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珠巡り  作者: 桜咲 雫紅
三章 兆候
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二人の試験

大変お久しぶりです。皆さま覚えておりますか?

引っ越しや転職などで死にかけた桜咲です。

バタバタしているうちに何を書きたかったのか迷子になっておりましたが、またちゃこちょこ書いていこうかなと思っています!


それではどうぞお楽しみください。

今までの遅れを取り戻す勢いで干渉・間接系試験はどんどん進み、ついに桜と優稀が手伝いをする番になった。相手は何の偶然か一夜だった。

彼は緊張で体を震わせながらも試験場所であるグラウンドに立っている。その正面にはる気満々の桜と彼女にじゃれ付いてる優稀がスタンバイしていた。


「うっし。しょっぱなからガンッガン飛ばすからな。ちゃんと防げよ」


太刀の柄に手をかけてそう宣言すると、一夜も慌てて武器を出し、緊張からか強張りまくってる声で答える。


「おっ、おおおおおお手柔らかにぃぃぃ~」


「頑張って・・・。桜」


「試験開始」


先手は優稀がとった。紙と色鉛筆をどこからともなく取り出すと流れるような動作で瞬く間に絵を描いていく。


「ガッ、『ガソリン津波』!」


裏返った声と共に紙から大量のガソリンが津波となって流れ出してきた。独特の臭いが漂い、あっという間に周囲を満たしていく。


彼女の異能は『絵画』。書いたものが具現化する異能である。事細かに書けばより細部まで同じのものが具象化される非常に便利な能力である。


「うわぁあぁっ」


押し寄せてくる大量のガソリンを見て一夜が情けない悲鳴をあげる。ここに桜の劫火が加わろうものならガソリンに引火して大変なことになるのが目に見えているからだ。あたふたと意味のない動きをした後、碧に引っ叩かれて我に帰るとら頭を振って自らを(ふる)い立たせるように叫ぶ。


「草木よ」


雑草一つ生えてなかったグラウンドに青々とした双葉がぴょこんと顔を出す。それにつられるようにあちこちから双葉が芽を出し、どんどん成長していく。ものの数秒で巨大な樹木が立ち並び、グラウンドが草で覆われる。


「私がガソリンに引火して終了、な〜んて、クソつまんない戦いする訳ないでしょ」


その間に駆け出していた桜が実に楽しそうに笑いながら太刀を抜く。紅桜の刀身が主人の戦意を感じ取り、一際大きな輝きを放つ。


「行くぞ。紅花!優稀」


『はい。桜さん』「うん!」


二人の返事を待たず、すでに一夜の間合いに突入ししていた桜は低い位置から斜め上へと振り上げる。一夜はそれを戟の柄で受け、そのまま振り下ろす。


「『桜の盾』!」


さらさらと絵を描いていた優稀の声と同時に桜を守るように桜の形をした盾が出現し、刃を防ぐ。その間に紅花がガソリンの中心に立ち、遠吠えをする。


それが合図だ。


「『土の守護壁』」


鍔迫り合っていた桜が力任せに戟を弾き返し、優稀の傍まで後退すると彼女らの前方で土が盛り上がり、U字型の守護壁を作り出す。土の守護壁が完成すると、見計らったかのような絶妙なタイミングで爆発音がはじける。


「碧!」


『了解』


草木が爆発的な勢いで増殖していき、炎が広がらないように草木の檻となる。草木が燃える臭いが土の守護壁に守られている桜達の元まで流れてくる。その臭いを思いっきり嗅いでしまったらしい紅花が鼻を押さえて伏せの格好になる。


「どした?」


『この臭い、苦手です・・・』


「優稀。頼めるかな?」


両前足で鼻を擦るというなんとも可愛らしい仕草をしている紅花の頭を撫でながら優稀に目を向けると、彼女は大きく頷いてくれた。


「桜の頼みなら喜んで」


さらさらさら。流麗な動きで絵を描いていく。完成まで一分とかからないのに、とても上手い。


「『小さな竜巻』」


紙に描かれた手のひらサイズの小型の竜巻が飛び出し、臭いを吹き飛ばしていく。紅花はほっとしたように鼻を離す。その様子を見た桜が優稀の頭に手を置き「ありがとな。優稀。助かった」と言うと、彼女は喜色満面の笑みで桜に抱きつく。


「うぉっ。こら、離れろ!戦闘中だっつの」


「桜大好き!!」


しばらくじたばた暴れていたが、無駄だと思ったのか抵抗をやめ、あらぬ方に劫火の蛇を放つ。炎蛇(えんじゃ)は火の海を無傷で抜けた一夜を食らおうとあぎとをあける。身構えた彼の正面に碧が立ち塞がり、咆哮ほうこうでかき消す。


「へぇ」


いつもの彼とは違う迷いのない真っ直ぐな眼差しを受け、桜の口元に不敵な笑みが刻まれる。それを見上げた優稀が両手を胸の前で組み、「桜。カッコいい・・・」とうっとりしている。


