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珠巡り  作者: 桜咲 雫紅
三章 兆候
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雷と炎

大変お久しぶりでございます。最近小説を書く機会がめっきり減ってしまっている桜咲ですが、まだ生きております…。

皆様覚えていらっしゃらないと思いますが、これからもちょこちょこ更新していく心算ではありますので、よろしくお願い致します!

一際大きな歓声が沸き、試験開始の声が高らかに響き渡った。


「おい天空」


それらを一切無視し、呼び掛ける声がした。ピクッと桜の肩が反応を示し、抑え切れないほどの喜びに溢れた笑みを口端に乗せる。止めても無意味だと悟ったのか名残惜しさを残して恭哉の指が離れる。


「いいよ。やろっか」


すでに戦闘態勢に入った桜の肢体(したい)を紅玉色のオーラが覆っていく。ふわふわと薄黒色の髪がオーラに煽られ、浮き上がる。対して永瀬の身体をいつもより赤みが増した灰色のオーラが覆っている。


二人は周囲に被害が及ばない程度の距離を取り、各々の武器に手を掛ける。


先手は桜が取った。


ぐっと膝を曲げ、低い位置から瞬く間にトップスピードに乗る。瞬時に間合いを詰め、斜め下から太刀を振り上げようとしている桜の眼前で永瀬が動いた。


磁力で砂鉄を集め、投げ飛ばす。砂鉄が振動し、チェーンソーのようになったそれは瞬く間に間合いに侵入していた桜を迎撃(げいげき)すべく襲い掛かる。うそ臭いほど唐突に標的を変更した紅桜の太刀は勢いを維持したまま砂鉄で作られたチェーンソーを両断する。


「っ」


両断する寸前でバッと砂鉄が散開し、宙を斬った太刀を伝って桜の手へ、さらには全身に纏わりつかんとする。目を閉じた桜の身体から劫火の欠片がこぼれ、ぐわりと音を立てて彼女の身体を取り巻く。砂鉄を消し炭と化した桜は大きく一歩踏み込むと斜め上から斬り下げる。それを半歩下がるだけでかわした永瀬の手が霞む。面積を増した紅玉色の瞳が彼女の手から離れたモノからバチッと火花が散るのを見た。


「げッ」


内心で生じた感情が言葉となって口を飛び出す。太刀の軌跡に添って地に伏せた桜の頬をボールがかする。ボールに添って赤い雫が幾つか宙を舞う。それを無視して死角から再び迫ってきたボールを炎を纏わせた太刀で叩き斬る。


「ふぅ。相変わらずめんどくさい異能だね」


両者とも間合いをあけ、じりじりと半円を描きながら愚痴った桜は頬の傷をなぞる。瞬時に再生の異能が働き、癒えた傷を見た永瀬が盛大に顔をしかめる。


「お互い様。『終焉の劫火』だけでも厄介なのに『再生と死滅』なんて反則的な異能持ってる君には言われたくない」


「攻撃力+多様性に溢れた『電撃』に加え、『武器能力』を持ってる貴女も十分反則だと思うけどッ」


『武器能力』とは、異能者の魂が具象化した武器が元々有している能力のこと。異能とは違い、すべての武器がこの『武器能力』を有しているわけではなく、多重異能者同様滅多にいるものではない。発現条件はわかってないが、遺伝的素因があるという説が有力である。


語尾と共に手のひらの上に劫火で小型の竜巻を作り出した桜は宙に放る。土埃を巻き上げながら突進してくる劫火の竜巻を砂鉄で作り出した竜巻で迎え撃つ。二つの竜巻はぶつかり合い、数秒拮抗した後、爆散する。爆風から顔を庇った永瀬は腕の隙間から砂鉄の竜巻の後ろに潜ませておいた野球ボールを磁力で操り、同じく爆風から目を庇っているであろう桜に向けて飛ばす。


「ちっ」


手ごたえを感じられなかったのか、舌を打ち鳴らす永瀬の眼前で煙が晴れる。煙の向こう側にいた桜の身を劫火が包んでいるのを見て取り、口角をあげ「そうこなくっちゃ」と口を動かす。


