表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/12

2

閲覧いただき、ありがとうございます。

最後までお付き合いいただけますと幸いです。

数日後、コレット達の予定により屋敷に入れず、近くにあった公園のベンチでアメリーは時間を潰していた。

ふと、目の前に影が映り込み、ほのかに甘い香りが風に混ざり、アメリーの鼻腔をくすぐった。

顔を上げると、柔らかな笑みをした可愛らしい女性が目の前に立っていた。


「あなたがアメリーさん? 視えるって噂の。」


そうアメリーに尋ねた女性の顔をよく見ると、目元の紅がほんのり滲んでいる。

泣いていたばかりなのだと、アメリーにはすぐ分かった。


「……はい。何でも屋をしています。あなたは?」


「クリスチアーヌ・ボワイエです。ちょっとだけ、そこの……リシャール家に縁があって。あなたが最近よくあの家に出入りしてるから……って、ごめんなさい、初対面なのにこんな顔で……」


クリスチアーヌは、話している途中、アメリーの視線の先に気がついた。

彼女は、そう言って、手の甲で目元を拭った。

普段は明るく振る舞う人なのだろう。それが痛いほど伝わる涙の痕だった。

アメリーのところに来る生者の依頼主がよく見せる顔だ。


「……大切な人を、亡くされたのですね。」


「ええ。祖母です。例の疫病ではなく、持病で……幼い頃からずっと、私のことを見守ってくれてた人で……変な話だけど、まだ、私のそばにいてくれる気がするの。」


クリスチアーヌは目を伏せた。

アメリーはクリスチアーヌが纏う死者の残痕を辿りながら、クリスチアーヌに尋ねる。

自然豊かな公園では感じないはずのお菓子の甘い匂いがアメリーの鼻腔をくすぐった気がした。


「その方、お菓子作りが得意でした?」


「ええ……とびきりのチェリーパイを焼いてくれた。甘くて、でも少し酸っぱくて……私、あれが一番好きだったのに、レシピはもう残ってなくて。料理が苦手で私もちゃんと教えてもらおうとしなかったから。」


気丈に笑顔を作ろうとするクリスチアーヌにアメリーはつい口にしてしまう。


「……再現しましょうか?チェリーパイ。」


何でも屋は時間があれば、困った人が目の前にいれば助けてしまうものだ。

アメリーは自分の咄嗟にとった行動にそう言い聞かせた。


クリスチアーヌの表情を見れば、それが間違いでないことはわかる。


アメリーは、クリスチアーヌの家に向かい、キッチンに立つと、古いレシピ帳を調べ、冷蔵庫と保存庫を漁った。


「手伝ってくれますか?」


「……ほんとに、作れるの?」


「保証はしません。でも、祖母さまが残した記憶なら、辿れますから。」


ふたりで作るパイは、途中で生地が割れたり、砂糖をこぼしたり、見た目には少し不格好だった。


でも、焼き上がりの香りは、クリスチアーヌの記憶そのものだったようで、彼女は驚愕のあまり言葉を失っていた。


おそるおそるクリスチアーヌは震える手でパイを一口分とった。


「……これ、あの味だ。」


焼きたてのパイを口に運びながら、彼女は目を細めた。ほんの少し、涙を浮かべて。


「ありがとう、アメリーさん。まさか、もう一度この味に出会えるなんて思わなかった。」


「味は記憶と繋がってます。祖母さまが貴女に残したのは、料理じゃなくて、心の奥にある感情です。」


「……ほんとに、霊だけじゃなくて、人の想いも視えるのね、貴女。」


その後、クリスチアーヌがお礼にと淹れてくれた紅茶を飲みながら、クリスチアーヌはふと、ぽつりとこぼした。


「私、実はリシャール家の長男――ジョルジュ様の、元婚約者だったの。」


クリスチアーヌの言葉に紅茶を飲もうとしていたアメリーの手が止まった。


「……ジョルジュさんの?」


「ええ、私達、幼馴染で、仲が良くて……お互いをそれなりに理解していた。でも……急に彼が婚約破棄を言い出したの。どうするか話し合っていた間に彼が亡くなってしまって……私、彼の本意がわからなくて、彼が事故で亡くなる直前に、もう一度話し合ったの。あの時はわからなかったけど、本当は……」


そこから先の言葉は、紅茶の中に沈んでいき、クリスチアーヌが言葉を紡ぐことはなかった。


クリスチアーヌの目の前にある紅茶のカップの水面にはクリスチアーヌの複雑な表情を映していた。


クリスチアーヌの家を出ると、ちょうどコレットから屋敷に入ってもいいという連絡がきた。


アメリーはひとり屋敷を歩きなら、クリスチアーヌとのやり取りを思い返していた。

祖母の記憶、パイの味、ジョルジュという影。


この家には、語られなかったエピソードが、あちこちに転がっている。


そして、その沈黙の中に、誰かがそれを封じようとしている気配があった。


もしかしたら、クリスチアーヌ自身もまた、その封じられた誰かのひとりなのかもしれない。


アメリーはそう思った。

お読みいただき、ありがとうございます。

よろしければ、ブックマーク、評価いただけますと励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