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数日後、アメリーが調査の手を伸ばしたのは、屋敷の東棟にある物置だった。
本来は使用人たちの控えの間だった場所。
だが、現在そこには誰も立ち入らない。
理由は、「よくない音がする」「冷気が出る」「視線を感じる」など、曖昧なものばかり。
アメリーはランタンの灯りを頼りに、錆びた鍵を使って扉を開けた。
重く湿った空気が、途端に肺を圧迫する。
中は古びた家具と布のかかった箱。
乱雑に詰め込まれた遺品と、誰のものか分からない肖像画。
その奥に、一枚だけ異質な布をかけられた台があった。
布をめくると、そこには破損した石像が置かれていた。
それはかつて中庭にあったもの。
アメリーは見覚えがある。
そういえば、石像が多くて、意識していなかったが、いつの間にかなくなっていた気がする。
台座には乾いた赤黒い跡。
血痕。しかも、かなりの量。
(なぜ、これを隠した?誰が、何のために?)
アメリーが手を触れた瞬間、強い残留思念が一気に流れ込んできた。
少女の悲鳴。倒れる音。
何者かが石像を突き動かし、何かを押し潰した。
ーーやめて。お願い、そんなこと。
ーー私は何も言わない!リシャール家に忠実な僕です!
低い呻き声。泣きながら何かを抱きかかえる誰かの影。
はっきりとした姿は見えなかった。
ただ、指に包帯を巻いた手が見えた。
(包帯? ケガをしていた?)
思念が消えた後、アメリーは手袋を外し、自らの手を見つめた。
アメリーの手は冷たく、汗ばんでいた。
翌日。
アメリーはコレットに会いにいった。
彼女は温室で花の手入れをしていたが、アメリーの顔を見るなり、少しだけ引き攣るような硬い笑みを浮かべた。
「何か、ありましたか?」
「昨日、中庭にあったはずの石像を物置で見つけました。血がついていて……あれがどうしてあんな場所に?」
コレットの手が止まった。
花鋏を持ったまま、目を逸らす。
花鋏を持つ手がわずかに震えているのをアメリーは見逃さなかった。
「……知らない。私は何も。」
「でも、あなたの手、少し前に包帯を巻いてたわよね?」
「違う!私じゃない!それは、関係ないの。」
コレットはひどく狼狽し、声が震えていた。
「コレットさん、あなたが見たもの、聞いたものを、私に教えてください。隠されている何かを解きほぐさないと、きっとまた、誰かが苦しむことに……」
しばらくの沈黙の後、コレットはようやく口を開いた。
「……あの時、中庭で音がしたの。誰かが倒れる音。私が駆けつけた時には、メイドが倒れていた。もう血が出ていて、どう見ても手遅れだった。物音がする方に向かったら……あの人が。」
「あの人?」
コレットは口を噤んだ。
冷や汗が出ている。まるで、その言葉を紡ぐと呪われてしまうと言わんばかりに硬く口を閉ざした。
「コレットさん!」
「貴方が来る前も使用人が一人死んだわ……ジャックみたいに落下して。でもその時は背中にすすが……母は狂ってしまって病院にいる。みんな、本当は分かってる。呪いの正体を。でも自分にその厄災が来るとわかればみんな見て見ぬ振りをする。仕方ないの……」
コレットは膝を崩し、その場で泣き喚いた。
まるで、堰を切ったように。
「その呪いの正体を教えてください。当事者のあなたたちが恐れるものを。私は第三者として、リシャール家に取り巻く何かを解明しにきたんです。」
コレットの肩を抱いて、アメリーは必死に説得した。
しばらくして、コレットはぽつりと口にした。
「エステル……姉さん。」
コレットはそう言うと俯いた。
アメリーの胸に、微かな緊張が走った。
アルベールも存在を口にしていたが、今まで会わなかった姉の存在。
「それを、誰かに話した?」
「話せるわけない……だって、姉さんは完璧だったから。『この家を守るために、正しいことをしている』って、いつも言ってたもの。たとえ、疑問を持ったとしても、私には、逆らえなかった。」
アメリーはそっと彼女の手を握った。
コレットの手はかたかたと震えていた。
恐怖政治のようなものか。
「大丈夫です。あなたは、黙っていただけで罪を犯したわけじゃないですから。真実は、これから私が見つけます。あなたが見てきた痛みを、ちゃんと受け止めますから。」
アメリーの言葉にコレットは小さく頷いた。
夜。アメリーはノートに走り書きをしていた。
『リシャール家には、選別という思想があった。不適合者は排され、血は純化される。それが、この家に伝わる呪いの正体ではないか。』
だとすれば、呪いは教義だ。
そしてそれをもっとも強く受け継いだのが、もしかしたら……
アメリーは、ふと窓の外に視線を向けた。
窓ガラス越しにゆらりと何かが揺れて見えた。
「アルベール。貴方も真実には気が付いていたのではないですか?影響が及ばない第三者に真実を知って、世間に知らせたかった。それが貴方の本当の依頼ではないでしょうか。」
アメリーの言葉にアルベールは何も返さなかった。
否定することもないということは、あながち間違ってもいないのだろう。
ただ、揺れた影からはアルベールの戸惑うような感情が読み解けた。
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