8.自分、思うところがあります
最初の騒ぎはヴィオレッタお嬢様の失踪だった。
伯爵様が第一王子とお嬢様の婚約を、エヴァンス派貴族の内々で発表しようとして不明が発覚した。
その後すぐに自分を含めた五名が、館周辺の捜索を命ぜられた。
「新月を狙ったのは計画のうちだろうか」
松明をかざしながら、リヒャルトが当然の疑問を口にした。
「多分な。ただ——」
自分は答えを言い淀んでいた。
闇に紛れたくて選んだ新月の夜。
なのに何故、こんなにも痕跡を残しているのだろうか?
例えばこの蹄の跡。
蹄鉄が歪だ。
金が無くて替えられないのか、粗悪品しか買えないのか——
だとすれば犯人は平民か、それ以下だろう。
要求は金か、待遇。
ならば権力闘争の可能y性は低いだろうか——
そして分からない事がふたつ。
何故、足跡がひとつなのか。
何故、テラス側の衛兵は何をしていたのか。
「リヒャルト。この失踪は誘拐だと思うが、何かおかしい」
自分はそう言って、垣根の薔薇の棘に見つけた紙片を指先でつまんだ。
小さな切れ端だが、これが犯人のものならかなり有力な手掛かりに見えた。
「ちぐはぐなんだよ、残っている情報が」
そう言って紙片をリヒャルトの鼻先へと突き出した。
「これは何だ?」
「紙だよ。ただ羊皮紙じゃない」
リヒャルトが分からないのも無理はなかった。
これは珍しいものだ。
「遥か東国で使われている、植物を原料とした紙だよ」
それを聞いたリヒャルトは、松明の明かりに透かしてしげしげと見詰めていた。
「好事家を当たれば出どころは分かりそうだな」
そう言ってリヒャルトは紙片を返すと「俺は庭園の捜索をするからオスカーは周辺を頼む」続けて庭へと戻って行った。
自分は蹄の跡を逆に辿って、林へと向かった。
「ここか」
木の根元で馬糞を見つけた。
林に入って数分の開けた場所。
ここなら通りからは容易に見えることはない。
誘拐犯は"わざわざ蹄の跡を付けに垣根まで来た"のだ。
足跡がひとつと言うことはヴィオレッタお嬢様を担いでいたということ。
ならばここまで戻ったはず。
あの足跡は追わせるためのものだ。
そう確信して館に戻ると、新たな事件が起きていた。
館はエヴァンス伯爵の私兵——
つまり、自分たち騎士団で封鎖されていた。
そしてそれを指揮しているのは憲兵隊のヒムラーだった。
ヒムラーとは親同士が親しかったせいもあって、昔から親交があった。
「ヒムラー、君が出張ると言うことは何か別意図があるというのかい」
私がお嬢様の失踪についての意見を聞こうと声を掛けると「どういう意味だ?」と質問で返された。
「聞いていないぞ!」
「自分も初耳だ」
臨時に設けられてヒムラーの執務室で、自分たちはそう言い合った。
そしてその結果『ヒルデガルト伯爵夫人が他殺体で発見されて、ヴィオレッタお嬢様が失踪した』という最悪の状況が出来上がったことを理解した。
婚約発表直前の大事件。
自分、思うところがあります。




