀裂が入るようならとっくの昔に親友なんてやめてるよ」


思い返すとキリがないほど桜と千夏は大喧嘩をし、激突し合ってきた。それでもこうして続いているのは最終的には仲直りをしたからに他ならない。それにすがるつもりは毛頭ないが、桜ならわかってくれる。時間はかかるだろうけど。そう千夏は信じている。何より今まで共に過ごしてきた桜を、親友である彼女を、信じている。


辛そうに顔を歪ませながらも薄い夕空色の瞳には一切の迷いの色はなかった。その薄い夕空色の瞳を見て一夜は彼女の覚悟の強さを思い知った。


だったら僕も、覚悟を決めよう。


「そう・・・だね。上にいる真海さんにも聞いてもらおう」


「・・・うん」


ちらっと桜の方を見た千夏の瞳が不安げに揺れ、震えた唇が微かに動く。けれど音を紡ぐことなくきゅっと閉じられる。


階段を登り始めていた一夜もまた足を止め、桜がいる方向へ顔を向け、姿が見えないその人へ心の中で詫びる。


上へ上がった彼らを待っていたのは美優、渚の二人だった。彼女らが腰掛けているベンチに座り、まず口を開いたのは千夏だった。


「じゃあ、話してくね。どこから話せばいいか、正直わからないんだけど・・・」


千夏が大まかに話していき、そこに一夜と美優が補足説明を入れてく。二人は一語一句たりとも聞き漏らすまいと真剣に聞き入つた。


空は今にも泣き出しそうな雲に覆われていた。








「そろそろ帰ろっか。いい加減腹の虫がうっさくて」


お腹が減ったと訴えてくる腹部に手を当て、恭哉を見上げると彼も自分のお腹に手を当てて頷く。


「そだな。もう少しで昼飯が出てくる時間だ。姉貴達置いて帰るか」


「だ・れ・を・置いていくって?」


地を這うような唸り声が後ろから聞こえてきた。ぎしぎし音がしそうなほどぎこちなく振り返るとそこにはにっこり笑顔が不穏な真夜と春、いつものように眠そうな龍護の姿があった。


嫌な予感が物凄くする。硬直している二人の足元でするはずのない声がした。


『今すぐ逃げたほうがよくないか。ここにいたら危険だと思うぞ』


勝手に出てきた不死鳥が状況を察して固まってる二人にそう言う。


二人は猛然と階段に向かい、全力で駆け上がっていく。後ろから「待てやコラ~!!」「逃げられると思ってんのか!」という声と追いかけてくる足音が聞こえる気がしないでもないが、ひたすら無視して走る。


階段を全て上りきると、美優達がいやに真面目な顔で話していた。あちらはこっちには気付いていない。近づいていくにつれ会話が聞こえてくる。それと同時に雨の音も聞こえてきた。いつの間にか振り出していたらしい。


「一緒に落ちて、私達が下を見たとき、慧斗さんの姿はどこにもなかった。これが全て」


彼女らの会話を聞いた瞬間、桜の顔は瞬時に凍りついた。そして考える間もなく体が勝手に動いた。千夏達が座ってるベンチに近づき、短く問い掛ける。


「なに、話してんの」


自分でも意外だった。こんなに低くて感情のこもってない自分のものとはとても思えない声、初めて聞いた。なるほど。私が怒るとこうなんのか、と他人事のように考えていた。実際自分が話しているはずなのに、どこか他人の言葉のように感じていた。


「なに話してんのって聞いてんだよ。さっさと答えろ」


美優達がなにも言わないので桜はもう一度、強い口調で問う。怒りのせいか無意識に握り締めてた拳が微かに震えている。


彼女の感情に呼応こおうするかのように強く降り始めた雨の音がひどく耳障りだった。


まぁ自分だけのじゃないにしても、過去を勝手に話されるのが嫌なのはわかる。それも自分にとって一番辛い過去ならなおさらだ。


「私達の過去を・・・・話してた」


最初に口を開いたのは千夏だ。その声は緊張でかいつもより掠れていた。


予想通りの返答にギリッと奥歯を噛み締め、先ほどよりもさらに低い声で言い放つ。


「勝手に話してんじゃねぇよッ」


さして大声を出したわけでもないのに千夏はごくりと息を呑む。桜の体から抑えててもあふれ出る紅玉色のオーラが薄く視認しにんできた。彼女の怒りの感情に反応しているのか。


怒りでいつもより紅みを増した瞳で五人を順に睨み、ふぃと顔を背けて雨の中傘も差さずに歩き出す。


「桜・・・!」


思わずといったように名前を呼んだが、桜は振り返らずに歩いてく。どんどん強まっていく雨の中、遠ざかっていく背中はこの世の何もかもを拒絶しているように見えた。


「ちょーっとタイミングが悪かったかなー」


続く言葉が見つからず黙って桜を見送っていた千夏の頭上から声が降ってきた。薄いこげ茶の髪がわずかに動くが、彼女は桜が去った方向から目をそらさない。


「雨さえ降ってなきゃあそこまで怒らなかったと思うね。まっ、あいつが怒んのもお前の気持ちもわかるけどさ」


「桜の態度と雨が関係しているのですか?」


事の発端となった自覚のある悠紀が申し訳なさそうにせていた顔を上げる。それに対して「んな気に病むな」と彼の頭に手を伸ばした春が軽くかき混ぜる。


「あいつの兄がいなくなった次の日も、両親と天空家の人達が亡くなった次の日も、雨が降ったんだ。だからあいつは雨の日は怒りやすくなったり、頭の回転が鈍ったり、いつも以上に喧嘩っ早くなったり、自分の世界にトリップしたりしやすくなんだよ。あっ、あと食欲がなくなったり動きが鈍ったりもするな」


大怪我したり大喧嘩したりすんのもほとんど雨の日だし、とどうでもよさげに付け足される。その横で何を思い出したのか恭哉が遠い目をしていた。


覚えがないのか首を傾げていた真夜だったが、重たい空気に嫌気がさしたのか「とにかく」と強引に話に割り込む。


「桜も馬鹿じゃない。言い過ぎたことはわかってるはずだから、明日まで待とう。互いに気持ちを落ち着かせてからもう一度向き合ってみな。じゃないとまた喧嘩になるでしょ」


「そう・・・ですね」


同意を示した美優がちらっと千夏の方を見る。千夏はというと今までの会話を聞いていたのかいないのか、桜が去った方向を食い入るようにじっと見つめ続けている。


「桜・・・」


胸元で拳を握り、小さな声でこの場に居ない者の名を口にする。さきほどの桜の表情が脳裏を過ぎり、続いていつも自分に向けられる温かい微笑が浮かぶ。



――――千夏



「私は・・・」


苦しげに紡がれた言葉の続きは、雨の音にかき消されていった。

私情で更新が遅くなる可能性があります。読者の方には大変申し訳なく思っています。時間が空いたら即更新いたしますので気長にお待ち下さい。

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