そんな目で見ないで。
「ひゃ〜!うちの推しかっこいぃ〜!!」
私、佐藤澪嵐。花の高校ニ年生だぞっ♡
隣ではしゃいでいるのは、私の親友の白石 真由香。
今は、朝礼が始まる前の謎の隙間時間。
「...あー、また"推し"?よくやるわ、推し活...だっけ?」
「絶対澪嵐もハマるって!あ、私の推しはこの人なんだけどさ〜!」
「はいはいそれ聞いたの459回目」
「え、数えてたの?」
「...............うん!」
「うわ、記憶力良いな」
もちろん、数えてたなんて嘘だ。適当な数字を言っただけなのに信じる真由香は、将来変な壺を押し売りで買わされそうで心配でしか無い。
「...あ、そういえば澪嵐知ってる?今週中に転校生が来るって噂!」
「はえー、そうなんだ。」
「イケメンだと良いなぁ...」
「うは、相変わらずの面食い」
そんな他愛もない会話をしていると、ガラッと音を立てて先生が教室に入って来た。
先生がドアを開けたのを瞬時に察知し、皆一斉に席につく。
「はい、皆席についてー?...って皆座ってる、偉い」
うちのクラスの担任の宮島先生、ちょー優しい。聖母マリアもびっくりだ
「はいはーい!先生も席についたほうが良いと思いまーす!」
「そーだそーだ、先生だけ立ってるなんて不公平だー」
真由香の先生に対する思いやりに張り合おうと、私も真由香に続き先生を席に座らせようとする。
昨日ぎっくり腰になったって言ってたのに、それでも教卓に立つ姿は輝いて見える。
多分幻覚だけど。
「いやー、僕は立ってて大丈夫だよ......ってどこから出したのその玉座」
宮島先生の視線の先にあるのは魔王が座ってそうな玉座。
さっき私がとある力で出したものだ。
その力とは...
「どこから出したかって...そりゃ小説の力ですよ。」
皆さんご存知小説の力でした。この玉座で宮島先生のぎっくり腰が治り、褒められること間違いなし!!
「こら佐藤さん、やめなさい」
「ぐぬぬ、解せぬ...」
宮島先生に怒られてしまった...何故だ。
「もう茶番は終わり!朝の会ちゃっちゃと終わらして授業やるよー!」
「「「はーい」」」
宮島先生がちゃっかり玉座に座っているのはツッコまないでおこう。
―― 今日も、騒がしい一日が始まる ――
と、思ったのも束の間。
もう時計は15時半を指している、本当に時の流れは早いものだ。
「ん〜っ、今日も疲れたー!」
隣で背伸びをしている真由香...うん、とても可愛い。
「ふぅ、推しを見て疲れを浄化しないと...」
私達は部活動に入っていないので定時退社、なんて気が楽だろう。
また推しをスマホで眺める真由香、飽きないのかな...
「アンタの推しは精神安定剤かなんかかよ..」
「澪嵐も推しが出来たらこうなるって〜!」
そういうものなのだろうか...私が推しを見て、「はぁ〜、今日もマジ天使っ!」だなんて言う姿...想像するだけで吐き気がする。
「そうだ、澪嵐は今のクラスで言うと誰推し?」
唐突に話題を振られた、流石陽キャ。
「誰推しって...そんな目で見たこと無いからわかんないし...」
「誰か一人選ぶなら!」
「えぇ...?」
さっきも言った通り、クラスの人...ましてや人類をそんな目で見たことがないから急に言われると困る。凄く困る。
「誰か一人選ぶなら......あ、宮島先生かな」
「.........なんか、違う」
「なにが!?」
この回答は真由香がお気に召さなかったらしい。
推しってなんだよ推しって!!
「ねぇ真由香、推しって...ど、どんな感じ...?」
「え?...うーん、わかんない!」
どうやら、真由香に聞いたのが間違いだったのかもしれない。
「わかんない!じゃなくてさ、そんな可愛く返事しても誤魔化せんからな?」
「可愛いって...きゅん」
「そこに過剰反応するな」
真由香は可愛い、成績も良いし顔も性格も良い。だが、それを本人に言うと今みたいに調子に乗ってしまう。
調子に乗らないようになるべく言わないようにしてたのに...気が緩んでしまった。
平常心平常心...
「まぁとにかく、よく聞け澪嵐君。推しとはな、目止めがあった瞬間...きゅ〜ん♡ってなるものなのだよ」
「なるほど、微塵も分からん」
「なんでっ!?」
頭はいいのに説明が下手なんだよな、真由香って奴は...
ほんと、俺が居ないとダメなんだからっ!
「澪嵐が聞いたから分かりやすく答えたのに...」
なにやら隣でミジンコがブツブツ言っているようだ。近づかないでおこう、多分噛まれる。
そうこうしているうちに解散の時間だ。
「真由香ここで曲がるんだよね。私真っ直ぐだから」
「あ、はーい、じゃまた学校でねー!」
「またねー。」
こうしてまた一日が終わる。
そして、また一日が始まる...
