3
閲覧いただき、ありがとうございます。
最後までお付き合いいただけますと幸いです。
数日後、遺族としての葬儀の手続きが落ち着き、改めて公衆に向けたリシャール家の葬送会が開かれた。
それは名目上、アルベール・リシャールを悼む場であった。
だがアメリーの目には、その会は死者の弔いではなく、呪いに怯え、沈黙する者たちの集いに映った。
参加者は亡くなった人に対する死の悲しみより、自分にその死が襲いかかるのではないかという恐怖を顔に滲ませていた。
礼装を身にまとった貴族たちが、石のような表情で談笑し、形式的な哀悼の言葉を交わしていた。
誰も彼もが、アルベールの死が呪いであることを恐れ、同時に呪いであることを確信しているようだった。
アメリーは屋敷の大広間の隅で、ひとりワインに口をつけて、周りの様子を眺めていた。
すると、気配もなく、誰かがアメリーに声をかけてきた。
「お噂はかねがね。君が視えるという、アメリー・ダヴィッド嬢かな?」
声の主は、銀縁の眼鏡をかけた若い男だった。深緑の礼服に身を包み、口元には僅かな微笑。
アメリーが訝しげに眉を顰めると、男は軽くお辞儀をした。
「失礼、ジュラール・シモンだ。アルベールの……親友だった者だよ。」
アメリーは、軽く礼を返した。
彼の名は、アルベールからも聞いていた。
信頼できる人物として。
「初めまして。アメリー・ダヴィッドです。噂……ですか。」
「少なくとも僕の祖父が、そう言っていた。『霊が視える少女がいる。名はアメリー』とね。」
ジュラールは、肩を竦めながら、どこか懐かしむような口調で言った。
「祖父が亡くなる五日前、君に手紙を書こうとしていたことを覚えている。間に合わなかったが、きっと祖父は君に何かを託したかったんだろう。」
「……お祖父様は、何を伝えようと?」
アメリーの問いに、ジュラールはわずかに目を伏せた。
「詳しくはわからないが、『あの時、もう一歩踏み込んでいれば、誰も死なずに済んだ』……そう言っていた。」
アメリーは胸の奥で、その言葉を反芻した。
後悔は、代を超えても繰り返されるのだろうか。
ジュラールもアメリーも分かっている。
それはリシャール家のことを言っているのだと。
会が終わる頃、アメリーは中庭の東側へ歩いた。
かつて舞踏の稽古場だったという石畳の一角。そこにジュラールがいた。
彼は風を避けるように外套を肩にかけ、手には一冊のノートを持っていた。
アメリーの存在に気がつくと、ジュラールはアメリーにそのノートを渡してきた。
「これは……祖父の日記の写しだ。よかったら、持っていってくれないか?」
アメリーは受け取った。
中には丁寧な筆致で書かれた記録があり、ページの端にこう記されていた。
『リシャール家の“長男”が、何かに怯えていた。精神疾患ではないかと医者は言っていたが、あれはただの病ではない。呪いというには曖昧だが、死を招く思想がこの家に染み込んでいる。』
「長男……ジョルジュ・リシャール……」
アメリーがそう呟くと、ジュラールは溜息を一つ吐いた。
遠くを見つめる瞳はジョルジュを懐かしむ瞳であった。
「彼は、賢く、優しく、誰よりも家を大事にしていた。だが、同時に誰よりも“リシャール家”に囚われすぎていた。」
「つい先日、たまたまクリスチアーヌ・ボワイエに会い、彼の話を伺いました。婚約の話も。」
「……そうか。」
ジュラールは目を閉じた。
「彼女は、今でも時折ジョルジュの墓参りに行っている。誰にも告げずに、噂が立たないように。」
だから、クリスチアーヌはアメリーが家に出入りしていることに気がついたのかとアメリーは内心納得した。
沈黙のせいか、冬だからか、吹いた風がやけに冷たく感じた。
会がお開きになり、屋敷からまた人がいなくなった頃、屋敷の書斎で、アメリーはアルベールの霊と対面していた。
「ジュラールと話しましたよ。彼は、この家の呪いに気がつき、何もできない自分を歯痒く思っているようですね。」
「彼は、自分を責める癖があるから。僕が無理をさせた部分もあった……でも、信じてほしい。彼はこの家に関わる数少ない“まだ生きている人間”だよ。」
「……生きている?」
「魂が、という意味さ。君なら分かるだろう?」
アメリーは頷いた。確かに、ジュラールには、生者というだけでなく、この呪いを解こうという希望の灯火が消えていない数少ない存在だった。
「ねえ、アメリー。僕は死んだけれど、伝えたいことがある。生きている者の声は、時に死者の声よりも重い。死者の声を想像と思いを膨らませて重くすることが多いけれど……君には、死者の声も生者の声も拾ってほしい。」
「仰せのままに。私は……誰の声も、置き去りにしません。」
アメリーがそう告げると、アルベールはわずかな笑みを浮かべ、姿が薄くなり、蝋燭の炎の煙とともに消えていった。
生者の記憶と死者の想いが、確かに重なってきている。リシャール家の呪いを解くには二つの鍵が必要だ。
アメリーはそう確信した。
お読みいただき、ありがとうございます。
よろしければ、ブックマーク、評価いただけますと励みになります。




