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珠巡り  作者: 桜咲 雫紅
三章 兆候
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殺意の向かう先

またまた日にちが空いてしまいました。恒例のような挨拶になってしまっておりますが、皆さま覚えておりますでしょうか?

だんだんと涼しくなってきておりますので、体調にはお気をつけください。

この小説内はほぼ時間が進んでおりませんが…

それではどうぞお楽しみください。

陽光を受けて眩しく輝くのは金髪。


男にしては群を抜いて低い背。濃紫の瞳。


まくったワイシャツにだらしなく緩められたネクタイ。右手首には濃紫のガラスの破片のようなまのがついたブレスレットと別のチェーンに通されたランクは『A』の指輪。額には薄紫のバンダナが巻いてある。


「五十嵐 時雨」


軽快な足取りで二人の間に割って入った彼はおそらく「はい。ストック。楽しくやりやしょうよ」的なことを言ったのだろう。二人はギロッと射殺できそうな眼光で五十嵐を睨み、「「ストックじゃねぇ!ストップだ!!」」と声を揃えて怒鳴り、彼を豪快に殴り飛ばす。五十嵐は綺麗に空を飛び、数メートル先の地面にあえなく潰えた。哀れな。


「バカじゃなくて大バカだな、あれは」


「人ってよく飛ぶもんなんだなぁ」


そのやられようを見て桜が冷笑を浮かべ、螢斗が感心したように五十嵐といまだに舌戦を繰り広げてる二人を交互に見やる。


「お~ぉ。派手にやられちゃって」


聞き覚えのある声にはっと身構えると、潰えた五十嵐の傍に見覚えのある顔が四つあった。藍澤 聖、山下 大地。飛天 深雪。山岸 那実。“隻眼の堕天使ワンイヤー・フォールン・エンジェル”だ。先ほどの声の主は山下だと思う。


「大地」


「お任せを」


冷たい目で五十嵐を見下ろしながら山下の名を呼ぶ聖に、名を呼ばれた山下はにっこり黒い笑みを返し、文字通り五十嵐を叩き起こす。時々嫌な音が聞こえる気もするが、そこは気にしない方向で。


「大地さん!それに聖さん達まで・・・。どうしたんスか?」


パチパチと目を瞬いて四人を順に見る五十嵐。大地は摑んでいた五十嵐の胸倉を離し、ため息をついてみせる。


「どうしたもこうしたもない。ちょっと目を離した隙にふらふらと勝手に動くなと何度言わせればわかる。お前のその耳は飾りか何かか?」


ゴンッと五十嵐の脳天に拳骨を落とすと、彼は「いって~」と殴られた箇所を押さえてうずくまる。それを退屈そうに眺めていた山岸が「ぶっざま~」とあからさまな嘲りを含んだ声を投げる。


「おや。これはこれは」


そこでようやくこのやり取りを見ていた桜達に気付き、聖はしっかり向き直り、軽く会釈(えしゃく)してみせる。


「天空家現当主のお二方がいたとはね。お久しぶりですね」


「できれば一生会いたくなかったけどね」


「俺もだ。けど・・・」


続く言葉を呑みこんだ螢斗が飛天に焦点を合わせる。彼女もじっと螢斗を見つめている。二つの視線が空中で交差する。飛天の顔が苦しげに歪み、螢斗が唇を噛み締めて俯く。


一連の動作を見ていた桜は訝しげに首を傾げる。螢兄とあの飛天って人、知り合いなのかな。同じ仲間だった時仲良かったとか?


「学園での戦闘は禁じられてはいるが・・・やるか?」


「あんた達次第だ」


腰に()いた太刀の柄に手をかけながら相手(ひじり)の返答を待つ。聖は数秒間彼の返答次第では即座に抜刀(ばっとう)して彼に斬りかかるという意志をみなぎらせている桜を見つめ、くはっ、と我慢できないように吹き出すと口元を押さえて笑い出す。


「何がおかしい!ぶっ飛ばすぞ」


突然笑い出した聖に猛然と噛み付く。まじまじと自分を見つめられた後笑われたら誰でもいい気はしないだろう。


そんな桜の様子などまったく歯牙にもかけず聖は笑い続けている。意外と笑い上戸らしい。笑いのツボが普通とズレている気がするが。隣に立つ螢斗は俯いたまま何の反応も示さない。笑う聖にムッとしたが、黙り込んでしまった兄の様子の方が気になる。


