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メイドの神様  作者: 湊真水
0章
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epi.2

電車に長いこと揺られ、段々眠りそうになる。

頭上のLEDが車内を照らして明るいのに対して、外は電車に乗る前より暗くなっており、とてもじゃないが海なんかは見えない。

今日は新月なのも相まって月明りもなく、余計と暗いのだろう。

こんなに静かで平和な夜も久々かもしれない、普段は暴言か何かしらが壊れる音がしていたし新鮮で案外気が楽で有難いかも

今ぐらいの時間になると、ほかに乗客もいないので意図せず貸し切り状態になっている。まるで私が貸し切っているみたいで少し面白い。


ただ窓から眺めていると、突然女声の機械音声が流れ始め、終点が近づいている旨を私に告げる。

徐々に電車はスローダウンしていき、金属の不協和音を立てて停車する。


私はゆったりとした足取りで無人駅を後にした。

重い瞼を何度かこすりつつ、鉛のような頭をあげると一気に開けた港が目に映った。

ここ、東矛港からは瀬戸内海へ出ることができ、様々な地域へに海路で直接アクセスできる。

なんだかんだこの港を利用するのは初めてだろう、これが最初で最後であることを心の底から願う。


そのままの足取りでフェリー乗り場まで向かうことにした。

港にはフェリー以外にも大小さまざまなタンカーが停泊しており、すぐ近くにあるサイズが形容できぬほどの巨大なフェリーには続々と自動車やバイクなどが運び込まれる。

愛媛の北部に位置する港の中では規模が大きめの港のためか、今の時間帯になっても船がせわしなく入出港を繰り返しており、行きかう人々や車両、船笛喧騒に包まれている。

今日、私が乗船する予定のは最後の便で、正直間に合うか怪しかったが、出向時間の一時間前に到着でき、意外と余裕をもって間に合ったらしい。

港に併設された築年数の経ってそうなターミナルビルでチェックインを済ませて、目的の船へと向かう。

暗闇からもわかるほどの巨大な船体が波止場に停泊しており、時折波に煽られてギシギシと不気味に軋んでいる。

人生初めての船なはずなのに、あまり胸が躍らない、今現在逃亡している身だから気乗りしないも仕方ないか。

船に吊りかかった橋を渡り、船の中へと入りこむ。内部は外観の単一的な白一色の外装とは打って変わり、少し古い団地の踊り場のような雰囲気で、天井には薄い緑色の蛍光灯か無造作に設置されておりかろうじて視界を確保できる。ただぱっと見でも足りない光量の所為か、船内の隅までは光が届かず、小さな暗闇が居座っている。

なんだか田舎の田んぼ道とはまた違った人工的な怖さがある。

船内では案内のアナウンスがせわしなく鳴り響いている。

出来れば甲板に出て潮風でも感じたいと思ったが、それを許すほど体に体力は残されていなかったので部屋に向かうことにした。


部屋は大部屋で一見広く見えるが、混雑時は想像するだけでもむせるほどに窮屈になるんだとか、この便はそうでないことを願う。

私は用意された布団を手際よくぱっぱと敷いて就寝に準備を始める。

申し訳程度のカーテンを引いて、ほんの僅かなプライベートスペースを用意できた。

まあこれぐらいの空間があれば不自由はしないだろうと考えながら、今日初めて横になった。

十二時間ぶりの羽毛布団は驚くほど深く沈み込み、ひんやりしていて肌触りがとても良い。

横になった瞬間、溜まりに溜まったが疲労感がどっと体から噴き出すように体中に伝わる。

今日だけで色んな事件が濃縮されていたのかと錯覚するほどには今日は疲れた。

大体あの屑男の所為ではある、というあいつとの接触以外は計画通りに行ったのだが。

とにかく疲れた。

今はそれだけが頭の中で浮かんでいる。


気を抜いてたらこのまま眠ってしまいそう、今日はこのまま寝てもいいかな。



いや、寝る前に荷物チェックだけしよう。


私は上半身を勢いよくあげて、そのまま立ち上がる。

急に立ったせいか視界がぐにゃっと歪んでふらふらする。


めまいが収まった後、棚にしまったリュックサックを手に取って、中身を布団の上に乱雑に放り出す。

私が持っていた化粧品の中でも最低限のものが入ったピンクのポーチ、ナプキンとピルに湯たんぽ、スマホの充電器、イヤホン、家出する前に着ていた部屋着、高校のカーディガン、謎のペンケース、期限の切れた学生証と一応取得した免許証、ハンカチとティッシュ、最後に使い古した財布である。

