12.俺たち、やります
馬に引き上げられて、勢いのまま駆け出した。
オスカーが後を——
いや、隣を走っていた。
伴走付きの駆け落ちなど聞いたことがない。
それにしても伯爵令嬢ともなると馬術の心得もあるのかと、あまりに安定した走りに感心してしまった。
明け方、馬に水を飲ませるために川辺に寄った。
「ヴィオレッタ、このまま南に戻れば俺の村に行ける。一旦、俺の家で今後について話そう。オスカー、君も一緒に」
「平民風情が今、何と呼んだ!?」
オスカーが剣に手を掛けた。
白みかけた空の下、川面を冷たい風が渡る。
「オスカー」
ヴィオレッタが静かに、しかし怒りを込めて彼の名を呼んだ。
「オスカー、私が次に家に戻る時は新しい社会を築く時よ。その時は特権階級なんて歪な存在を私は許さないわ」
「かしこまりました。ヴィオレッタ様」
オスカーは膝を折って頭を垂れた。
「ヴィオレッタと呼んでほしいわ」
「それは新しい世界が作られた時に。今はどう私に、騎士としての節を通させてください。代わりにこの男にオスカーと呼ばれる屈辱には耐えて見せます」
ヴィオレッタはため息混じりに「分かったわ」と答えた。
そして「ヨハン様。貴方の生まれ育った土地への憧れはありますが、オスカーの話を聞く限りは戻ることは出来ませんわ」と目を伏せた。
「それはどうしてだい?」
「そんなことも分からんのか、平——ヨハン」
オスカーはヴィオレッタの視線にどもりながら俺の名を呼んだ。
「いいか、ヨハン。お前はお嬢様を誘拐したのではないんだ。誘拐させられたんだよ」
「どういう意味だ」
俺は確かにヴィオレッタを抱き抱えて——
確かに経緯はおかしかったが、俺の意思で彼女を連れ去ったのだ。
「ヨハン、お前は警備の手薄なあの場所を選んだのだろ」
「ああ、他からはどうやっても入れそうに無かったからな」
「あの場所にも本来は二人を配置してたんだ。仮に巡回に出たとしても、侵入と逃走の両方の時間で見つからない訳が無いんだ」
オスカーはそう言って首を振った。
「でも見つからなかった」
「そう!それがおかしなことろだ。本来なら侵入すら出来ずに縛り首なんだよ」
「ツイてたんだよ」
俺がそう言うとオスカーは憐れむような視線を向けると、深く息を吐いた。
「ヨハン、この暴挙は誰の絵図だ?これは最初からヴィオレッタ様を狙った計画で、お前は上手く利用されたんだよ」
「これは村の仲間達と立てた計画だ!子供の頃からずっと一緒の仲間だ」
「あのな、ヨハン。これは高度に計画された上に根回しもされている。お前の仲間たちだけでは無理なんだ。絵図を描いた奴に操られてるんだよ」
「そんなバカな」
頭がクラクラした。
これは誰が言い出したことだっただろうか。
「村によそ者が流れ着いたり——村外の人間と結婚した者はいないか?」
オスカーの言葉に心臓を握られたような気がした。
「心当たり、あるんだな」
「いや、でもアイツが嫁を貰ったのは四年も前で、子供だって生まれたんだ」
「子供のために、ソイツは立ち上がったんだろうな。そうか、そんなに前から——」
オスカーは爪が食い込むほどに拳を強く握った。
「ヨハン、よそへ逃れましょう。そこで今一度考えて、今後を決めませんか?」
ヴィオレッタは俺の手を取ってそう言った。
俺を見る彼女の目は、強い光を宿していた。
「そうだな」
俺は頷くとオスカーの手を取った。
ヴィオレッタもオスカーと手を繋いだ。
俺たちは輪になると戦うことを誓った。
背中の熱と伸び始めた影に、朝日を感じた。
キラキラと煌めくせせらぎに、これからの世界の有り様が見えた気がした。




