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伯爵令嬢は人さらいを求婚と勘違いして駆け落ちしているつもりです  作者: 浅見カフカ


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3/5

3.私、聞きたいことがありますの

馬の脚が落ちた。

激しい揺れも収まり——

何よりこの殿方の鼓動の揺れも落ち着いてきたようだった。

背中にずっと顔を押し当てていたから......よく分かった。


「いくつか尋ねてもよろしいかしら?」

「ん?ああ、いいぜ」

少し声が上擦うわずっていた。

(まだ緊張している?)

「どうしてこの馬はこんなに痩せているの?」

馬は、触れるところ全てが骨ばっていた。

我が家の馬たちは皆、均整の取れた身体付きだ。

触れるとしっとりとした身体に、張りのある筋肉が付いている。

馬とはそういうものだと思っていた。


「ああ、食わせてやれてないからな」

「まぁ、酷い。どうして食べさせてあげないのですか?」

「......」

言葉を飲み込んだあと、息を深く吐き出した。

結局答えてはくださらず、黙り込んでしまった。


「もうひとつだけ——貴方のお名前、わたくし聞いていないのです」

私がそう言うと、手網を引いて馬を止めた。

そうして振り向くと「ヨハンだ。ヴィオレッタ」と言った。

「そう、ヨハン。素敵な名前ね」

新月はお互いの表情を暗闇に隠していた。

でもきっとヨハンは緊張混じりに微笑んでくれていたと思う。

だって、私がそうだったから。



(おいおい、ふざけんなよ御令嬢)

口を開くと罵声を浴びせそうで、言葉の代わりに息を吐いた。

人も家畜も生きるギリギリしか糧を得られない。

乳の出ない母親の胸に吸い付いたまま死んだ赤ん坊をこの女は見たことがあるのか?

——想像すらしたことがないだろう。

死んだ仲間の腹を食い破って、そこから干し草を引きずり出す牛や馬を見たことがあるか?

共食いの方が余程マシに見える光景だ。

込み上げる俺の怒りが頂点に達する頃、あまりに緊張感の無い言葉が投げかけられて馬を止めた。


(——俺の名前?)

振り向いてヴィオレッタを見詰めた。

新月でその表情は分からないが、微かに震えているようだった。

無理も無い。

知らない男の背中を見ながら、馬の背中で夜風を浴び続けていたんだ。

「ヨハンだ。ヴィオレッタ」

「そう、ヨハン。素敵な名前ね」

俺は精一杯微笑んで見せた。

見えるはずもない、新月の闇の中で。


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