見事奇襲を防いだ桜はというと、劫火を消して苦虫を十数匹程噛み潰したような顔をしていた。


常に周囲に撒き散らしている微弱な電磁波で居場所特定、か。喧嘩っ早い性格とは裏腹に意外と芸が細かいよな、この人。


失礼な事を心の中でぼやきつつだらりと太刀を下段に下げたまま走り出す。猛然と疾走する桜目掛けて幾つもの野球ボールが迫る。バチッと火花が爆ぜる音を確かに聞いた。



バンッ



耳のすぐ近くで爆発した野球ボールを劫火で防ぎ、速度を落とすことなく走り続ける。その間も彼女の腕の近くで、足元で、頭上で次々に野球ボールが爆発を起こす。しかし、一つたりとも劫火の盾を破ることは出来ない。


「やっぱこの程度じゃダメか」


どこか楽しげな響きを孕んだ口調で様子を見ていた永瀬はニッと口元に周囲からカッコいいと評判の笑みを刻む。


「これならどうかな」


一体何処に隠し持っていたのかと思わず問い質したくなる量の野球ボールが彼女の背後に現われ、それらが一斉に桜へ向かっていく。ちょっと目を見開いた桜はすぐさま左手を太刀から放し、器用にも走りながら自身の前で人差し指をくるくると円状に回し続ける。


炎盤(えんばん)


人差し指に劫火が灯り、指に添って宙に円を描き、薄い円盤(フリスビー)を作り上げる。それを幾つも作り出すとブーメランのように投げる。火の粉を散らしながら宙を裂く炎盤は野球ボールを次々に撃破していく。


「へぇ。炎ってそんな風に応用できるんだ」


「ん~。今思いつきでやってみた。意外と使えるな、これ」


場違いな感心の声に軽い口調で返した桜は間近に迫ってくる野球ボールを捉え、眉根を寄せる。


失敗する可能性も含めて数を少なめにしたから取りこぼしたか。


次は何を試してみようかと脳内でいろいろ模索していると、炎盤の一つが野球ボールの群れを突破し、とてつもなく嫌そうな顔をしている永瀬へ迫る。


「おい、天空。ちょっと温度下げろ!熱いわ」


「んなこと言われても・・・戦闘中手心加えたら貴女怒るでしょ」


「当然だ!温度だけ下げろ」


「んな無茶な・・・」


服のみを犠牲にして炎盤を避けた永瀬はどんどん上昇していく気温の原因である桜に苦情を述べる。困った風に微苦笑すると数秒思い悩む風情を見せ、彼女の無茶苦茶の要求に応じてほんの少し火の勢いを抑える。


そうしている間にも思いついた攻撃方法を試してみようとする彼女の手のひらでゴウッと音を立てて劫火が渦巻く。棒状に変化した劫火を水平にしたまま無造作に上に放り、前を指差す。


「伸びろ!焔枝(ほむらえ)ッ」


叩きつけるような叱声を浴び、棒状に変化した劫火の先端が伸び、そこから幾つもの棒が分裂すると四方八方に伸びる。それはまさに、炎の木から生える枝の様だった。


焔枝と命名されたそれは野球ボールを一つ残らず貫き、燃やし尽くしてしまった。それだけでは止まらず、どんどん増殖して永瀬をも貫かんと襲い掛かる。


「また鬱陶(うっとう)しいものを作り出しやがって・・・」


語気に嫌さを滲ませつつも、彼女の瞳は実に嬉しそうだった。手のひらに電気を集め、集約するとそれを一気に解放する。いつも聞いている雷鳴など比ではない眩しさと威力、そして轟音が感覚を埋め尽くす。焔枝など一瞬で消し飛び、真っ直ぐ桜を目指す。


ぐしゃぐしゃと苛立ち混じりに髪をかき混ぜた桜は胸中で渦巻いていた感情をそのまま吐露する。


「ああもうッ。こっちがいい手思いついたと思って実行すれば(ことごと)くそれを邪魔しくさってぇッ。だっからこの人とはやりたくなかったんだ!!ながっちの馬鹿ッ!!私の考え読むんじゃねぇぇ!!!」


轟音で相手に聞こえないのをいいことに盛大に悪態をつき、憤然と肩を怒らせながらも無造作に太刀を一閃。炎刃と雷光が中間地点でぶつかり合い、(せめ)ぎ合う。またしても激しい爆発音が鳴り響き、先ほどを倍する土埃とともに爆風が両者を巻き込む。


