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40.顕現、重力の魔人


 幼い頃の話だ。俺がまだ、星の賢者テラステラ師匠のもとで修行していた頃。


『坊主、おまえに枷を付けさせてもらった』

『枷……この、手首のベルトですか?』


『そうだ』


 何の変哲もない、ただの黒革のベルトだった。

 枷というと囚人が身につける鉄の輪を想像するが、俺の手首に巻かれたそれはまるで違った。両腕は自由に動く。


『坊主のそれは、魔人の力を「食らう」仕様になっている』

『魔人の力を……?』


『ああ。坊主、おまえの力はあまりに強すぎる。その重さは周囲を、そしておまえ自身を傷つけかねない。……そこで、枷だ』


 すっと師匠は枷を指さす。


『その枷を身につけている限り、永遠におまえから重力の異能を吸収する。おまえがどれだけ力を使おうとも、使った分以上をベルトが食ってくれるのだ』

『…………』


『それがあれば、おまえは自分の力に飲まれることなく、自在に力を使える。ただしベルトを付けている間は、基本的に物体の重さを変えることしかできない』


 ……裏を返せば、枷を外せば俺は本来の力を使えるようになる。モノの重さを変えることは重力操作、《俺の力》の一端に過ぎないらしい。


『ガイア。今日からその枷を付けて暮らせ。無論、ベルトを着けていると体にはかなり負担がかかる。だが、平穏には暮らせるだろう』

『…………』


『付け加えておくが、おまえの力は年ごとに増大する。対応できるよう枷は力の増大に合わせてアップグレードする。わかるな?』

『……事故で枷が外れることは、ないのですね』


『その通りだ。偶発的に枷が外れて暴走するようなことはない。それをこの星の大賢者が保証しよう』


 枷が壊れることはない。これを俺の意思で外さない限り、暴走はない——。


『……わかりました。一生これを身につけて生きろということですね?』


 師匠は微笑み、俺の頭を大きな手で撫でた。


『それは違うぞ』

『違うんですか……?』

『うむ。もしおまえの力を永久に封印するつもりなら、つけ外し可能なベルトなど渡すはずがない。』


『あ……』


 たしかに。囚人が付ける鉄製の手かせでもよかったはずだ。師匠が鍵を持ち、管理すればよい理屈だ。


 だが……師匠はそうしなかった。


『ガイア。魔人の力の使いどころは、おまえに任せる』


 俺は耳を疑った。俺自身が知っている。魔人——自分の力がどれほど危険かを。


 だからこその枷ではなかったのか。枷を外すタイミングを俺に託す、だと……?


 師匠の判断は、生まれたての赤ん坊に非常に鋭い剣を握らせるようなものだ。命の恩人である師にそう思うのは失礼だが、正気とは思えなかった。


『そんな……無理ですよ。俺はまた人を傷つけてしまいます。あのときの村のように……』


 俺はかつて、この魔人の力で故郷の村を押し潰したことがある。(幸い死人は出なかった。だが師匠が通りかからなければ、と考えるだけで恐ろしい)


『俺はまた過ちを繰り返します。絶対に』

『我はそうは思わん』

『どうして?』

『おまえが、その力の恐ろしさを知っているからだ』


 当たり前だ。俺のせいで村が消えたのだ。幼い俺にも、その恐ろしさは理解できた。


『なあガイア。おまえは他の魔人とは違う。他の連中は自分の力を畏れていない。便利な道具以上に思っておらん』


 師匠は続ける。


『おまえは、その便利な道具の恐ろしさを知っている。便利であると同時に、人を傷つける刃物だと。魔人どもが持ち合わせぬ感情を、おまえは持っている』


 どんっと師匠が俺の胸を叩いた。


『……なんですか、それは?』

『答えは自分で探せ。そうすれば自ずと、使いどころも見えてくるだろう』


 結局、師匠は明確な答えを教えてくれなかった。ゆえに、俺は両手の枷を完全に外せずにいた。


 ……だが。今日、俺は外した。外すこと、そして力を全開にすることにためらわなかった。


 そうしなくてはならないと思ったからだ。追い詰められて仕方なく、ではない。


 俺は己の意思で、両手のベルトを外した。


    ☆


 両手の枷を外した瞬間、体が羽のように軽くなったのを感じた。


 ーーどごおぉおおおん。


 遠くで何か重いものが落ちたような音がした。俺の手に付いていた枷が、まるで隕石のようにクレーターのような跡を作っていたのだ。俺のじゅうりょくを吸っていた枷だから、あれほど重かったのだろう。枷は重しでもあった。今、枷が外れ、重さから解放された。


