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1.生贄になりました



「おい、こいつは…………」


「ヘンな着物だ」


「化け物か?だが人のなりをしている」


「ああ、おそろしや…………!ただでさえ、あの()がこの村のはずれにいるというのに」




「う、うう…………」




 ひそひそとした声に目を開けると、私は昔の服装をした人々に囲まれていた。

 ちょんまげをしている人もおり、麻みたいな布でつくられた着物をきている。

 

「ここは…………」


「あな、喋った!」


「あな、おそろしや!」


 一言発しただけで周囲から人が一気に離れた。

 …………私を化け物か何かだとでも思っているのだろうか。

 

「あの」


 めげずに話しかけようとして、一番近くにいた村人に手を伸ばす。


「ひいッ!呪われる!」


 気が付くと周囲から人は消え去り、私は一人になった。


「…………え?」


 困り果てた私はとりあえず喉を潤そうと思い、川辺に行った。










「綺麗な川だね~」


 工場の排水や船の燃料にまみれていない綺麗な川。

 清らかな川には藻が靡き、魚が泳いでいる。

 

「…………桃でも流れてきそう」


 そう、この世界はまるで日本昔話に迷い込んだような世界だ。

 さっきまで汚水まみれの川辺を歩いていたはずなのに。


「…………あの世?それとも、異界に迷い込んだ?」


 夏の季節もあいまって、怪談の方向へ想像が向かってしまう。

 確か、川は曰くつきの場所だった気がする。


 様々な怖い話を動画で聞いてしまっていたのも最悪だ。

 あんな動画、見るんじゃなかった。


「…………ん?」


 気が付くと、夕陽が川に反射していた。

 世界が夕暮れ色に染まったその時、川の向こうから何かが流れてきていた。


 無数のそれは舟だった。


 …………無数の黒い影をのせた、無数の舟。


「!!」


 慌てて私は草陰に隠れた。

 

 チリン チリン


 鈴の音が背後から聞こえてきた。

 私は目と耳を塞ぎ、時が過ぎるのを待った。







 サアァーーーー


 風が私の頬を撫でる。


 目を開けると、周囲は少し暗くなっていた。

 そして、あの異様な気配も消えていた。


 行く当てもなく、恐ろしい光景を見てしまった私は限界を迎えた。

 そばにあった木に背をあずけ、気を失った。















 ざわざわ ざわざわ


「…………?」


 騒がしい人の気配を感じ、目を開ける。

 すると、私はどこかの屋敷に横たえられていた。


「!?」


「ああ、目を覚まされましたか!」


 そう声をかけてきたのは、良い生地っぽい着物を着た女性だった。

 

「…………え、何?」


「天女様、どうぞこちらへ」


 あれよあれよと連れて行かれた場所は風呂場。

 そこで私は数人の女性たちに体を洗われ、花嫁が着るような白無垢をきせられた。




「天女様。どうぞこちらでお待ちください」


 そのまま屋敷の離れに連れてこられた私は、小綺麗だが小さな小屋に入れられた。

 花が敷き詰められ様々な貢物が置かれたそこは、まるで生贄を捧げる場所みたいだった。


「……………………」


 明らかに不穏な予感がする。

 でも、右も左もわからない私に抗う力はない。


 耳を澄ませば、まだ小屋に近くにいた人間たちの声が聞こえてきた。


『都合よく、人が拾えてよかった』


『どこの者かはわからんが、どうせ捨てられた余所者だ』


『『あの方の生贄に丁度いい』』


 会話の内容を要約すると、こんな感じだった。

 つまり、私は世も知れない「あの方」とやらに捧げられる供物になったらしい。


「因習文化か…………」


 現代とは思えない行為に瞠目する。

 何かを鎮めるためだなんて、人の心の弱さの表れだ。


「…………って言ってられないんだよなぁ」


 この世界で見てしまった異形の存在。

 川で出会ったあれらは、明らかにこの世のモノではなかった。


「…………痛くないといいな」


 逃げるあてもなく、恐ろしい存在が跋扈する世界を彷徨うくらいなら、誰かのために生贄になったほうが有意義かもしれない。


(まあ、右も左もわからない私を生贄にした彼らは呪ってやりたいけど)


 一言あれば、私も快く生贄に…………いや、ならないか。

 でも、説明くらいしてくれてもよかったんじゃない?