「いい度胸だね。だけど、勝つのは私だ」


「負けないっ」


二人の武器がぶつかり合う。返す手で戟が桜の喉元を、太刀が一夜の心臓を狙う。


「そこまで!」


今まさに急所に突き刺さる寸前だった深緑と紅桜の閃光は、終了の声と同時に嘘くさいほどビタリと止まる。戟は桜の喉元、太刀は一夜の胸元まで髪一筋という狭間を残して止まった。止めた。


「ちっ。もうしまいかよ。つっまんねーの」


「しっ、しっ、死ぬかと思った・・・」


キン、と澄んだ音を立てて太刀を鞘に収めた桜は顔同様つまらなさそうに不満と舌打ちをもらす。対して一夜は地面に座り込み、ガクガク震えている。対極すぎる光景に、約一名(恭哉)が爆笑。


「チョーカッコよかったよ。さすが私の桜」


「私は誰のものでもないけどな。お疲れ、優稀」


抱き着いてきた優稀の頭を軽くパフパフ叩きながら労う。それだけで彼女の顔面に笑みが広がる。


「次は恭哉と永瀬の番だよ。頑張って」


立ち上がりかけた恭哉の前に拳を突き出すと、彼はニヤッと口角をあげて己の拳をぶつける。


「おう」


早くも物騒な凶器(ボール)を手に試験場に仁王立ちしている威圧感垂れ流しの永瀬から不自然にならない程度に離れてる渚にも一声をかけるが、「うるさい」と氷のような眼差しで睨まれた。慣れているので「ひで~」と返すだけに留める。あまりやりすぎると水の槍が飛んで来る。


意外と短気なのだ。彼女は。


「試験開始」


開始の声と共に永瀬の手が動いた。手がかすんで見える速度で投げられたボールはゴルフボール程度の大きさに変わり、渚に突進する。


彼女の反応も速かった。


開始の合図が出るや否や素早く自分の周囲に目視不可の薄い水の膜を張り、ボールが膜に触れた瞬間、三叉槍を向ける。三叉槍の真ん中の槍がボールを貫通し、そこらに打ち捨てる。


「いきなりすぎなのでは?」


「いいねぇ。少しは楽しめそうじゃんか」


赤みがかった灰色の瞳が好戦的に輝き、彼女の身体を灰色の雷光が覆っていく。今ので戦る気に火がついたらしい。一人遅れを取った恭哉は火花を散らして睨み合う二人を見、次に試験を見てる桜に目をやり、目が合うと苦笑してみせる。


「天空 恭哉!サボるな」


「ヘイヘイ」


叱声が跳び、気のない返事を返すと炎を放つ。適当に放った炎はあっさり渚の異能にかき消され、お返しがきた。


「めんどくさ」


気だるげに片手を上げて水の槍を一瞬で蒸発させる。水蒸気が生まれ、視界を白く染め上げる。


「次のはかわせるかな」


蒸気をつき抜け、バレーボール程度の大きさの武器が渚に迫る。それをかすられながらギリギリで避けた渚は二人を水で作った丸い檻に閉じ込める。もちろん中は水で一杯。呼吸はおろか、脱出も難しい。


檻に閉じ込められた彼女の口角がわずかに上がる。それを見た渚の眉が寄り、はっと目を見開くと自身を水で囲う。水が完全に渚の体を覆う一瞬前に二つに分裂して戻ってきたボールが激突する。硬い物が水に落ちた時のように派手な水飛沫が上がる。


綺麗な球体だった檻が小揺るぎする。それを見逃さず恭哉の体から炎が爆発し、その余波が永瀬の檻をも壊す。


脱出した二人は数回咳き込み、酸素を求めて(あえ)ぐ。


「あ・・・危なかった・・・」


水飛沫の中からふらりと少しよろめきつつ出てきた渚の右腕には、何かに打たれたような赤い痕ができていた。防御がタッチの差で間に合わなかったのだ。それでもボールの軌道を読み切り、最小限の被害で済むように体とボールの間に薄い膜を張る判断力。そして必要な異能を一気に練り上げ、正確な位置に膜を作り出す冷静さ。この程度で済んだのは彼女だからだろう。


もし桜だったら無造作に右腕でボールを受け、盛大に骨が折れていたことだろう。だが、彼女の場合はそれを無視して動ける精神力と瞬時に治せる異能がある。


右腕にできた赤い痕を水で覆って冷やす渚の正面には息を整えつつ何かをひそひそ話してる永瀬と恭哉があった。


「しくじったら殺すから」


「・・・イエッサー」


殺人予告を受け、恭哉の口元がひくっと引き()る。絶対失敗できない。つか背後からの殺気(プレッシャー)半端ねぇ。しくじったが最後、瞬殺される。まぁ退くタイミングを逸すればどっちみち重傷負うこと間違いないがな。


って言うかさ、あれ?俺の相手ってどっちだっけ?と思わず確認したくなった。


「やんぞ。紗炎。ミスんなよ。俺らの命にかかわる」


『・・・わかった』


恭哉が右、紗炎が左に分かれる。青玉色の瞳がそれを見て動く。


挟み撃ち、とか?


