表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/13

12.誰だあの人


    ***



 神殿に着くと、すでに大勢の村人が集まっていた。

 彼らの中心にいるのはルーナだ。彼女は聖女が着るような美しいドレスに身を包み、聖布を手に立っていた。


「あら、フィア。来たの?」


 すぐにフィアを見つけ出した青い瞳が、意地悪そうに細められる。


「……来たよ。だって、それを刺したのは私だもの」


 その言葉にぴくりとルーナが反応する。まだフィアが逆らうとは思ってもみなかったのだろう。表情は余裕を装っていたが、内心ではピリピリしているのが分かった。


「まだそんなこと言ってるの? これはあたしの聖布よ。魔力もそう言ってるわ」

「違う。私が刺したものだよ」


 そこでフィアは一歩踏み込んだ。


「それを一番よく知っているのは、他の誰でもない。ルーナでしょう?」

「…………」


 ルーナがわずかに眉を動かす。彼女の機嫌を損ねたのがよく分かった。

 これでこの先、村で暮らしていく事は大変になるだろう。けれど、黙って全部奪われるくらいなら、ほんの少しでも立ち向かいたい。


「聞いた、みんな? フィアがこんなこと言ってるわ」

 案の定、ルーナが周りの人々を味方につける。


「なんだ、昨日あれだけ言ったのに。まだそんなこと言ってるのか、フィア」

「ルーナに迷惑をかけるなって言っただろう。どうして分からないんだ」

「今日はルーナの晴れ舞台だってのに、邪魔するなら帰ってくれ」


 口々に発される言葉が、フィアに遠慮なくぶつけられる。それに傷つくよりも、真実を明らかにしたい気持ちの方が強かった。


「じゃあ、どうやって刺繍したの?」

「は?」

「その刺繍、どうやって刺したの。ルーナが刺したなら、分かるでしょう?」


 聖布は単調な作業のほか、恐ろしく複雑な模様もあった。簡単なものでさえ投げ出したルーナに、最難関である部分が刺せるはずもない。それを指摘すると、ルーナの顔色が変わった。


「ルーナならできるさ。なぁ、ルーナ?」

「え、ええ。その通りよ」


 焦ったように頷いたが、ルーナの顔色は悪い。どうにか話をそらそうと、視線をあちこち動かしている。フィアはぐっと力を込めた。


「じゃあ、刺してみて」

「なっ」

「できるでしょう? 本当にルーナが刺したなら」


 ここが勝負だとフィアは思った。


 それ以外にルーナの嘘を見破る術はない。魔力で判断できない以上、他に方法はないのだ。根拠といえばあまりにも頼りない、ただの提案。言いがかりと取られてもおかしくない。それでも、ルーナはきっと焦るだろう。彼女には絶対に刺せない模様だ。


(これで駄目なら……)


 どちらにせよ、フィアの負けだ。


「……いい加減にしてちょうだい!」


 突然ルーナが涙声を上げた。


「いくらなんでもあんまりよ。今日はせっかくの日だっていうのに、どうしてあたしを困らせるの?」

「ルーナ……」

「これ以上何か言うなら、出ていってちょうだい。みんなもそう思うわよね?」


 大きな目に一杯の涙をためるルーナに、男達が反応する。


「お、おお。そうだな」

「ルーナの邪魔をするなら、神殿から出ていってくれ」

「ルーナは大切な刺し手なんだ。悲しませるわけにはいかない」


 腕をつかまれて神殿から引きずり出されそうになり、フィアは身を固くした。


(駄目か……)


 せめて刺繍をしてみせるところまで粘りたかったが、きっとルーナに邪魔されただろう。腕をつかむ手は容赦なく、フィアの手首を締め上げていた。


(ここまでみたい。ごめんね、旅人さん)


 槌は入れた。誰も信じてくれなかったけれど、言うべき事は言ったと思う。

 だからできれば、あの毒舌は封印してくれるといいのだけれど――。

 その時、慌てたような足音が近づいてきた。


「神官様が到着したよ!」


 それを聞き、はっと彼らが振り返る。

 王都から来た神官の前で醜態を見せるつもりはなかったらしい。彼らはフィアから手を離した。ほっと息を吐いたが、時間切れかとフィアは思った。


「残念だったわね、フィア」

 耳元でこっそりとルーナが囁く。


「これであたしが聖布の刺し手よ。せめてもの情けに、近くで見ることは許してあげる。聖布があたしの魔力で輝くところ、じっくり見せてあげるわね」

「……そんなことしたって、ルーナの腕が上達するわけじゃないのに」


「あら、分かってないのね。刺し手に選ばれたことが重要なのよ。お金持ちの奥さんにでもなれば、刺繍なんてしないで済むわ。聖布の刺し手ならきっと、引く手あまただもの」


 最初は刺繍を求められるかもしれないが、それは人を雇えばいい。

 フィアにしたように口止めもできるし、金を払えば問題ない。

 本当に刺繍ができるかどうかは重要じゃないのだと、彼女は馬鹿にした口調で言った。


「もしかすると、王都にだって行けるかもしれないわ。あたしはこんなに可愛いんだもの。あなたの分までたっぷりいい思いをさせてもらうわ。悪く思わないでね、フィア」


 そう言うと、フィアから興味を失ったように離れていく。ふわりと聖布が揺れて、羽のようにたなびいた。


 神官が現れたのはその直後だった。


 最初に目に入ったのは薄青の衣だった。

 ごく薄い色合いのため、遠目には純白と見間違うほど。ピンと張りつめた美しい布に、銀糸で刺繍が施されている。その細かな模様に見覚えがあったが、すぐには思い出せなかった。


 肩には紫色の房飾り。確か最高位に近い神官にのみ許される色だ。彼のは少し青みがかっていて、誰かの瞳を思わせた。


 彼は何事か村人に告げ、供を断ってひとりで歩く。

 耳に心地いい、すっとした声だった。

 そこで思い出す。彼の服の刺繍。あれはつい最近自宅で見た――。



「王都から参りました、神官長代理ユリウス・グラディール。この度、聖布の確認に参りました」



 そこにいたのは、フィアが「旅人さん」と呼んでいた青年だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