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アメリーが屋敷の中庭に足を運ぶと、ジュラール・シモンは一人でベンチに腰掛けていた。
手には古い懐中時計。時間が止まったままの針が、彼の指先で静かに光を反射していた。
「これはね、アルベールの祖父から父へジョルジュからアルベールにとリシャール家の後継者達に継いだ古の懐中時計だ。ずっと昔からあるものだから、もう動かないけど、不思議と手放せなかったらしい。落ちていたから拾ったんだ。あとでジャックに返すべきかな。」
そう呟くジュラールに、アメリーはそっと腰を下ろした。
沈黙の中で、彼の横顔を見つめる。
「ジャックさんが倒れたと聞きました。」
「ああ……連絡があった。助かったのは幸いだけれど、彼があんな場所にいた理由は、誰にも分からないらしい。」
まだ雪降る真冬の日。
発見した時間がもっと遅ければ、雪に埋もれて見つかりづらくなっていたことだろう。
「本当に、誰にも?」
問いかけるアメリーの声に、ジュラールの表情がわずかに動いた。
「分からないよ、僕にはね。君の方がきっと真相に辿り着けるよ。」
ジュラールはそう言って、苦笑いを浮かべた。
「……この前言った通り、君の名前は、祖父から聞いていたよ。『アメリー・ダヴィッドという少女がいる。死者の記憶を辿る力を持つらしい』ってね。どうやら君の祖父とも旧知だったらしい。」
アメリーはかつての祖父を思い浮かべた。
人たらしで顔がとにかく広かった祖父だ。
アメリーの能力を知っても変わらず接してくれた数少ない存在。
祖父の人となりを知っていたアメリーはジュラールの祖父との接点に驚くこともなく、ジュラールに話を促した。
「祖父は晩年、自分の選択をずっと悔いていた。『信じたかった者を、信じきれなかった』ってね。そのときに言っていたんだ。『俺の孫に会えば、きっと、お前ももう一度信じられる』って。祖父の病気の進行が思ったより早くて会うのは叶わなかったみたいだけれどね。どうやら、祖父も癌が悪化したのかと思いきや、例の疫病で死んだ可能性の方が高くてね。」
彼の声には、祖父への敬意と悔いが滲んでいた。
「僕は、君に会って救われた気がする。誰かの言葉って、時間が経ってからやっと意味を持つこともあるんだな。」
ジュラールの言葉にアメリーは小さく頷いた。
「それが、あなたにとっての悔恨なの?」
ジュラールはしばらく黙ってから答えた。
「悔やんでいるのは……僕が、アルベールに何もできなかったこと。彼の死を、ただ呆然と受け止めてしまったこと。そして、ジャックにも、何も言えなかったし、何もできなかった。」
会話の後、ジュラールは懐から一冊の革製の手帳を取り出した。
「祖父の部屋を改めて探した。祖父が残した記録の写しだ。中に書かれていたあの家の思想。それは、きっと今も形を変えて残っている。」
アメリーは受け取り、ページをめくる。
『呪いとは血ではない。思想と構造が連鎖するのだ。それは誰かが継ぐことで、初めて生きた呪いになる。』
ジュラールの祖父の確信めいた記述には、リシャール家に深く関わっていたことが伺えた。きっと、その渦中で何かを見ていた。
アメリーに手帳を渡したジュラールはゆっくりとベンチから立ち上がった。
「だから君に託すよ。僕ができないなら、君にならできると信じてる。」
夜。アメリーは自室で再び手帳を開きながら、暖炉の前に座っていた。
ジュラールの祖父の記録、祖父の悔い、アルベールの願い。
すべてがひとつに繋がりそうで、まだ見えない。
けれど、アメリーの中では、呪いの真相につながる道が少しずつ見えてきているように思えていた。
手帳を閉じて一息吐く。
いつだって、アメリーを頼るのは最後の藁を掴む想いなのだ。彼らの期待は時にアメリーに重責としてずっしりとアメリーの身にのしかかる。
「私がやらなくて、誰がやるの?」
独り言のように呟いたその言葉に、暖炉の火が大きくぱちんと音を立てた。
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