3.ミッション:新たな住処を探そう!(妨害しかない)
「天邪鬼、ちょっと出かけてくるね」
「駄目だ」
「取り付く島もない!」
「必要なものがあるなら言え、とってきてやる」
「いや…………まあ…………」
超絶美人な神様である瓜子姫と天邪鬼の恋路を守るため、私は離婚計画を遂行することにした。
まず第一歩として、私の新たな住処を探す必要がある。出て行くにしても、私はこれからも生きて行かなければならないからね。切実に。
そのために、こっそり出かけようとするのだが、毎度邪魔が入る。
「昼餉の時間だ。行くぞ」
「はーい…………」
瓜子姫が訪れて以来、天邪鬼が屋敷を不在にすることがなくなった。
そして、私を監視するように昼夜問わずべったりとくっついてくるようになった。
「……………………近くない?」
「そんなことはない」
「……………………」
「さっさと食え」
私は現在、昼餉を食べている。
…………天邪鬼の足の間で。
膝をたて、両足で囲い込むように私を挟んでいる。
腹部に両腕をまわされ、拘束されている感がハンパない。
「食い終わったな」
「………………はい」
「ナナシ!ナナシ!」
「え、何々!?」
「どこにいる!勝手にいなくなるな!」
「お手洗いなんですけど!?」
「ナナシ!」
「今お風呂ーーー!!」
「……………………」
「え、寝床はだめじゃない?」
「夫婦は同じ褥で寝る」
「今までそんなんじゃなかったじゃん…………」
日に日に天邪鬼の束縛は酷くなった。
これは恐らく、彼の性質が関係しているのだろう。
天邪鬼は正反対のことをしたがる。
おそらく「離婚する」という言葉が引き金となり、こんな状況になってしまったに違いない。
(じゃあ反対のこと言えばいいじゃん)
そう考えた私は、愚かとしか言いようがなかった。
「結婚しよっか、天邪鬼」
「……………………は?」
「結婚だってば、けっ・こ・ん」
私は「しない!」という彼の言葉を待った。
しかし、その言葉は一向に聞こえてこない。
一拍おいて、私は天邪鬼に力強く抱きしめられた。
「……っ!ああ!結婚しよう!」
「!?」
「待っていろ。あの時の白無垢をもってくる」
「まてまてまて!」
とんでもない方向に話が進んでしまい、私は企んでいた魂胆を全て話し土下座した。
あの時の天邪鬼の目の冷たさと言ったら…………思い出したくない。
結局わかったことは、天邪鬼が離婚しないことにムキになっていることだけだった。
【「天邪鬼」視点】
ナナシが俺と離婚すると言った。
瓜子姫とかいうよくわからない女のせいで。
怒りで目が真っ赤になり、一時はその女を殺しに行こうとした。
けれど、その間にナナシが屋敷から逃げてしまう可能性に思い至り、耐えた。
「愛してる」
懐で眠るナナシに囁く。
眠っている彼女にはいくらでも愛を囁けるのに、目を覚ましている時は言えない自分が嫌になる。
だが、「離婚したくない」と言えたことは大きな一歩だった。
恐らくナナシの「離婚する」という言葉によって俺の制約が解けたのだろう。
「反対のことしか言えない」というクソみたいな制約のせいで、俺は最愛の存在を危うく取り逃すところだった。これほど、神を辞めてしまいたいと思ったことはない。
(この言葉も、本人に伝わらなければ意味なんてない)
いくら愛してると囁いても、傍にいてほしいと願っても、彼女に伝えられなければ何の意味もないのだ。
(俺はどうして…………『天邪鬼』なんだ)
生まれた時から「天邪鬼」としての制約があった。
別に不自由はなかった。むしろ制約によって得られる力は便利だった。
――――ナナシと出会うまでは。
「頼むから、俺から離れないでくれ…………」
悲し気で頼りない声が、彼女に届くことはなかった。
「天邪鬼、なんか届いてるよ」
「ああ」
「……………高級そうな矢文だね」
羽の部分は赤と金の不思議な羽だった。
…………若干、燃えている気がするのは気のせいだろうか。
「あいつからの手紙だ」
「あいつ?」
「神の頭」
「え、無視したらだめじゃない!?」
慌てて手紙を渡し、文を読ませる。
すると、そこには「顔を見せるように」という催促が書かれていた。
その手紙を、天邪鬼は燃やした。
「なにしてんねん!」
「問題ない」
「問題しかないわ!」
コンコンと説教した末、天邪鬼は神様のお頭に顔を見せに行くことになった。
これで私も新しい居住地を探しにいけると思っていると、彼に手招きされた。
素直に彼の傍にいくと、そっとハグされた。
可愛いことするなぁと思っていると、首に激痛が走った。
「いったッ!!」
「……………………」
ペロッ
慌てて離れようとするが、両腕を背中と腰に回されて逃げられない。
そのまま私は涙をこらえながら、首筋を舐められ続けた。
「――――ああ、綺麗についた」
その言葉で解放され、私は急いで天邪鬼から距離をとった。
そして首筋をみると、くっきりと歯型がついていた。
その歯形はなぜか赤黒く光っており、明らかに呪術的な類のそれだった。
「い、一体なにを………」
「お前がこの屋敷から出ないようにするまじないだ」
(呪いの間違いでしょ………!)
天邪鬼の用意周到さに恐れおののく。
どうやらよっぽど、離婚しないという言葉に囚われているらしい。
まさか私を逃げられないようにするとは…………。
「行ってくる。…………大人しくしておくんだぞ」
最後の一言を耳元で囁かれ、背中に冷や汗が伝う。
固まった私をみて満足そうに笑った天邪鬼は、そのまま天に昇って行った。