声をかけようと口を開くと、その前に別の声が話しかけてきた。


「こうなると長いね。待ってる間暇だからさ、俺とイイコトしない?桜ちゃん。優しくするよ」


「いいこと?優しくするって何を?」


「耳貸さないほうがいいッスよ。この人100度のヘンタイッスから」


「・・・・・・は?」


耳がおかしくなったのだろうか。今、よくわからない単語が彼の口から飛び出した気がするのだが。


「だ~から、大地さんは百度のヘンタイなんスよ。いや、1000度ぐらいいきますかね」


「・・・・・・」


再び聞こえた単語に桜は自分の聞き間違いではなかったことを知った。別に知りたくなかったし出来れば今すぐその口を閉じてほしいむしろ私自らが閉じてやりたい。


「俺は温度か!」


自信満々の顔とこの世の常識を語るが如く口調で断言する馬鹿。訂正。五十嵐(バカ)。明らかに間違っているのにそこまで自信たっぷりに言い切れることに逆に感心する。


スパーンと小気味いい音を立てて五十嵐(バカ)の頭を叩いて的確な突っ込みを入れた大地に内心拍手を送っていると、叩かれた五十嵐(バカ)が彼の質問に胸を張って答えた。


「違いますよ。大地さんが温度なわけないじゃないッスか!」


「お・・・おぉ・・・。ったりめーだろうが」


大真面目な顔でそう言い返され、勢いに押されながら大地は頷いてみせる。


では、先程の単語はいったいなんだったのだろうか。


「よく言うじゃないッスか。10度のヘンタイとか。けど大地さんのヘンタイ度は十ぐらいじゃおさまらないんで、1000度にしてみたんス」


「・・・・・・」


もう漢字の間違いどころではない。まず、その考えの根元から間違っている気がするのはおそらく私だけではないだろう。その証拠に呆れを通り越して哀れみの眼差しを五十嵐に向ける大地の姿があった。もう訂正する気も起きないらしい。


「大間違い。救いようのない馬鹿野郎だな。誰かこの大馬鹿に一から日本語教えてやって」


代わりというわけでないだろうが、山岸の容赦ない指摘に五十嵐(バカ)は「ひどいッス。二回もバカって言わないでほしいッス」と彼女に詰め寄っている。当の山岸はその抗議に眉一つ動かさず、「近寄んな。|五十嵐 時雨(大バカ)がうつる」と冷たく返す。


そこらでやっと聖の笑い声が収まり、彼はふぅ、と息をつく。まだ口元が笑みの形になっているが、とりあえず発作はおさまったらしい。


「いや~。久々にスゲー笑ったな。くははっ」


思い出し笑いをしながら髪をくしゃくしゃにかき回す。どんな返事が返ってくるのかと警戒していると、彼は躊躇(ちゅうちょ)なく背を向けた。


「今回はやめておこう。このまま()ったらまた吹き出しそうだ」


あまりの(いさぎよ)さに呆気に取られる。が、すぐに正気に戻り慌てて呼び止める。


「ちょっと待て」


肩越しに振り返った聖の瞳を睨み、ずっと聞きたくてたまらなかったことを口にする。


「天空 大斗を・・・私の父さんを殺したのは、本当にあんたか?」


荒れ狂う感情を完全に押さえつけて平淡な語気で問う。紅玉色の瞳は返答次第で即刻ぶった斬る、と雄弁に語っており、強い意志が全身から滲み出ている。聖はゆるゆると口角をあげ、笑みの形を作る。


