13.俺、オヤジに感謝です
タグレに潜伏するのは、俺の提案だった。
迷宮都市の名は伊達ではない。
あの場所に潜めば砂浜で針を探すに等しいほどに紛れられる——彼を除いて。
「えっ、どうしてお嬢様までそんな目で!?イヤです、この騎士団の剣と鎧を脱ぐのは絶対に出来ません!!」
俺たちの視線を浴びたオスカーが、激しく提案を拒絶した。
「剣はエヴァンス伯への忠誠、鎧は伯の親衛隊のそれぞれの証。捨てられるわけが無いでしょう」
オスカーが縋るような目でヴィオレッタに言った。
「捨てるのではないわ、オスカー。ヨハンのご友人に預かって頂くの。タグレはエヴァンス領であるのと同時に、グレイス王国の国境。多数の守備隊が詰める街にお父様の親衛隊が居れば目立ってしまう。それが分からないオスカーではないでしょ」
タグレは交易の要所でありながら、防衛の要衝なのだ。
「ヨハン!この剣と鎧に傷ひとつ、塵ひとつ付けることを許さんぞ」
オスカーは提案者の俺に怒りをぶつけるように言うと、ヴィオレッタの説得に応じてくれた。
二人を街外れの空き小屋に残した。
冬の鴨猟に使う小屋だ。
時期になるまでは誰も来ないはずだ。
来たとしても、誰かが住み着くのはよくある話。
要は猟期にだけ使えれば問題ないのだ。
俺も商人ギルドの通行証でタグレに入る都合、ひとりである必要があった。
俺はまた、カエサル商会の店の前に立った。
こんなに短いサイクルで訪れたことは無かった。
「アウルス!」
ドアを開けた俺の第一声に振り向いたアウルスは「ヨハン!!もう一年経ったのか!?」と四日ぶりの再会を茶化して笑った。
「今度はどうした?チケットは使えただろ?」
「実は、服が欲しい。それとカエサル商会の倉庫を貸して欲しい」
俺はその他いくつかの手配をカエサルに発注した。
商売の話に喜んだアウルスだったが、チケットをまだ使っていないと話すと、少し残念そうだった。
アウルスが商業ギルドに提案したトラベラーズチケットは、大きな賛同を受けたらしい。
あの日の話に、預かり金を融資や投資に流用する案を加えたトラベラーズチケット構想。
半年以内には国中に、数年内には大陸中に普及するだろうと、熱を帯びて語った。
「それにしてもヨハン。潜伏するのは良いが、設定はどうするんだ?」
「設定?」
「ひとつ屋根の下に男二人と女ひとりは不自然で目立つ。だから設定という物語が必要なんだよ」
アウルスの言葉に納得した。
「どうしたらいい?」
「どうせその騎士殿は、日常生活では役に立たないのだろう?」
「分からないが、普通の職に就くのは難しいだろうな」
「いっそ、病弱な義兄か義弟にすればいい」
「俺の兄弟じゃダメなのか」
アウルスは首を振った。
「女の方の兄弟なら、多少顔が似てなくても疑われないだろ」
俺は両手を打ってアウルスの意見に賛同した。
「君に引き合わせてくれたオヤジに、心から感謝したい気分だ」
俺は天を仰いで両手を組んだ。
「それは俺も同じ気持ちさ。明日の夕方、までには全て揃える」
アウルスはそう言って店の奥に入っていった。