朝起きると、朝食を食べ、制服に着替え、髪の毛を高めに一つに結ぶ。
「行ってきます。」
その一言は、静かに家に消えていった。
......わけがなく
「あんたハンカチ持った?ちり紙は?お母さん帰ってきた時家に居ないかもしれないから鍵も持ってくのよ!?」
「あー、はいはいわかったよ、行ってきまーす」
お母さんの「忘れ物ない?」攻撃により足止めをくらってしまった...大幅のタイムロスだ。
「やっべ、間に合うかな...」
少し焦って小走りになりながら曲がり角を曲がる。
ドーン!
「いっ...たぁ...!」
曲がり角で誰かとぶつかった。
鋼の胸筋かってくらい痛い、たんこぶできそう...
「ご、ごめんなさ......い...」
私は目を見開いた。
だって、そこに居たのは...
電柱だったのだから。
「......」
うん、鋼の胸筋どころか コンクリートの円柱"電気タイプ"だったわ。
ちょっと、ほんのちょっとだけイケメンとぶつかったかもなって希望を持っていたのに。
でもあまりに硬かったから、イケメンよりも先にボディビルダーとぶつかったのではないかという想像しちゃったけど。
って、こんなことをしている場合では無い...
「大幅タイムロスっ...RTA最下位レベルだって...!」
今の私が出せる全速力で学校へ向かう。
ガラッと大きな音を立てて扉を開ける。
幸い、チャイムは既に鳴っていたが先生が来ていなかった。
「ぎ、ギリギリセーフっ...!」
私の顔はきっと火照っており、汗だくで息も凄く上がっている。
「み、澪嵐!?どうしたの!?」
きっと傍から見るとなにかから逃げてきたように見えるだろう。
あながち間違いではない、私は母親の「忘れ物ない?」攻撃と電気タイプの円柱から逃げてきたのだ。
「だっ、大丈夫...ヴェホッ...」
全力で走ったので喉がカピカピになり、なんとも女子とは言い難い咳をする。自分でも、どこのジジイの咳かと思ってしまう。
「絶対大丈夫じゃないよね!?保健室行く!?」
「いや、大丈夫...ただちょっと、疲れた...」
「そ、そう...?キツくなったらいつでも言ってね...?」
相変わらずの気遣いに惚れそうになったがグッとこらえ、教科書を机の中に放り込んで席につく。
「ほんとにギリギリだったね...まぁ宮島先生だったら許してくれるだろうけど」
「お母さんの攻撃を交わして曲がり角でボディビルダー電気タイプと恋の始まり...」
「ねぇさっきからなに言ってんの!?」
久しぶりに全力ダッシュした疲労と、学校に間に合ったことによる安心感で精神が不安定だ。
「ねぇ澪嵐ほんとに大丈夫...?」
「だ、大丈夫...多分」
「多分!?」
騒がしい会話をしていると宮島先生が教室に入ってくる。
「はい皆おはよ、席に付いてるねー?ってことで転校生がいまーす」
「「「急ッ!!!」」」
本当にうちのクラスが仲が良いな、日本は平和だ。
クラスメートは皆、イケメンか美女かの予想で争っている。
だが、かくいう私も初めての転校生で少し心が踊っていた。
「澪嵐澪嵐!転校生、どんな子かなぁ!」
「はいはい、イケメンだといいねー」
小声で話しかけてくる真由香に棒読みで返事を返す。
まぁ私はイケメンより可愛い女の子が来てくれたほうが嬉しいのだが...
「はい、じゃあ入っておいでー!」
先生がドアの向こうに居る転校生に合図を送る。
どんな人なのだろうか...
「....はい」
ドアを挟んでいるからか、返事は聞こえるか聞こえないかの声量だった。
ガラッと教室のドアを開け、そのままノンストップで黒板に名前を書く。
クルッと机側を振り向き
「...鈴木叶奏です、よろしくお願いします。」
彼を見た瞬間、時が止まったような気がした。
だが、教室全体に響く拍手で現実に引き戻された。
「...な、なんか目つき悪いね...ちょっと怖いかも...」
耳元で囁かれる、そんな真由香の言葉に少しカッとなり、ガタッと席を立って真由香の肩を強く掴む。
「......なに、言ってるの」
「...え、澪嵐...?」
突然の出来事にクラス中の視線が集まる。
だが私はそんなコトお構いなしに言葉を続ける。
「...目付きが悪い?怖い?」
「ちょっ、澪嵐どうし...」
「真由香ッ!!!」
「っ...!?」
クラスの空気が固まった、氷河期のように。
「......」
転校生くんは、私の「目付きが悪い」と言う言葉を聞いて少し顔を歪めた。
もちろん私はそんなことに気づかず真由香の肩を掴んでいた手を離して転校生くんの方に歩き始める
「....ねぇ君、鈴木くん...だっけ」
「...なに」
私が名字で呼ぶとこちらをキッと睨む。まるで、話しかけるなと言うように。
あぁ、そんな目で見ないで...そんな、そんな...!
「そんな...
そんな目で、私の癖にぶっ刺さりの軽蔑するような目でっ、見ないでよぉっ!!♡」
「...は?」
...氷河期再来。