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いつの間に眠ってしまったのだろう。
夕陽がアメリーのいる部屋に長い影を落としていた。
アメリーは書き損じた手紙を丸め、暖炉の火にくべた。文を綴ろうとするたび、手が止まる。誰かに伝えたいのに、何を書くべきなのか、言葉が宙を舞う。
ーーアメリー、また死者の相手をしていたの?
かつて誰かにそう言われた言葉が、耳の奥に残っていた。
死者を視るということは、その分、生者から離れていくことでもあった。
敬遠され、気味悪がられ、そして誰にも頼れない。実の両親には疎まれていた。
それでも彼女は、自らを閉ざすことはしなかった。
選んだのは、声を聞くこと。
たとえ、それが生きていない者の声であっても。
アメリーが小さな頃、まだ祖父が生きていたころのこと。
――あの子は、霊なんて見えないフリをすればいいのに。
――見えるのは才能じゃないわ、呪いよ。
周囲はそう言った。
けれど祖父だけは、何も否定しなかった。
「アメリー、人が遺した想いを感じるっていうのは、とても尊いことなんだ。誰も見つけてくれないまま消えてしまう気持ちを、あなたは拾ってあげられる。」
そう言ってアメリーの頬を優しく撫でた祖父のその言葉が、アメリーの軸を築いてくれたのだ。
過去に思いを馳せながら、アメリーは再びリシャール家に戻った。
空いた客間でひとり、アルベールの幽霊と向き合っていた。
「君が来てから、屋敷が少しだけ変わった気がする。」
「……変わってなんていない。みんな、ただ言わなかっただけ。私が聞いているのは、口を閉ざしていた声。ここにいたはずなのに、なかったことにされていた想い。」
アルベールは穏やかな笑みを浮かべた。
「それでも君は、誰も責めないね。」
「私がしているのは、裁くことじゃない。ただ、遺されたものを視ているだけ。」
そうか、とアルベールが応えると、風が吹いた。それはまるで、何かが、遠くで呼んでいるような音だった。
「ねえ、アルベール。あなたは、何を後悔しているの?」
アメリーの見るアルベールはいつも柔らかな笑みを浮かべている一方で悲しい瞳をしていた。その問いに、彼の輪郭が僅かに揺れた。
「……全部、かな。父との関係も。兄や姉との距離も。妹たちとの時間も。リシャール家の在り方も全て。でも、一番悔やんでいるのは、僕自身の“弱さ”かもしれない。何も変えられなかったこと。」
「弱さがいけないなんて、誰が決めたの。」
アメリーの言葉に、アルベールはわずかに目を細めた。
「……君って、やっぱり変わってるな。」
「お互い様よ。」
そのやり取りは、どこか友達同士のようで、昔に戻ったような気がした。
アメリーの頬がわずかな緩みが浮かべたことをアメリーは気が付いていない。
冬の星空は澄んでいて、曇りのない夜空を映し出していた。
アメリーは夜空に祖父から異国のお土産にともらった今や形見となった小さな香水瓶を開けた。
甘くて、少し苦い花の香りがふわりと風に乗ってアメリーの体を包む。
「ねえ、おじいちゃん。私は、間違ってない?」
問いかけたその瞬間――
視界の端に、ふわりと人影が揺れた気がした。
振り向いても誰もいない。けれどその空気の温度は、確かに懐かしかった。
祖父の霊ではなかった。でも、似ていた。
アメリーという存在を、まっすぐに見てくれる誰かの気配。それだけで、十分だった。
この屋敷でアメリーが戦っているのは、死ではない。
語られなかった感情、受け止められなかった選択、失われてなお残っている痛み。
そういうものたちだ。
そしてそれは、霊能を使うだなんて言葉では収まりきらない、人の営みそのものを知ることだった。
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