 鬱々と考えていると、不意に周囲の空気が静まった。


「……………………」


 ドクンッ


 心臓が跳ねる。

 ドクドクと鳴る心臓の音に耳を集中させていると。


 バンッ


 小屋の扉が開いた。

 扉に背を向けている私は、背後からのびる影しか見えない。

 

 …………その影には、人にはないはずの1本の角が生えていた。


(ああ、鬼か)


 実体があってよかった。

 だって、これなら物理攻撃が効く可能性があるから。


 バッ


 振り返ると、そこには————。


「え、人?」


「なっ!」


 エキゾチックな小麦色の肌に、艶やかな黒曜石の短い髪。

 瞳は柘榴のように紅く、シュッとした精悍な顔つきをしている男性がいた。

 

 容姿は明らかに人間であり、ただ頭に生えた1本の角が人間と異なるだけだった。


「なんだぁ、こんなんなら前もって言っといてよ」


「はあ………!?」


「あ、私、名無しの権兵衛です」


「はあ!?」


「ナナシって呼んでください」


「は!?」


 これが、私と「天邪鬼」との出会いだった。














「おい、ナナシ」


「はいはい」


「こんなんを俺に食わせる気か」


 天邪鬼が指差したのはちゃぶ台の上にある味噌汁。

 ジャガイモとネギ、ニンジンが入れられたごく普通の味噌汁だ。


「こんなものを食わせる奴とは離婚だ!」


「うんうん、美味しかったんだねー」


「違う!」


 村のはずれにある屋敷では、毎回こんなやりとりが繰り広げられていた。


 私は「天邪鬼」と呼ばれるこの鬼に花嫁として捧げられた(無断で)。

 最初の出会いでは、捧げられる対象が物理攻撃が効く存在だったことに安堵し、私はそのまま彼の屋敷に押し掛けた。私には住む場所も食べ物もなかったため、これ幸いと彼の屋敷に住みついた。

 

 恐れられているこの鬼は、私にとってはだたのひねくれた角が生えた人間としか思えなかった。


 この人はただ、人から言われたことに対して反対のことを言わないと気が済まない性質なのだ。



「飯が不味い!」


「洗濯はもっと丁寧に!」


「掃除は隅までしろ!」


 小姑のようなことを言うが、天邪鬼はなんだかんだ言って手伝ってくれた。

 家族からずぼらであるという評価を得ていた私にとって、彼の指摘はありがたかった。

 よく母に小言を言われていたことを思い出すほど、懐かしい言葉だったから。


 色々とうるさい彼だが、本当は優しいことも知っている。


 元の世界の家族を思い出して布団の中で泣くと、次の日には枕元に桃が置かれた。

 お礼を言うと、「なんのことだ」と言って素知らぬふりをする。


 彼は不器用なのだ。


「天邪鬼はかわいいね~」


「なっ!だまれ!」


 成人男性をかわいいと思ったのは、彼が初めてだった。

 でも、一緒に暮らすうちに彼がかわいくて仕方なくなったのだから、仕方ない。


「なでなでしてあげようか」


「絶対にやめろ」


 ツンツンボーイは今日も絶好調だ。








【『天邪鬼』視点】


 「ナナシ」という女が来てから、俺の日常が変わった。

 以前の俺の、あの日常があの女のせいで破壊されたのだ。



 俺は人間がここに住みつく前から存在した。

 ()()()の目が届かない場所として、ここが丁度よかったからだ。

 気の向くままに獣を喰って、気の向くままにモノを破壊した。

 

 当時はむしゃくしゃしていたのだ。


 そのせいで、俺は近くにやってきた人間たちに荒神として祭られるようになった。

 供物がたびたびこの屋敷に届き、女がやってくることもあった。

 生き物は面倒だったから、屋敷の外に放り投げた。

 ある日から例の小屋に供物が捧げられるようになり、俺はそれをとりに行くようになった。

 どうやら、人間共は屋敷に来ることすら恐れるようになったようだった。


 誰とも交わらず、気ままに過ごす。


 そんな日々に、あの女が現れた。


「なんだぁ、こんなんなら前もって言っといてよ」


(なっ、なんだこの人間は!)


