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珠巡り  作者: 桜咲 雫紅
三章 兆候
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試験よりチョコ!

「天空 龍護と・・・・・・。交代」


「ちっ。しまいか」


ようやく気分が上がってきていたその時に水を差すように呼ばれた名前に軽く舌を打ち、気だるげに拳銃を下ろすと慣れた手つきでホルスターに仕舞いながらお馴染みメンバーが待っている芝生へ戻る。


「お疲れ様です。龍護さん。どうぞ」


「お疲れ!龍兄」「「お疲れ様です」」


お茶を差し出して和やか~に微笑む美優は見てるだけで心が癒される。その隣からタオルを差し出してきた桜の頭をポンポンと撫でてやってから差し出されたそれらを「悪いな」と短く応じて受け取り、一口口に含むんだ龍護は大きく息をつく。

飲み慣れた少し苦味のあるお茶とほどよく冷やされたタオルが不完全燃焼で燻っていた熱をゆっくりと冷ましてくれた。


「そこの九人の中で攻撃系はいるか?」


のんびりくつろいでいると、慌てた様子の教師が一人小走りに駆けてきてそう訊いてきた。攻撃系の桜達は互いに顔を見合わせて頷く。それを見た教師はあからさまにホッとした様子を前面に押し出して干渉・間接系の試験場所を指差し、


「まだ異能に余裕がある者は干渉・間接系の試験を手伝ってくれないか?今年は攻撃系の負傷者が続出していてな、人数が足りないんだ」


と頼んできた。特にやることがなかった桜にとっては飛びつきたい内容である。暇なのは性に合わない。じっとしているのなんかもっての他だ。


「どーする?私はもちろんやる」


つい先程までの試験の事など感じさせない程の戦る気を全身から漲らせている桜は彼女とは違い疲れ顔の一同を見回す。


こういうのに食いつきそうな春は「千夏の試験見たいから」という理由でパス。先程試験が終わったばかりの龍護は腕を枕にしてすでに夢の世界へと旅立ってしまっているのでパス。


この二人はまぁ予想がついていたので「了解」と返して他のメンバーに向き直る。


勢いをつけて立ち上がった恭哉は「やる」と楽しげに笑い、永瀬は桜が戦る気なのを見た途端戦る気体勢になっていた。少し離れた所に座っている南絃は一ミリたりとも表情を動かさず沈黙している。彼が動くのは天空家に関わることか、天空家に連なる者に頼まれた時だけだ。それ以外では一貫して自ら動くことはない。

この場合、桜が頼めば手伝いに来てからるだろうが、困っている先生には悪いが生憎そこまで強要する気は無い。


「南絃はいかないよね。よしっ。行こう。恭哉」「ああ」「おう」


「私を無視するな!天空」「別に無視してませんよ。この手伝いが終わったらろうね」


「私も行く」「ちょっと待て。お前は干渉・間接系だろうが!優稀」


「細かいことは気にしない気にしな~い」「全然細かくねーよ」


「渚に会いに俺も行く」


桜を先頭に恭哉、永瀬、冬茜、悠紀の順で干渉・間接系異能の試験場所へと走っていく。その後姿を見て和やかな雰囲気を振り撒いている美優がお茶を飲んで一言。


「若いっていいねぇ」


ここに渚辺りがいたら「あなたはいったいいくつなんですか?」と苦笑混じりの突っ込みがなされていたことだろう。
















干渉・間接系の試験は一時中断されていた。理由は先ほど教師が言ったとおり、動けないほどの負傷者が続出して試験の障害役となる攻撃系異能者がいないからである。


「いつになったら再開されるのさ」


一時間以上も待たされ、滅多に崩れない渚の表情にもさすがに苛立ちの色が見え隠れする。彼女の隣では困ったような怯えたような曖昧(あいまい)な顔で挙動不審げに左右を見回している一夜と、のん気に本日何十個目かのチョコを口に放り込んでいる戒がいる。


この3人も試験待ちの生徒だ。


「そろそろ再開してもらわないと困る。チョコの残りが少なくなってきた」


いつ、どこで、どのような状況下であろうと彼女が一番気にするのはチョコらしい。制服のいたる所に隠してあるチョコの残りを数え、予想より少なかったのか、彼女の眉間にわずかながらもしわが寄る。


すっと何の前触れもなく立ち上がる戒。それを見た一夜が彼女の意図に気付いて慌てて立ち上がり、彼女の進行方向に立ち塞がる。


「ダメですよ、大路先輩。いつ試験再開になるかわからないんですから大人しく待ってないと失格になっちゃいますよ」


「そんなものよりチョコのほうが一千倍も大事。退いて」


「ダメですって」


押し問答が続き、一瞬の隙を突いて戒が彼の脇をすり抜けて購買部へ走る。普段の彼女からは想像もつかないような素早い動きに一夜は驚いたように目を見開き、すぐさま後を追う。その時。


