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5.突然の別れ



「ナナシッ!戻って来い!————ナナシ!!!」


 天邪鬼が必死にこちらに手を伸ばす。


 私の手も伸ばせば、届く距離だった。


 ―――けれど私は、手を伸ばす代わりに微笑んだ。


「――――――ッ!!!」


 彼が私の本当の名を呼んだ。

 けれど、私は重力に抗うことなく水の中へ沈んだ。


 ドボンッ


 水の流れる音がする。


 このまま私も、水と溶けあえたらよかったのに。

 

 目を閉じれば、流れた涙は水に消えていった。




















「ごきげんよう」


「………………貴様か、瓜子姫という女は」


 瓜子姫と天邪鬼が玄関で顔を合わせた。


 その様子を目撃した私は、もうその時が来たことを悟った。











 きっかけは一通の手紙だった。

 気づけば枕元に置かれてあったそれには、天邪鬼の力が衰えていることが書かれていた。


 そんなはずがないと思い、こっそり屋敷の外に出ようとすると首筋に走る電撃が明らかに弱くなっていた。そして最近、天邪鬼のぼーっとする時間が増えている事にも気づいていた。


 だから、私はその手紙に書かれていることを信じるしかなかった。


 次々と送られてくる手紙には、私が傍を離れなければ天邪鬼が神としての力を失うことが書かれていた。でも私は、天邪鬼のそばを離れられなかった。…………どうしても離れたくなかった。


 けれど、決断の時は無情にやってきた。







「もてなしてくださり、ありがとうございます」


「さっさと帰れ」


 客間に座る瓜子姫と、立ったまま柱に凭れて顔をしかめる天邪鬼。


 私はただ、瓜子姫だけを見ていた。

 …………私をここから連れ出す、協力者のことだけを。





「ナナシ、気分が悪いのか」


「いや、大丈夫」


 ひきつる頬を無理やり吊り上げ、天邪鬼に笑いかける。

 最後くらい、笑顔の自分を見せたいと願う、精一杯の足搔きだ。


 そして、折った小さな紙を渡した。


「なんだ、これは?」


「あと30分経ったら、開けていいよ」


「またいたずらか?」


 にこにこ笑ったまま、私は答えなかった。

 すると天邪鬼は仕方なさそうに笑い、その紙を懐にしまった。








「では、お暇いたしますね」


「二度と来るな」


 玄関で瓜子姫を見送る。

 天邪鬼はうっとうしそうに壁に凭れ、彼女を横目で睨んだ。


 …………立っているのも辛いほど、彼は衰弱しているのだろう。


「では最後に別れの握手を」


「絶対やらん」


「あら、残念」


 悲し気に目を伏した瓜子姫。

 そして、彼女は私に目を向けた。


(ああ、とうとうお別れか)


「では、ナナシさん。貴方さまは握手してくださいますか?」


「………………はい、もちろん!」









 彼女の手を握った瞬間、私はこの世界に来た時の川辺にいた。


 周囲には誰もいない。

 私をここに送った瓜子姫もいない。


 けれど、私にはやるべきことが自然とわかった。



(この川に飛び込めばいい)



 自然とそう思った。

 

 一歩、また一歩、川に近づく。


 あと一歩で川に飛び込める。

 体が水面にむかって傾いた、その瞬間。



「ナナシッ!!」



 ここにいるはずがない彼の声が聞こえた。


 振り返ると、必死にこちらへ手を伸ばす天邪鬼がいた。

 すごい速さでこちらに向かい、私が手を伸ばせば届く距離だった。


 ―――けれど私は、手を伸ばす代わりに微笑んだ。


 私の体はすでに天を仰いでいた。

 


「――――――ッ!!!」



 彼が私の本当の名を呼んだ。

 

 あれから30分はまだ経っていないはずなのに、もうあの紙を見てしまったらしい。

 彼の堪え性のなさに、仕方のない人だと笑った。

 そして、最後の言葉を彼に紡いだ。


 そして、私の体は重力に抗うことなく水の中へ沈んだ。





 ドボンッ


















【「天邪鬼」視点】



 自分の力が衰えていることには気付いていた。



 けれど、俺はただナナシと共に過ごせるだけで幸せだった。

 彼女へ紡ぐ心からの言葉によって、「天邪鬼」としての神の力が失われることすら幸せだった。



 この力が失われるほど、俺の言葉が真実であることを証明するから。



 『反対のことしか言葉に出せない』


 「天邪鬼」とはそういう神だ。


 なぜ、そんな神なのか。それに理由はない。

 「天邪鬼」はそんなひねくれた神であり、俺がその「天邪鬼」だっただけの話だ。


 「天邪鬼」としての制約を破ってでも、彼女と過ごしたかった。

 そして、その日々は幸せだった。



 それなのに————!



『さようなら』



 彼女の最後の言葉は、これだけだった。



 俺に真名をのせた紙を渡して!


 やっと想いを伝えてくれたと喜んだ俺を残して!


 これから互いに愛し合って過ごせるんだと期待した俺を裏切った! 



「―――――ッ!!!」


 すべての想いをのせて叫んだ彼女の名は、我ながら悲痛な色を帯びていた。

 その声を聞いて、彼女は残酷に微笑んだ。



 ドボンッ    ドボンッ



 川に落ちた彼女を追って、無我夢中で水中を潜る。

 

 けれど、彼女の姿はどこにもなかった。




「ああああ”あ”あ”ーーーー!!!!」




 悲痛な叫びが水面に反射する。


 その声はどこまでも響いたが、一番届けたい人には届かなかった。



 

玉の緒よ 絶えなば絶えぬ ながらへば しのぶることの 弱りもぞする

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