多分これだけあれば出先では困らないはず、ほかに必要なのはまた現地で買おう。


なんとなく気になって、今度は財布の手に取る。

小銭がぶつかり合って地面に落ちる、それから財布に手を突っ込んで札を六枚ほど掴む六万三百円、あと尻ポケットにも五九〇円あったっけ。

足りないのか十分なのか微妙な金額、まあ困るような資金ではないはずだろう。

私は出したすべてのものを逆の手順でしまうと、バサッと勢いよく布団に潜る。

とりあえずこのお金でどうしよう、あっちに着いたあとは?何とかアルバイトか何かで食いつながなきゃ


はあ、と意図せず大きなため息が出ると同時に無意味な想像をし始めてしまう。

普通の女子高生なら、大学に行けないにしてもまだ人生に選択の余地があったのかな。

少なくとも、こんなお金の問題に頭を悩ます必要も、家から逃げ出す必要がないのが普通のはず。

人並みの交流関係を築いて、遊んだり勉強したりして、青春を謳歌していたのだろうか。

私には到底想像できないし、得られないものだ。

いつもこんな非生産的な想像をした後、自身の境遇への理不尽さに絶望してしまう。


まるでネット小説みたいに不条理でくだらない世界だ、違う点があるとすれば、主人公である私には決定権もなければ脇役以下の人生を自らの手で変えることができず、ただただ定められた末路を辿るだけである。


そんな私を見た色んな人は、私を慰めたり励ましたりするどころか、被害者面するなと言った。

これぐらいやって当然女だから出来て当然と、平気で私を傷つけた。

今まで応える為に努力したけど、もうしなくて良いんだよね。


なんだか無性に涙がこみ上げる。


つらい、その一言だけで括れないけど、今の感情にはぴったりの言葉である。

私の十八年間はいったい何だったのか、純粋な疑問が心の奥底で一人残っている。


それから、ひとしきりひとしきり泣いた。流石に声をあげて叫べなかったが、それでも久しぶりにしっかりと気持ちを吐露した。


涙を流した後、なんとなく無力感に襲われた、意外と体力使うんだなと思う。


気づけば暖色の明かりは消え、船内は静まり返っていた。

先程までの喧騒も、アナウンスも、何もない。

不思議な世界、私しかいないみたいな感覚に陥る。

でもこの感覚に、不快感は全くない、むしろ心地良いぐらいにも感じる。


この空間を手放すのは些か勿体ないと思い、少し迷ったあと、私はゆっくりと立ち上がる。

持ってきていたカーディガンを念の為に着て、立ち上がる、周りの人は既に寝静まっている。

誰も起こさぬように慎重に間を通り抜け、靴を履いて暗い廊下を歩く。

ヴヴーっという機械音だけが通路にこだましている。


そのまま甲板に繋がっている重苦しい扉を押し開いて、外に出る。

想像していた夏のむさくるしい風は全く吹いておらず、代わりに爽やかな潮風が絶え間なく吹いており、私のぼさぼさとした横髪を靡かせている。


鉄柵に手をついて、ぼーっと目の前の光景をむさぼる。

思った通り、海はあまりはっきりとは見えない。

一切の光が反射していない海面は恐ろしいほど真っ黒で、底が見えない奇妙な感覚を覚える。


ただ、なんだか海が目の前にある感じがする、今にもこの手で掴み取れそうな距離にある。

潮の濃い香りが甲板上を漂う。


なんだか、全てどうでもよくなってしまう。

嫌なことが次々と頭の中から抜けていき、海面に溶けていく。


少しだけ、もう少しだけ、この海を独り占めしようかな。

ご愛読ありがとうございました

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