「長らく、待たせて、申し訳ない。干渉・間接系『S』『Z』の、生徒諸君。試験、再開する、ぞ」


必死にここまで駆けてきたのだろう。肩で息をしている教師は干渉・間接系異能の試験場所にいる試験待ちの生徒全員に聞こえるよう声を張り上げる。その後ろには『S』『Z』の攻撃系異能者が数十人立っていた。


「彼らが君たちの試験の手伝いをしてくれる攻撃系の生徒達だ。人数合わせで『A』の者もいるが、『A』の中でも『Z』と同等の力を持っている者達だ」


完全に足を止めた戒が教師の後ろに見知った顔を見つけ、小さく嘆息する。止まった彼女にぶつからないように横にずれた一夜も同じように見つけ、こちらはガックリと項垂(うなだ)れる。


無傷で終わらせられる確立がガクッと音を立てて下がった気がする一夜だった。


「よっ。手伝いに来たぜ」


にこやかに片手を上げる桜の横には彼女に対抗心をメラメラ燃やしている永瀬が陣取っており、物騒なことにもう武器を出している。項垂れている一夜に近付き、「そんな嬉しがんなって」と小突き始める恭哉を押しのけて「頑張れ」と肩を叩く悠紀。


「こっ、こんにちわ。真海さん。大路先輩。菊地君・・・」


「こんにちわ、冬茜さん」「ちわっス」「こ、こんにちわ」


挨拶を返すと、桜の後ろからツインテールの髪を揺らしてぎこちなく微笑む冬茜と偉いぞと言わんばかりの表情で彼女の頭を撫でくり回す。冷めた目で一同を(特に桜と恭哉を)眺めていた渚は何もなかったような顔で悠紀に話しかける。


「『S』『Z』『A』の攻撃系の生徒の皆さん。近くの人と二人組を作ってください。作れた方は私に報告してください。では干渉・間接系の・・・・・・。攻撃系の・・・・・・と・・・・・・」


名前を呼ばれた生徒は教師の元へ小走りに駆けていく。残った攻撃形の生徒は近くにいる人と組を作り、報告しにいく。


「んじゃ私たちも分かれっか」


「私、桜とがいい・・・」


腰に手を当てた桜の言葉を合図に冬茜が勢いよく抱きついてきた。抱きつかれた彼女は二、三歩よろけたもののなんとか踏み止まり、冬茜を引き剥がして「わかったからいちいち抱きつくな」と(いささ)か疲れた面持ちで嘆息しながら彼女の頭をポンポン叩く。


「ってことは俺は永瀬とか」


物言いとは裏腹に優しい瞳をしている桜を尻目に苦笑い気味の恭哉が隣に視線を流す。見られた当人は彼の視線を真っ向から受け、斜に構える。


「何か文句あんの?」


一言でも何か言ったら即行で沈めそうな雰囲気をかもし出しながらゆったりとした口調で問う。


「そりゃあっ!・・・・・・ありません」


軽い調子で何か言おうとしていた恭哉は、彼女の手のひらに握られているモノに気付き、寸前で無難な言葉へ方向転換する。正しい判断だ。一歩間違えば屍になって転がっていたかもしれない。


ふん、と鼻を鳴らした永瀬はつまらなさそうに手の中のモノ、野球ボールを弄る。


彼女の異能は『電撃』。だが、そんじゅうそこらのちゃっちい雷ではない。おそらく彼女の本気を目にしたものは、今まで見てきた雷が赤子に思えるだろう。


彼女は電気を磁力に変換し、砂鉄や鉄骨と鉄分を含んだ物体を操る事はもちろん、落雷を発生させることも朝飯前。おまけに彼女の身体から常時微弱な電磁波が発生しているので感知もお手の物。さらにさらに彼女の武器である野球ボール内にはご丁寧に鉄球が埋め込まれており、磁力で操って攻撃する事も可能。


しかも、彼女は『武器能力』を発現させていて、速度によって攻撃力は何倍にも跳ね上がり、戦略も無限大。


永瀬家始まって以来の天才児は伊達ではない。


「決まったね。先生に言ってくる」


速度によってはとてつもなく物騒になるボール(モノ)を持っている永瀬などには目もくれず、教師へ報告しにいく桜。彼女はそれこそ中学で初めて永瀬と出会った日から永瀬の異能による攻撃を受けている。


そのおかげと言っちゃあなんだが永瀬の異能のことは彼女の次くらいに熟知してる。なので、もう恐れる対象ではないのだ。もちろん知っているからといって確実に避けられるわけでもないが。