三叉槍を回転させ、自身の体を水で包む。紅い太刀が水の膜を切り裂かんと振り下ろされたが、水の膜は少したわみ、太刀をはじき返す。


「このままじゃさすがに、無理か」


彼の呟きに反応したように紅い刀身に炎が灯る。大きく太刀を振り切ると、炎刃が紅い軌跡に添って飛び出し、グラウンドを抉りながら水の膜に包まれてる渚に向かう。それとタイミングを合わせて紗炎が水の膜に飛び掛る。


「美波」


渚の声に応える鳴き声が彼女の背後から発せられる。現れた川獺(カワウソ)は紗炎の横っ腹に噛みつく。紗炎を美波に任せ、自分は巨大な炎刃に意識を絞る。


威力に逆らわず、包み込むように――――。


炎刃が水の膜にぶつかる。膜が渚に当たる一歩手前までたわむ。その光景が脳に届いているはずなのに青玉色の瞳は少しも揺るがない。


この威力に更なる力を加え、


「はぁ!」


はね返す。


自分が放った時より速度も威力も上がった炎刃が恭哉へと一直線にはね返る。だが恭哉はそれを見てない。ではどこを見ているのかと目線を辿ると、永瀬にたどり着いた。


まだか・・・。


と、赤みがかった灰色の瞳が真っ直ぐ恭哉を射抜く。


よし。


「紗炎!」


美波と取っ組み合っていた紗炎は恭哉の声で美波を振り払うと主人の元へ戻る。恭哉は跳ね返ってきた炎刃を打ち砕くと渚から大きく距離を取る。同時に渚の足元が光る。


「ッ!!!」


青玉色の瞳が大きく見開かれる。彼女の足元の地面が一際大きく光り、派手な音を立てて爆発する。土煙があがり、観客席をも巻き込む。


「派手すぎっしょ」


もうもうと立ち上る土煙を異能で遮りながら髪をかきあげる恭哉に、歩み寄ってきた永瀬が鋭い睨みをくれる。


「なんか文句ある?」


「別に文句はねーけどさ」


土煙の隙間から時折覗く爆発地点を眺め、茶色い髪を無造作にかきあげた恭哉は苦笑いを浮かべる


「あれ、元に戻すの大変だなって思ってさ」


彼の言うあれとは、どんな大物を落とす穴かと言いたくなるほど深く(えぐ)れたグラウンドのことだ。大の大人なら余裕で二十人ぐらいは入れるだろう。


「天空にやらせる」


本人に聞きもしないでさも決定事項の如く言うのはどうかと思う。そう指摘すると、永瀬は最高に爽やかな笑顔でこう言い放った。


「あいつに拒否権はない」


そういう問題ではないと思う。


「・・・・・・・・・そっスか」


心の中で深く桜に同情する。会話をしているうちに土煙が完全に晴れ、青玉色の防御壁があらわになった。そのタイミングで「試験終了」の声がかかる。


「ギリギリ・・・間に合った・・・」


さすがの渚も肝を冷やしたのかふぅ、と安堵の息を吐く。それが合図だったように彼女を覆っていた防御壁が消える。咄嗟(とっさ)に顔を(かば)った両腕に軽い火傷を負った以外に特に目立つ外傷はない。


「よく防げたな。完全に不意ついたと思ったのに」


次の人と交代しつつ声をかけてきた恭哉に渚は疲れ切った面持ちで種を明かす。


「ほとんど勘だよ。君が距離をあけるのを見て何かあるなって思ったから感知系の水を三百六十度に展開したんだ。そしたら私の真下の地中にボールが埋まってるのを感じ取ったから美波に頼んで防御壁を強化してもらって防いだ。誰が地中に埋めたの?」


「永瀬の相棒のドラゴン」


会話が終わったところで桜達の元へ着き、二人は腰を下ろす。永瀬はすでに座って冬茜と口喧嘩をしている。とことん合わないらしい。これが犬猿の仲、というものか。いや。むしろ喧嘩するほど仲が良いってことかな。


「で、なんで永瀬は異能使わなかったわけ?」


戻ってきた永瀬にボソリと囁きかけると、彼女は目だけを動かして桜を見た。


「私と真海さんの異能は相性が最悪だからだけど?それ以外に理由が要る?」


暗にこれ以上は聞くなと言ってくる永瀬にふっと小さく笑い、「そうか」と短く返すだけに止めた。


彼女は自分の異能が周囲に及ぼす影響を十分熟知している。それと、渚のことを考えたのだろう。相性の良し悪しはそのまま怪我の有無にも繋がる。


「次は大路さんの番か」


楽しみでもあった人の番になり、桜の瞳が楽しそうに輝く。大路の異能を見る機会は滅多にない。それを見れるのが単純に嬉しいのだろう。


自分を見ないその瞳にムッとした恭哉はその手に指を絡める。するとそれに気づいた桜は恥ずかしそうにしながらも振り払うことはせず、絡め返してきた。

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