「うげっ」


「ふん」


土煙がおさまった後、永瀬の前には真っ黒に炭化して抉れ、太い道になった雷光が通った地面。桜の前は永瀬のように真っ黒に炭化していないが、中間地点にはどんな大物を落とすんだと言いたくなるほどふか~い穴パート2が穿(うが)たれていた。


数本の雑草すら残らず炭化して抉れた地面を見、次に深い穴を見やり、最後に永瀬に視線を戻すと相手がなんと答えるかなど聞く前から分かり切っていることをそれでも聞いてみる。


「これ、誰が直す訳?」


「無論、君に決まってる。私に復元能力はないからね」


当然だといわんばかりに腰に手をあて、何故か胸を張って決定事項とばかり言い切る永瀬から視線を外し、桜は深いため息をついた。これ以上ないほど理不尽に感じるのは私だけだろうか。


全身から不平不満を絶賛垂れ流し中の桜を見やり、「ところで」とこちらは不穏な空気を垂れ流す永瀬が指を鳴らす。


「さっきながっちとか馬鹿とか言ってたよね・・・?」


冴え冴えと冷たい口調でいやにゆっくり問い掛ける永瀬に不自然なほど顔を背けた桜は白々しく(うそぶ)いてみせる。


「んなこと言ったっけ?この年で幻聴が聞こえるなんてヤバイんじゃないの?耳鼻科行ったほうがいいよ、永瀬さん」


太刀を仕舞い、両手を広げて(とぼ)けてみせる桜。俯き、黙って彼女の言い分を聞いていた永瀬は言い終わると同時に面を上げ、くわっと赤みを増した灰色の瞳を見開く。


「なるほどなるほど。つまり、私を馬鹿にしている訳だ。――――よし、死刑」


彼女が実に楽しげに断言した途端上空を黒い不吉な雷雲が覆い、ゴロゴロと嫌な音を立てる。まいったな~と言わんばかりの表情で頭をかいた桜は上空(うえ)を眺め、前方から迫ってくる気配を感じ、ニヤッと不敵な笑みを口端に刻み付ける。


「殺れるもんなら、殺ってみろってんだ」


挑発的な彼女の言葉は直後に降ってきた落雷によってかき消された。














グラウンドから大きな歓声が聞こえる。それと、快晴の空の下では決して聞けそうにない落雷の音も。木の上で目を閉じていた彼の眉間が寄せられる。


「・・・るせぇ・・・」


掠れた声が不機嫌な色に染まる。気だるげに体を起こした彼はグラウンドがある方に視線を流す。木々に阻まれて見えないが、この波動は・・・。


「戒、か」


それに螢斗と悠紀、何故か桜と彼女の友人の波動も感じる。この試験が終われば俺達全員終わったことになる。そうなれば姿の見えない自分に気付き、探しに来るだろう。


「・・・戻るか」


ガリガリ頭をかくと座っていた木から何の躊躇(ためら)いもなく飛び降りる。黒い髪と制服が風を受けてひるがえり、難なく着地した彼は乱れた箇所を無造作に整え、髪に絡まった木の葉を取り払い、めんどくさそうにグラウンドへ一歩踏み出した。その時。


「龍・・・護・・・?」


ピタッと彼の動きが止まった。



――――バイバイ。龍護。



昔聞いた声と寸分違わぬ、いや、記憶にあるものより随分と弱々しくなった声が彼の名前を呼んだ。地に縫い止められたかのようにピタリと動きを止めた足。彼の拳が固く握りこまれ、カタカタと小刻みに震え始める。


色を失った唇が動く。


なんで。


言葉は喉の奥で絡まり、音になることなく消える。


「龍護・・・・・・よね・・?」


ざわっと風がざわめき、木々を揺らす。その音をどこか遠くから聞くような感覚に陥りながら彼はただ立ち尽くしていた。
















「結局、一度も私達の攻撃は当たりませんでしたね」


「影に隠れられると攻撃のしようがないからね。それを知っててやる大路さんは相当人が悪いよ」


「だって僕、痛いの嫌いだし」


試験終了直後だというのに口一杯にチョコを頬張り、ぬけぬけとそんなことをのたまった戒の顔に疲労の色は微塵もない。対して螢斗と悠紀の顔からは疲労の色が色濃く漂っている。


この違いはいったいなんだろう。


試験開始と同時に戒は自分の影に潜り、終了までずっと出てこなかった。内容的には合格だが、観戦()てる者にとってもやってる者にとっても面白味がまったくない試験となった。