「永瀬さん。いい加減その危ないモノしまってくださいますか?あなたがそれ落としたら私にも被害が及ぶんですけど」


寂しそうに桜の後姿を見送り、打って変わって迷惑そうに片目をすがめ文句を述べる冬茜。そんな彼女の苦情に永瀬は眉一つ動かさない。


「私がそんなヘマするわけないだろ」


絶対の自信が含まれている言葉。自分がそんなことをするわけないと絶対の自信を持っていないと出てこないセリフだろう。自意識過剰とも言う。


「自意識過剰のバカですね」


バカにした響きをはらんで呟かれた言葉は明らかに永瀬の耳に届く音量だった。ピクッと永瀬のこめかみが動く。


「優稀。私達は今やっているのを合わせた三つ目だってさ。恭哉達は私達の次ね。ん?」


そこまで言ってからようやく不穏な空気に気付いた桜は目を瞬かせる。彼女の現在の立ち位置は冬茜と永瀬のちょうど真ん中。つまり、冬茜を睨んでる永瀬の視線を浴びる位置で・・・。


「まだ手伝い前だってのに殺気立つなよ、永瀬。怖いじゃんか」


これっぽっちも恐れていない桜が言っても火に油を注ぐようなものだ。無意識って質悪いよな。いや。本当に意識してないだろうな。あいつ。


わずかな笑みを湛えている桜の口元を見て疑いの眼差しを向ける恭哉。彼女の口元に湛えられている笑みは彼女が戦闘時によく浮かべる不敵な笑みだ。それが疑いを一層強める。


永瀬は標的を変更して桜を睨む。彼女の赤みがかった灰色の瞳に明確な殺意がちらつく。


「あんた・・・。殺されたいの?」


静かなセリフが逆に怖い。ふっと口角をあげた桜は肩に止まっている桜鈴の背を撫で、意味ありげな視線を送る。


「殺れるもんなら、殺ってみな」


相手の神経を逆撫でするような語調で挑発的に返す。その手はいつでも抜けるようにさりげなく太刀の柄を握っている。永瀬の手には物騒なボールがいつでも投げられるよう握られている。桜の身体から火の粉が散り、永瀬の身体からは雷光がこぼれる。


一触即発の空気。



パンパン



「はい。そこまで」


手のひらを二度打ち合わせて割って入ってくる男子生徒。その顔を見た途端桜は右手を柄から離す。


「螢兄!試験終わったの?」


「もちろん。ほら。永瀬さんも武器仕舞って。ね?」


穏やかな笑顔で彼女の手の中のボールを指すのは螢斗だ。永瀬は探るような目を向けたが、ふぃ、と顔を背けると大人しく武器をしまう。彼女が武器をしまうのを見届けると、螢斗は感じのよい笑みを浮かべて「ありがとう」と言う。


「螢斗さんも手伝いですか?」


小競り合いが収まったところを見計らって渚が問い掛ける。二、三度目を瞬いて螢斗は頷く。


「そうだよ。桜達が手伝いに行ったって聞いて俺もやろうかな、って思ってさ」


異能もまだ余ってるし、とついでのように付け足す。桜が物凄く嬉しそうな笑みを顔面にはじけさせ、螢斗に抱きつく。彼も慣れた様子で優しく桜を抱きとめる。


「螢兄大好き!」


「俺も桜のことが大好きだよ」


バカ兄妹のじゃれあいを無理(スルー)する方向にした渚は悠紀と共に試験内容の最終確認を始める。


忌々しげに舌打ちをした永瀬は中途半端にわきあがった戦意をぶつけるものを探すように近くの小石を蹴り、その石が偶然冬茜に当たり、口喧嘩勃発(ぼっぱつ)。そのすぐ傍に立っていた一夜は二人の舌戦にうるさそうに目を半眼にしていた恭哉を伴って離れた場所に移動する。


おかげでそこだけポッカリと空間ができ、二人の舌戦の様子がよく見える。


「止めなくていいの?螢兄」


「やぶ蛇になるのはごめんこうむる。無謀なことはしないよ。あそこに飛び込んだら命が危なそうだ」


「だよね~。あの嵐の中に飛び込めるのは余程のバカか本当にすごい人だけだよ」


どんどんヒートアップしていく永瀬と優稀の舌戦を遠巻きにしながら笑い合う兄妹。もちろんこの二人は嵐の中に飛び込む気も、止める気も毛頭ない。ヘタなことをして被害を被るのはごめんだ、と二人の心の声は一致していた。


終わりの見えない舌戦を傍観(ぼうかん)していると、そこに単身飛び込んでいく命知らずの野郎(バカ)がいた。


「あれって・・・」

またまた日数が空いてしまいましたが、皆さまお久しぶりでございます。桜咲でございます。

最近一気に暑くなってきてしまい、夜は冷房がなければ干からびそうになっておりますが、皆様は大丈夫でしょうか?

小説内の時間軸はほとんど移ろっておりませんが、少しずつ話は進んでおりますので、読んでくださっている読者の皆さま、気長にお待ちいただけたらと思います。


それではどうぞお楽しみください。

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