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23.魔人襲来、しかし撃退する



 ……結局、リィナたちと同じテントで泊まることになった。

 薄着の美少女が二人、同じ空間にいる。……正直、ドキドキしてしまう。


 テントの中には、くぅくぅという可愛らしい寝息が二つ。

 そして……甘い香りが充満していた。花とも果実とも言えない、甘い匂い。頭が……くらくらする。


 リィナたちも最初はきゃあきゃあと騒いでいたが、長旅で疲れたのか、ほどなく眠ってしまった。


 一方で、俺は疲れを感じていない。そんなに長く馬車に乗っていたわけでもないし、

 何より……俺は戦いに参加していないからな。


「!」


 そのときだった。重力トラップに、何かが引っかかった。

 おそらく魔物。だが、かなりの強さがある。


 雑魚なら重力場にかかった時点で動けなくなる。だが、そいつは加重グラヴ・ブーストを受けてもまだ動いている。


 様子を見るべく、俺は素早く外へ出た。


「ん? よぉ~!」

「!? おまえ……」


 ……魔物だと思ったら、魔物だけではなかった。

 たしかに重力場には魔物が引っかかっている。でかい竜だ。ぶっとい四肢と緑の鱗――

 緑竜グリーン・ドラゴン


 ランクはA。ギンコさんたちでも倒せる魔物だ。いや、Sランカーなら、か。


 そんな強敵を、一瞬で屍にしたやつが、いる。

 緑竜の死体の上に座っている、男……。


 こいつが――。


「ん? どうした兄弟?」

「兄弟……だと?」

「おう! オレはおまえの兄貴だからな?」


 ……当然だが、孤児の俺に兄弟なんていない。

 初対面のくせに兄を名乗ってくる、なれなれしい男だ。


 だが、俺はやつから目を離せなかった。

 わかる。こいつが尋常ならざるモノであることが。


 理屈は説明できない。だが理解はできる。息の仕方をいちいち説明できないのと同じだ。


「魔人……!」

「お、よくわかったなぁ、弟よ。ご明察。オレは魔人。他の兄弟からは、マルスって呼ばれてるぜ」


「マルス……兄弟、ね」


 師匠は言っていた。魔人は俺の他にも複数体いると。

 緑竜を、こいつはひとりで、しかも一瞬で倒した。

 そう、トラップに緑竜がかかり、俺が感知してここへ来るまでの間に――。


 この魔人マルスは、どこからか飛んできて、緑竜を瞬殺したのだ。

 ……かなりの強者。


 しかもそんな強者まじんが、他にも複数体いる。

 一体どこに……?


 この場にいたら、まずい。とにかく今は情報を集める。


「……何が目的だ」


 俺は自分の両手首を見やる。

 そこには枷がつけられている。囚人のそれではない。


 一見ただの黒い革ベルト。だが、それが枷だ。

 ……最悪、これを外すことになる。


「おおーい、何を殺気立ってんだよ~。もしかしてオレがおまえを殺すと思ってる? ないない!」


 ヘラヘラ笑いながら、魔人マルスが近付いてくる。


「近寄るな……!」

「え、こわ。なに、思春期? まあオレにもそんな時期あったなぁ~」


 ……なんだ、この余裕。ほんと、訳がわからない。


「答えろ。何が目的でここに来た?」

「何がって、兄ちゃんが弟に会うのに理由いる? オレたち家族だろ?」


 ……何言ってる?


「俺は孤児だし、あんたみたいな兄を持った覚えはない」

「そらそうだ。オレらは別に、血がつながってるわけじゃねえしな」

「……じゃあなんで俺を弟と呼ぶ、魔人マルス」

「そら、お前も魔人だからだよ」


 にっ、とマルスが笑う。


「お前もオレも、同じ魔人。魔人にゃ親がいねえ。ある日突然、この星に生まれるんだ」

「…………」


「ありゃ、驚いてない?」

「……まあな」


 魔人についての基礎は、師匠から教わっている。


「同じ境遇、同じ星から生まれた存在。だから家族――ってわけだ。なあ弟よ」


 す……と、マルスが手を伸ばす。


「オレは、お前を迎えに来た」

「……迎えに?」

「おう。オレらの長兄が、おまえを迎えに行けって言ってよ」


「長兄……」


 こいつより上位の魔人、ということか。なぜ俺を――。


「なぜ俺を迎えようとしてる? マルスも、その長兄とやらも」

「えー? 迷子の家族がいたら迎えに行くもんだろ? なあ?」


「……知るか」


 俺に家族はいない。わかるはずがない。


「そうツンケンすんなって。別にころしゃしないよ。その証拠に、ほら、このトカゲぶっ殺してやっただろ? 弟を守るためだよ」


 そのときだった。


「ゴギャァアアアアアアアアアアアアアア!」


 上空から、もう一体の緑竜が降りてきた。

 さっきの死骸より大きい個体。……おそらく親だ。

 子の帰りが遅くて見に来た。で、無惨な死を見つけ、襲いかかってきたのだ。


 ぐんっ、と親の緑竜がマルスへ迫る――ビタッ。


「んー?」


 マルスの頭上で、親の緑竜が停止している。

 俺と同じ……能力?