「そうだと言ったら?」


「斬る」


一切の躊躇ためらいなく言い切ったその体から抑えていた殺気が爆発する。刺すように激しく、本気の殺意がこもっているそれを直に感じながらも聖の笑みは大きくなっていく。


痛いほどの沈黙が両者の間に流れる。その空気を破ったのは聖の返答だった。


「俺は殺してない。俺がああ言ったのは、お前の本気が見たかったからだ」


ヘタに挑発するよりあの方が手っ取り早い、とあっけらかんとした態度で付け足す。その答えに殺気が完全に収まる。あまりの唐突さに聖が目を瞬くと、桜は肩をすくめる。


「だろうね。年齢的にも、異能でも武術でもあんたに父さんが殺せるはずはない。万に一つ父さんを(たお)せても母さんまでも殺すのは不可能だ」


はっきりと断言され、いささか、いや、かなり面白くない聖は渋面(じゅうめん)になる。なるだけでなく、声までも苦々しくなる。


最初(はな)っから信じてなかったってことか」


「そうじゃないけど、冷静に考えれば天空家当主の中で歴代最高の強さを誇った父さんがそう簡単に殺られるはずない」


その顔にあるのは絶対の自信。歴代最強と称され、常に最強を名乗り続けた父の背を見続けていた桜だからこそ言える言葉。彼女の表情が昔の自分を彷彿ほうふつさせた。


「お前の父親に対する敬意を汲み、情報を与えよう。そのとおりだ。あの日天空家本家を襲ったのは“漆黒の番犬”だ」


「“漆黒の番犬”・・・」


その組織名を口の中で繰り返し、桜はギリッと歯軋りする。すぐに思い浮かんだのは九頭龍 海夢の顔。


あいつが・・・。


抑えきれない怒りと殺気が相まって風のように吹き抜けていく錯覚を覚える。砂塵(さじん)が舞い、木々が揺れる。


桜から滲み出る殺気に心地よさそうに目を細め聖は人差し指を立てる。


「もう一つ情報をくれてやる。“漆黒の番犬”の中でもタカ派の奴らがやったと聞いている。リーダーはデス・ローブ。死の衣」


死の衣デス・ローブ、と口の中で繰り返す。私の両親と、天空家の人達かぞくを殺した者の名。


「有効に使いな」


「あぁ」


隣の螢斗はその頃になってようやく顔をあげ、飛天に焦点を合わせる。彼女は悲しげな瞳で螢斗の視線を受け止め、何か言いたげに唇を震わせる。


「螢兄?」


兄の拳が小刻みに震えているのが視界の隅に映る。思わず兄の名を呼ぶと、彼ははっと我に返り、「大丈夫」と薄く笑みを浮かべる。そして何気ない仕草で指を動かす。


それを見た飛天の瞳が大きく見開かれた。


「行こう。桜」


「いいの?あの人は・・・」


「いい。元気なら、それで」


自分に言い聞かせるような螢斗の言葉にもう何も言ってはいけない気がした桜は口を(つぐ)む。最後に一度だけ振り返ると、両手で口元を覆って立ち尽くす飛天の姿があった。


その姿が、妙に心に突き刺さった。
















ピクッ


柱に背を預け、肩に身の丈ほどはあろう(くら)い大太刀を立て掛けていた彼の瞼が動いた。ゆるゆるとその瞼が開き、深淵のように冥き(まなこ)が現れる。


「どうした?(せん)


酒瓶から直接酒を(あお)っていた筋骨隆々とした上半身裸の男が彼の変化に気付き、声をかける。彼、斬と呼ばれた青年は口角をつり上げる。それだけで血が凍るような印象を他者に与えた。


「おもしれぇ奴がいる」


「ほーぉ。オメーがおもしろいと言うたぁ興味あんな。どんな奴だ?」


「さぁな。楽しくなりそうだ」


近くに置いてある酒を一気に呷り、斬は大太刀の鞘を手に立ち上がる。服は現代にそぐわない黒い着流しで帯も黒、おまけに目も髪も黒いので全身漆黒で統一されている。


「目的地は?」


「三珠学園へ向かう」


にぃ、と口端をつり上げた斬は冥い瞳で窓の外を見据える。まるでその先にいる何かを捉えるかのように。


窓の外に広がるのは断崖絶壁の崖。落ちればまず命はないだろう。たとえ一般人でなくとも。


「寝起きの運動にゃちょうどいい人数だな」



バン



何の前触れもなく扉が壊され、漆黒のローブで全身を覆った者が次々に雪崩れ込んできた。その者たちはあっという間に部屋の中にいた青年と男を取り囲み、各々の武器を構える。


