捻くれ大学生の、お子様ランチ探求
「世の中、しょうもない人間しかいない」
教室の隅で一人、ぼやく男が居た。その男の髪の毛はくせっ毛で、目つきは三白眼で鋭く、背骨は曲がっている。体はやせ細っていて、身長はやや低い。顔を見れば、性別問わずため息がこぼれてしまうほど美しく、しかし、ヨレヨレの服装と、卑屈な笑い方、人を小馬鹿にしたように釣りあがった眉頭のせいで、どこか拭いきれない垢抜けなさと陰気さが漂う。いわば俗に言う、陰キャと言うやつだ。
そんな、いかにも冴えない見た目をしているこの男の名前は、影山久。彼女いない歴=年齢の、捻くれた男子大学生(21歳)だ。
今彼が何をしているかと言うと、同学年、同じ学科の生徒を目の敵のようにチラ見しては、内心で小馬鹿にし、嘲っていた。
己に友達や彼女がいないことを受け入れきれず、結果、相手を見下すことで心の均衡を保っている。彼は、そんな、どこにでもいるような、ちょっと変わった痛い人、であったのである。
キーンコーンカーンコーン。授業終了の合図。彼は授業で配布されたプリントを丁寧にファイルに入れ、愛用のビジネスバックにしまい込むと、丁寧な動作でチャックを閉める。そして、机の上に溜まった消しゴムのカスを片手に集める。
「この大学には、こんな粗雑なやつしかいないのか……」
彼は、悪態をつきながらも、テーブルの裏の収納に入った誰かが飲んだペットボトルまでも、消しカスを持ってないもう片方の手で取り出す。そして、教室の一番前の席から立ち上がった後、後ろ扉の近くに備え付けてあるゴミ箱へと向かう。
そう、彼はこう見えて、捻くれた考えをしながらも、良心的な生徒なのである。彼自身このことには全く気づいていない。
厳しいことを誰からも聞こえないような小声でぼやいてはいるものの、生徒からの印象はそこそこ良いものであるのが、その証左であった。
その評判は、ひとえに彼の顔が良いから、というだけではなく、グループワークでは率先して発言をし、チームに貢献したり、誰かが困っていると、そっぽを向いて顔を赤くしながら、無言で助けてくれるからといった点が大きい。捻くれてはいるものの、異性だけでなく同性からも好意的に思われるくらいである。彼の人柄というものは根本からねじ曲がっている訳ではなかった。
ただ、硬い表情と、整いすぎた顔のせいで、どこか近寄り難いオーラのようなものが出ており、女子からは高嶺の花、男子からは人と話すのが好きではない、心優しきクールイケメン、と思われている。
彼がひとたび話せば、その孤独なイケメンオーラのせいで場は静まり返ることはしばしば、仲良くなりたいのに、どうしても打ち解けられない、というのが周りの評価であった。
そんなことも知らずに、今日も孤独に傷ついた心を隠すように悪態をつきながら、影山は歩く。歩を進める度に、体全体が弾むような軽い足取に変わっていく。彼が向かった先は、喫茶店であった。
築57年。駅前に立てられたその木造建築の外観は、年季の入った、レトロ感溢れる趣を感じさせる古き良き喫茶店である。
「ここか……」
彼は、ドアに備え付けられた丸みを帯びた美しいフォルムの取っ手を丁寧に捻ると、中に入る。
「いらっしゃい」
「どうも……」
コーヒーを注ぎながら短く挨拶をしてきた老齢のマスター。頭髪は白く生え揃っており、オールバックにまとめられた髪と相まって強調される、彫りの深い整った顔立ちと、白く立派な髭。その堂に入った立ち振る舞いに、一瞬、影山は立ち竦む。しかし、影山も伊達に人間観察をしている訳では無い。すぐに店の雰囲気に相応しい振る舞いを心がけるため、背筋を伸ばし、体の動作を更に丁寧に意識する。
席に着くと、女性店員が近づいてくる。そこで、彼女の容姿に一瞬釘付けになる影山。無理も無い。彼女の容姿も、現実離れするような美しさを秘めていたからだ。艶のある黒いセミロングの髪に、自然に生えた長いまつ毛。大きくパッチリとした綺麗な瞳であるにもかかわらず、怜悧な形をした目の輪郭はあまりにも目立つ。それでいて、達観したようなトロンとした妖艶さすら感じるその表情は、人では無いナニカ、を感じ取ってしまうほどに現実離れしていた。
「初めてお会いする方、ですよね」
「は、はい、そうですね」
「初めまして、ワタクシ、橘、椿と言います」
「あ、影山です。どうも」
「ここの喫茶店、マスターの顔が怖いって言われてて、なかなか人が来てくれないんですよ」
「そうなんですね」
「なので、せっかく来てくれたお客さんには、丁寧な対応を心がけているんです」
「へー、そうなんですね」
「メニューは一応こんな感じなんですけど」
影山はチラッとメニューを見るフリをして、何も見ずにオーダーをする。注文を受けた橘は、ゆっくりと丁寧な足取りで厨房の方へと入っていく。
「さて、と」
当然、影山が注文したのはアレである。影山がどこに行くにしても必ず食べている、アレ。それは影山が幼い頃から慣れ親しんできているものであり、今も昔も、影山が好きなのはやっぱりアレ、なのである。
そうして、影山は心を浮き立たせて待っていたいると、あっという間に料理が運ばれてくる。
「お、おお!!」
「お子様ランチになります。ごゆっくりどうぞ」
噂に聞いていた以上に、上品なお子様ランチである。早速、影山はプレートの手前に置いてあるオムライスの旗に注視する。
「アメリカ国旗か。ここはランダムで旗が変わるのか、はたまたそうでないか、この料理の味が美味しかったら、それを試すために足繁く通うのもやぶさかでは無いな」