 いつものように供物をとりに来た時、白無垢を着た女が意味のわからないことを言った。

 喚くでもなく、罵るわけでもない。

 ただただ、俺を真っ直ぐに見つめた。その瞳には安堵の色すらあった。


(な、なぜこの人間は俺を恐れない!)


「はあ………!?」


 俺は全ての感情が渦巻いた末、言葉が発せなくなった。


「あ、私、名無しの権兵衛です」


「はあ!?」


(噓つけ!偽名だろ!)


「ナナシって呼んでください」


「は!?」


(なんなんだよ、この女!)


 これが、俺と「ナナシ」との出会いだった。














 なぜかあいつは、嬉々として俺の屋敷に住みついた。


 気づけば勝手に家事をしだして、そのいい加減さに思わず口を出してしまった。

 徹底して無視して、心が折れた奴を追い出す手筈だったのに。


 …………決して、口で勝てそうにないから無視しようとしたわけではない。決してな!



 ともかく、あいつの家事能力は微妙だった。


 飯は普通に食べられる。時々とんでもなく美味いこともあるが、確率は1ヵ月に一回くらいだ。

 掃除と洗濯は駄目だ。

 隅に残っている埃を気にしないし、ちょっとした汚れはみなかったことにする。


 奴はずぼらだ。


 屋敷の主である俺は、口を出さずにはいられなかった。



 ――――だから、あいつと言葉を交わすようになってしまった。


 …………情が、移ってしまった。







「―――かあさ…………とお、さん」


「……………………」


 家族を想って泣く彼女に、胸が締め付けられた。


(こんな感情…………どうしろというんだ)


 今まで感じたことのない感情をうまく処理できない。

 けれど、このまま彼女を泣かせたままではいられない。

 振り回される自分が滑稽だが…………悪い気はしなかった。


 涙で枕を濡らす彼女の目元を拭い、天界の山へ出向いた。




「なっ!貴方様は…………!」


 山の門番であるサルを叩きのめし、山頂に実っていた桃をむしり取った。


「それは主様に捧げる桃でございまするッ!なにとぞ、何卒ご容赦を~!」


 足にまとわりつくサルを蹴とばし、両手に抱えた桃を屋敷に持ち帰った。


 泣きつかれた彼女は、スヤスヤと眠っていた。

 その枕元に両手に抱えていた桃を置く。

 桃に囲まれて眠る彼女がおかしく、くすりと笑う。


 彼女を愛しく思っている自分に気づき、ハッとして表情を引き締める。

 そして、桃を一つだけ枕元に置き、あとの桃は納屋にしまった。


(ふ、ふん!あんな奴は桃一個で十分だ)


 彼女が夜に泣くたびに、桃は一つ、また一つと減った。


 そしてしばらく経つと、納屋から桃が減ることはなくなった。










「離婚してやる!」


「はいはい、今日もかわいいね~」


「――――っ!!」


 悪態をつくたびに、彼女は愛おしそうな目を俺に向けてきた。

 その目を向けられるたび、俺は為すすべもなく口をつぐんだ。


 温かなその瞳に、心が満たされてしまった。


「絶対に漏斗をつけて追い出してやるからな!」


 心にもないことしか言えない自分の口を呪う。

 正反対のことしか言えない自分の性質を、これほど疎ましく思ったことはなかった。


(違う…………俺が言いたいのはこんなことじゃない)


 愛している。ずっと傍にいてほしい。


 心の中ではいくらでも言えるのに。

 現実では決して口にできない。


(いつか、彼女が俺の傍を離れてしまったらどうしよう…………)


 その不安は、現実となった。




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