あれから第二ラウンドを開始した桜と永瀬は結局勝負がつかず、彼女は部活仲間に半ば強制的に引き摺られ、どこかに行ってしまったので桜はお馴染みメンバーの元へ戻って来ていた。


・・・より正確に言えば連行されていく間際に「そこから動くなよ、天空!」とかなんとか喚いていた気がしないでもないが、幻聴だ空耳だと自分に言い聞かせて逃げてきたとも言う。


「お疲れさま。螢兄。悠紀。・・・・・・大路さん」


「ありがと、桜」


「ありがとうございます、桜さん」


「僕はまったく疲れてないけどね」


「それはあなただけですよ。大路先輩」


嘆息して力なく座り込む二人とは対照的に「購買でお菓子買ってくる」と元気一杯に宣言して超速で走り去る戒。その後姿を半ば呆然と見送った悠紀はこめかみを()む。


「試験の後であんなに速く走れるとは・・・・・・。私ももっと鍛錬しなければッ」


「いや、あいつと自分を比べるな。つか比べるだけ無駄だ。あいつはお菓子のこととなると限界を忘れる単なるお菓子馬鹿だ」


同じように戒を見送っていた春が悠紀の呟きを拾い、やめとけとばかりに手を顔を前で振る。


「あのさ・・・大路さんって『リミット』ないの?」


ふと疑問に思ったことをそのまま口にしたようなポツリとした渚の問い掛けに、彼女をよく知る者達は沈黙した。その様子から見て誰も彼女が『リミット』したところを見たことがないらしい。一番付き合いが古いはずの春ですら首を捻っているということは、仕事中でも『リミット』したことがないようだ。


「ないわけはないと思うが・・・。というかあいつ、仕事中でもほとんど異能使わねーんだよ。ほぼ俺の異能だけで片付くしな。あいつは隅っこでチョコ食ってるだけで・・・そう、チョコ食ってるだけ・・・っ。ぁぁあッ!!なんか腹立ってきた!今すぐあいつぶん殴ってきていいか!?」


片方の手で眉間を揉みながら過去をさらっていた春だったが、どの場面を思い出したのかはわからないがだんだんと目が据わっていき、爆発した。ボキゴキと指を鳴らして大路が去って行った方向を殺気立った双眸で睨みつける。止めなければ今すぐにでも有言実行しそうな雰囲気だ。


「って春兄!いつ来たの!?」


渚が口にした事に対して螢斗と話し合っていた桜が春の声に反応し、驚きに目をむく。純粋に驚きをぶつけられ、幾分か苛立ちが薄れた顔で振り返った春はにやっと悪巧みを思いついた子供のような顔をする。


「ついさっき来たんだよ。ま・さ・か・気付いてなかったなんてことないよなぁ。いくら敵の気配がなくて殺気が感じられないからって気ィ抜きすぎじゃん?さ~くらちゃん」


言い返せずぐっと言葉に詰まる桜。図星なので何も言えない。悔しそうに下を向く桜にさらに追い討ちをかけようと口を開いた春ははたっとあることに気付いてぐるりと周囲を見回す。


「龍がいない・・・」


彼の言葉にその場にいた全員が一斉に左右を見る。本当だ。どこにも龍護の姿が見当たらない。ということは、


「「「寝て((るな)ますね)」」」


異口同音で述べる一同。多少の差はあれど、そのどれもに諦めが混じっている。


「こういうときの龍兄って気配断つの上手いよね」


「だな」


感嘆混じりの桜に同意する恭哉。昔から龍護が眠い時にかくれんぼをするとなかなか見つけられなかった。そのことを身を持って知っている幼馴染たちは一様に遠い目になる。一度など暗くなっても見つけられず、途方に暮れた日もあった。


そんな時は必ず桜か螢斗の二人が龍護を見つけ出し、事なきを得てる。


「よし。ちょっくら龍兄探しに行ってくる。螢兄は森の方お願い」


「わかった。俺達で探すから皆はここにいて」


校舎の方へ駆けていく桜に返事をし、螢斗は森の方へ向かう。他のメンバーは螢斗の言うとおりに腰を落ち着け、雑談を開始する。ただ一人、恭哉だけが桜の後姿を黙然と見送っていた。

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