「見つけましたよ、死の眼(デス・アイ)死の衣デス・ローブ様がお待ちです。お戻りになってください」


「あ?何寝ぼけてんだ」


窓の外に流していた目を戻し、漆黒のローブの集団を睥睨(へいげい)する。刺すように激しい殺気に集団の幾人かはゴクッとつばを飲む。


「俺は貴様らとツルむ気はねぇっつっただろ。前の刺客(やつら)から聞かなかったのか?・・・あぁ。俺が全員殺っちまったんだったな。ククク」


「そうですか。それがあなたの答えですか。――――ならば死ね!」


漆黒のローブがはためき、それぞれの武器が一斉に斬を襲う。斬はまだ抜刀すらしていない。


瞬間。


「な・・・に・・・」「ばか・・・な」


「誰が死ぬだと・・・?」


斬が動いた。


冥い大太刀を抜き放ち振るう。無茶苦茶に振ってるようにしか見えないのに刺客は皆一撃で(たお)されてる。何よりも速過ぎて太刀筋が見えない。


派手な血飛沫が舞い、鮮やかな鮮血がそこら中に色をつける。その中で冥き眼の死神が大太刀を振るい、確実に刺客を仕留めていく。


「死ぬのは、てめえらだろーがよぉ。あっはは」


「相変わらず愉しそうに人を斬りやがるな」


最初の位置から一ミリたりとも動いていない男は斬の表情(かお)を見て湧き上がる衝動を抑える。斬は笑っていた。愉しくて愉しくてたまらない、と嫌でも伝わってくる、そんな表情で。


ビシャッと斬の腕に返り血がつく。それをペロッと舐め、ニヤッと赤い血のついた唇を歪める。


「次、来い」


「くっ・・・」


一分も経たないうちに半数以下になってしまった刺客達はザザッと後ろに下がる。そのころになってようやく男が腰をあげた。


「おい。俺にも少しは寄越せ。オメーばっかで楽しんでんじゃねーよ」


「あん?俺様の獲物に手ェ出すな。テメエから殺すぞ」


「ほう。やってみろ」


なぜか至近距離で睨み合いを始める斬と男。二人の体から痛いほどの殺気がほとばしる。刺客達はこれは好機とばかりに飛び掛かる。


「テメェらはもう死ね」


大太刀についた血糊(ちのり)を横に振ることで払い、キン、と鞘にしまう。澄んだ音が鳴った途端、飛び掛かってきた刺客達全員の動きが止まる、その目は言葉より雄弁に「あり得ない」と語っていた。


「俺様に刃向かう奴ぁ誰であろうと皆殺しだ。覚えとけ」


ドサドサ、と刺客達が斃れていく。すでに背を向けている斬の冥き(まなこ)が爛々(らんらん)と光る。


「ちっ。結局全部一人でやっちまいやがって」


腹いせにか酒を一息にあおる男。斬は彼方を見つめるような遠い目をすると柱にもたれかかる。


「おい。いらねーのか?」


「寄越せ」


まだ栓を開けてない酒瓶を振ってみせる男の方を見もせずに偉そうな口調でくいくいと指を動かす。男はニヤッと悪戯(いたずら)を思いついた餓鬼のような表情(かお)をし、酒瓶を投げる。



ヒュン



目にも留まらぬ速さで酒瓶は斬の後頭部へ吸い込まれていく。ぶつかる寸前で酒瓶を受け止め、斬は後方に睨みをくれる。


「平和ボケか?速度が落ちてるぜ」


「オメーこそ反応がおせーぜ。そんなんじゃ死の眼(デス・アイ)の名が泣くぜ」


「んだと・・・」


「やんのか?」


またまたすさまじい殺気を放ちながら睨み合う二人。そこに開け放たれた窓から人影が滑り込み、二人の間に舞い降りる。


「俺が酒買いに行ってる間に死合(しあう)なんてズルくない。斬。(れい)


何を考えているかわからない仮面のような顔と、小麦色の瞳。同じく小麦色の髪は無造作に額に巻かれたバンダナのようなもので結ばれている。


「遅えぞ。(じん)


「何してやがったんだ?」


「ん~。ここに戻る途中でタカ派の連中が道塞いだから全員八つ裂きにしてた」


何でもないことのようにさらりと良い放つ迅。その内容は残酷極まりないものだが。


「オメエもかよ・・・。くそー。俺も殺りてー!」


「うるせえ。黙ってろ」


ギロッと澪を睨みつけ、再び窓の外へ目を向ける斬。どかっと腰を下ろした澪は煙草の煙を吐くと同時に言った。


「なぁ。オメェはなにを目指してんだ?」


「あん。ボケたか?ジジイ。俺が目指してるモンは昔と変わんねぇ・・・」


窓枠に足をかけ、何の躊躇(ためら)いもなく外へ飛び出す斬。赤く染まった左腕に巻かれていた包帯は取れ掛けており、そこから覗く腕には冥い双葉の紋章がはっきりと刻まれていた。


「――――俺を壊すだけだ」

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