そう呟きつつ、影山は子供用スプーンを手に取り、オムライスの一角を崩すと、口へ運ぶ。
「ハッ!!」
影山の脳裏に浮かぶ、記憶の数々。それは、彼が今まで食べてきたお子様ランチのオムライスの記憶であり、影山は、この一口で、過去との対話を経験していた。
記憶は最近のものから、やがて昔にまで遡り、病気で床に伏している母が元気だった頃に、一緒にファミレス食べていたお子様ランチまで遡った。
自然と頬をつたう、一筋の涙。懐かしさと、美味しさ。その感動が綯い交ぜになり、自然と、笑みが零れていた。
思わず影山はマスターを見ると、マスターは、目をつぶって腕を組み、にやけていた。
「マスター、アンタ、俺のお子様ランチ食歴を、見抜いていたんだな」
そう言うと、マスターは俺を一瞥し、ニヤリと笑って作業に戻った。
俺は笑い泣きながら勢いよくお子様ランチにがっつく。
「ふわふわトロトロとした舌触りの、濃厚なオムレツに、上品なトマトソースと生クリームの香り、ケチャップライスは程よく酸味があり、それでいて、鶏もも肉、ピーマン、玉ねぎなど、具が沢山あって食べごたえがある。こんな満足感のあるオムライスを食べたのは、初めてだ!!」
影山がそう興奮気味に話していると、店の扉が開く。そこから現れたのは、なんと、クラスメイトの物静かな少女、雫だった。
彼女は俺がお子様ランチを食べ、ケチャップで口を真っ赤にしているところを目撃すると、瞳孔を開いて、口を軽く抑えながら驚いている。
その所作ひとつ取っても、雅やか。サラサラとしたショートヘアに、真っ黒な大きな瞳。それに反比例するかのように口は小さくちょこんと控えめな主張をしている。身長は影山よりも遥かに低く、人形のような印象を受ける不思議な女性である。
「マスター、この人、誰?」
しかし、向こうはこちらの存在を認知していなかったようで、その天然ぶりを存分に発揮された影山は、かえって毒気を抜かれながら自己紹介をした。
「あー、雫さん。こんにちは。クラスメイトの影山です」
「……」
しずくは考える素振りを見せながら、無言で首を傾げ、右腕の人差し指を顎の前に丸く構えながら立ち尽くす。
「そ、そうよね。よく見たら影山くんよね。いつもと印象があまりにも違うから驚いただけよ」
「そうですね」
「ところでそれ、お子様ランチ?」
「ああ、はい。自分、好きなので」
「ふーん。あ、マスターコーヒーお願い。いつもので」
そう言って、普通に影山の前に座る雫。雫は、顔の周りにケチャップのついた影山に対して、一緒に居て恥ずかしい、という感情はなく、むしろ、我を忘れて食べてしまうほどマスターの料理に夢中になってくれたことに嬉しさを感じるほどであった。そういったこともあり、雫は興味を抱いた影山に対して、質問をする。
「どう? マスターの料理は」
「ここのマスターの料理は、過去との対話が出来るほど圧倒されたよ。今食べたのはオムライスだけだけど、とても美味しい。他の料理も楽しみだよ」
「か、過去との対話?」
そう言うと、影山は既に雫からお子様ランチへと視線を移動させ、ハンバーグに手をつけていた。
「こ、これも美味い! 食べ応えのある硬さに相反して、中からはジューシーな肉汁が溢れるように口を満たしている! 味は濃厚なデミグラスソースのコクが全面的に引き立つような、控えめな上品な甘さのある牛肉を使っている。早速ブログに掲載しないと!」
この時、影山の脳裏には、比較的寒い日に入った、学校のプールの情景が浮かんでいた。そこで思い出すのは、プールから上がったあと、お日様に当たりながら体にタオルを巻き付け、幸せな温かさに身を任せてウットリする少年のような純粋な安らぎの享受であった。帰ったら、ブログに長文を掲載することは確定しているも同然だった。ただし、そのブログは誰からも理解できない怪文書として有名であった。
「懐かしい……な」
気付かぬうちに、また涙がほろりと落ちる影山。彼は小学校での体験を思い出したことにより、大学での自分の捻くれた言動を思い出し、深く反省をしていた。あのころの純粋な気持ちを、取り戻すんだ。
「あの、雫さん……僕と、友達になってくれないかな?」
「うん、いいよ。私も、お子様ランチ食べてみようかな……」
「本当に美味しいから、ぜひ食べてみて!!」
影山にとって、お子様ランチとは、孤独な探求であり、誰にも侵すことの出来ない芸術であった。しかし、その美学を根底から覆すようなお子様ランチに出会い、今後、彼の人生が好転していくのは目に見えている。
お子様ランチとは、童心を思い出させてくれる食べ物であり、その一方で、計り知れない奥深さと子供への愛情が詰まった、素敵な料理である。彼がお子様ランチに魅了されていたのは、忘れていた童心を求めていたからなのかもしれない。
彼は今後もお子様ランチを食べ続ける。雫という友達を得て、仲間と一緒にお子様ランチを食べる喜びを知り、そして、人並みに成長していく。
彼の人生は、今後も、お子様ランチと共に歩み、そして、学び、いつかは家庭を築き、子供と一緒にお子様ランチを食べる時が来るだろう。その時はまた、母親と一緒に食べに行った、あのファミリーレストランのお子様ランチを食べに行くと、影山は心に決めたのであった。
お子様ランチとは、美学であり、勉学であり、心身の成長を助けてくれる、素敵な食べ物である。
おわり