 いや、師匠は言っていた。魔人の力は、一人一人違うと。

 つまり、やつは重力使いではない。


 重力以外の力で、あの巨大なドラゴンを止めている。

 ……こいつは、何の魔人だ。


「おい。弟との楽しい会話の邪魔すんなって」


 ずずず……と、マルスの周囲に黒い“何か”が湧き上がる。

 地面から溢れるそれは、黒い粒々に見えた。暗くて判別しづらいが……ガス、か?


 黒い粒々が緑竜の体にまとわりつく。

 そして――


 バチュンッ!

 ぼとぼとぼと……。


 緑竜の身体はバラバラになった。さっきの個体と同じ“死体”が、できあがる。


 ……マルスが魔人としての力を使ったのだ。

 俺が重力を操るように、こいつも“何か”を操って、緑竜を瞬殺した。


 ――やばい。この力を向けられたら、この場の全員が殺される。


「ん? 何びびってんだ、おまえ。おまえも魔人だろ? しかも長兄いわく、『兄弟の中でもとびきり強い。期待が持てる』ってよ」


 たしかに――力を解放すれば、こいつと互角に戦えるかもしれない。だが、

 それはつまり、魔人としての力を全開にするということだ。


「で、だ。弟よ。来いよ、オレたちんとこに」

「…………」


 こいつが俺以外の人間を認識していないわけがない。

 でも、手を出してこないのは――


 目的がこの場の人間を殺すことではなく、俺を“勧誘”することだからだ。


 つまり、勧誘に乗れば、リィナたちに手は出さない――かもしれない。


 ……俺ひとり、犠牲になれば。


「寂しかったろ? 今までずっと、ひとりぼっちでさ」

「!」

「違うのか?」


 ……たしかに、昔はそうだった。だが、今は違う。

 俺には今、守りたい“仲間”がいる。


 俺は片腕のベルトに手をかける。


「? どうした、弟よ。そんな怖い顔して」

「お前の勧誘には、乗らない」


 話に乗ったところで、リィナたちが無事で済む保証はない。

 ――馬鹿か、俺は。


 こいつと、リィナたち。どちらが大切かなんて、わかりきっている。


「なるほど……そうかぁ」


 ふわり、と緑竜の死骸が浮かび上がる。

 俺の減重グラヴ・ライトとは違う。見えない手で掴み上げているかのようだ。


「そこの塵が気になるんだな。よーし、わかった! 兄ちゃんがミナゴロシにしてやろー」


 やはり――!

 マルスが謎の力で持ち上げた死骸を、すさまじい速度でキャラバン隊へ投げる。


 ……俺は躊躇しなかった。

 ベルトを外す。


 ズドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!


    ☆


「わわわっ、な、なになにっ!?」


 テントから、リィナとノエルが飛び出してきた。

 騒ぎを聞きつけたのだろう。


「ガイアさん、一体何があったの!? 地割れ!?」


 そう――

 さっきまで魔人マルスがいた場所には、大きな地割れがあった。


 地面に裂け目が開き、そこから……闇がのぞいている。


「そう、ただの地割れ。自然現象だ。敵襲じゃない。安心してくれ」


 俺は嘘をつく。……ずきり、と胸が痛んだ。だが、この子らを不安にさせたくはなかった。


 駆け出しの彼女たちに、魔人の相手は荷が重すぎる。

 魔人バケモノの相手は、魔人おれがすればいい。


 日が昇る。すでに緑竜の死骸も、魔人マルスもない。

 倒せたとは思えない。手応えはなかった。だが――撃退はできた。

 Aランク魔物を瞬殺できる魔人を、だ。


 ……まったく安心はできない。奴は言っていた。

 俺の【攻撃】が届く瞬間――


『気が立ってるみたいだなー。出直すわ~』


 ……魔人マルス。俺を“家族おとうと”と呼ぶ化け物。

 そして俺自身もまた、バケモノであり――。


「……ガイア。大丈夫?」


 すっとノエルが近付いてくる。俺の手をつかもうとして――

 俺は、その手をすり抜ける。


「朝飯、作るよ」

「……ガイア」


 そうだ。俺は――

 この子たちとは、違うんだ。

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