 ああ……なんて、体が軽いんだ。


 ふわり、と。俺の体が物理的に浮く。


「が、ガイア君……その、痣は……?」


 誰かが声を上げる。俺の腕には黒い痣が浮かんでいた。


 黒い触手のような、ロープのような長い何かが体に巻き付くような痣が、腕に出現している。露出した手のひらにも痣が浮かんでいる。たぶん体の他の部分にも出ているのだろう。


「ガイアさん……! そ、空飛んでる!? い、一体何が起きてるの!?」


 別の誰かが驚いている。だが俺は目の前の敵だけを見据えていた。


「ああぁ……! ガイアぁ……! 素晴らしい……♡ ああ、実に素晴らしいよぉ! 君は自分を縛るこの星の重力から解放されたんだなぁ……!」


 敵が何かを喚く。意味は分からない。俺に分かることは、あの気色の悪い磁力使いが、今の敵だということだけだ。


 殺す——。俺の腹の奥から黒い衝動が湧き上がる。


 アイツを殺せ……殺せ、殺せ殺せ殺せ……! あいつは俺の大事な人間の命を奪おうとしている。俺は、それを許せない。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」


 空気がビリビリと鳴動する。誰の声か判別できない。喉が震え、空を仰ぎ大きく口を開ける。


「さぁ愛する我が弟よ! ころし合おうじゃあないか……!」


 敵が岩を投げてくる。いくつもの巨岩が俺を押し潰そうと迫ってくる。あんなもので俺が殺せるとでも思っているのか。


 俺は右手を前に突き出す。ズンッ……!


「岩が落ちた!? ガイアさん……手で岩に触れてないのに!?」

「はっはっは! いいぞぉガイアぁ……! その姿になれば、手で触れずとも、自分を中心として重力を完全に操れるのだなぁ!」


 続けて俺は敵に手を向ける。


「■■……!」


 殺意を込めて本気の重力をぶつける。ズンッ……! 敵の体が地面に沈んでいく。


「■■! ■■!」


 さらに重力を乗せ、奴がぐちゃぐちゃになるまで押しつぶすつもりで叩き込む。


「これは……」

「ギンコさん……」


 何度も何度も敵を押しつぶした。だが一つ気づいた。奴が……その場にいない?


「く、ははははははは! いいぞぉガイアぁ……!」


 振り返ると、奴がいた。いつの間にか移動している。


「おまえの体におれの磁力あいを付与した! おれの体にマイナスの磁力を付与し、そしておまえが攻撃する瞬間に、磁力でおまえに引っ張ってもらったのだ!」


 うるさい。敵がまだ生きているなら殺す。


「■■ぇ……!」


 俺は敵の顔面に拳を叩き込む。ビタァ……!


「ああ~……♡ 無駄だぞぉガイアぁ……♡ おまえにはおれのじりょくが付与されている。おまえが攻撃しようと、おれとお前は反発し合う。ぞくぞくするよ……おまえの愛が! おれを殺そうとする強い強いきもちが! 伝わって……ぶべぇえ!」


 俺の拳は敵の顔面をぶち抜いた。


「あぁ……♡ そうかぁ……♡ おれの磁力を突破するほどの強い力で、おれを引っ張ったのだなぁ~……♡」


 敵は地べたに這いつくばり、顔面が崩れてもにちゃにちゃと笑っている。


「ガイア……♡ 君は重力操作の応用で、もう一つの強い力を使えるんだね。相手を自分に引き寄せる……【万有引力】を!」


 うるさい。敵はまだ何か喋っているが、俺に分かるのはやつが生きていることだけだ。俺は万有引力を使い、やつを引き寄せる。


「あぁ~……♡ がいあぁ~……♡ おれの反発する磁力よりも、さらに強い万有引力でおれを引き寄せてるんだなぁ~……♡」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」


 敵の顔面を殴る。やつの見えない力がそれを阻もうとするが無駄だ。


 俺の引き寄せる力のほうが強い。殴る。殴る。殴る。


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!


「ぶげらぁあああああああああああああああああああああああ!」


 敵が遥か彼方へ吹き飛んだ。


「す、すごい……我々では手も足も出なかった相手を……あんな一瞬でぶっ倒してしまった……」

「が、ガイアさん……す、すごすぎる……!」

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